22 グッズの整理
土曜日、俺は彼のコレクションであるオタクグッズの数々を整理するために敏伸さんの家にいた。
収入はそれなりに良いのだろう。彼の住む賃貸マンションはわりと綺麗で、男の独り暮らしにしては借りている部屋も広い。
のだが。
「これ、本当に全部捨てるつもりなんですか……」
俺は思わず聞いてしまう。
「そのつもりだ」
「なるほど……」
彼の部屋にあるコレクション、それらはほぼ全てが未開封のまま段ボールに入れられていた。
「全部出すと部屋が狭くなるうえに劣化するからね。大事にしまってあるんだ」
「それ意味なくないですか……?」
「意味はあるさ。おしなんにお金が入る!」
「……なるほど」
段ボールの数は十個ほどあり、もちろん部屋に飾られてある物も多い。
とはいえ、そうやって出してあるものはCDだったりポスターや彼女が表紙となっている雑誌。それらさえも綺麗にラッピングされてあるのだ。
「あの、これ見た感じタオルですよね? 普通に使えるんじゃ……」
「タオルじゃないよ。グッズだ」
「どうみてもタオルなんですが……」
日用品のグッズもたくさんある。
今目にしている大量のタオルも袋から開封されていないまま綺麗にしまわれており、敏伸さんはそれをグッズと言い張る。
グッズってなんだ。
外のベランダに干してあるタオルや衣類は全て普通なのに、グッズに分類されているそれらは使われもせず保管されてあるだけ。
売ればそこそこの金になるだろう。なのに、敏伸さんはこれら全部を捨てると言っているのだ。
「売る方法教えましょうか?」
親切心で言った言葉。
その瞬間、彼の形相が変わる。
「そんなことしたら、おしなんにお金が入らないじゃないか! 何を言ってるんだ君は! グッズを売るなんてオタクの風上にも置けないぞ!」
オタクの風上って。というか、あなたオタク辞めるつもりなんですよね……?
もはや訳がわからない。
だから、俺は諦めて運ぶことだけに撤することにする。
「じゃあ、俺が下に運ぶので全部段ボールに詰めておいてください」
「助かるよ」
俺は段ボールを一つ持って部屋を出る。
彼が住んでいるのはマンションの五階で、エレベーターで下に降りると俺が今回頼んでおいた業者のトラックがあった。
「おっ、きたな?」
その運転席には男が一人いて、俺の姿を見つけるとニッと白い歯を見せて笑う。
「荷物はどれくらいだ」
「段ボール十個はありました」
「まぁ、大丈夫そうだな」
彼はそう言うと俺から段ボールを受け取り、トラックの荷台へと乗せる。
男の名前は佐藤洋一。引っ越し業者で働く若き戦士であり、俺が仲良くしている人物でもあった。
「にしても、黒井から個人的な依頼がくるとは思わなかったな」
「まぁ、今回はいろいろあって」
「なんか、また引っ越しの手伝いでこっちくるんだろ?」
「あぁ、それはまた別件ですね」
「くぅーーっ。高校生のくせにいろいろやってんだな!」
終わらせ屋は引っ越し業者と縁がある。
人間関係を終わらせるため、引っ越しを勧めることが多いからだ。
またそれとは別に、終わらせ屋は『大量の荷物を保管できる倉庫』を持っている引っ越し業者と仲良くしておく必要もあった。
「監査はまだなんだろ?」
「情報は入ってないです。まぁ、そのうち彩芽さんが慌て出したら連絡しますよ」
「そうか」
監査というのは、云わば法を侵すことなくちゃんとした仕事をしているかを調査することである。
そういったことを仕事としている機関があり、終わらせ屋は彼らがいつ調査にきても良いようしっかりとした仕事をしておかなければならない。
とはいえ、終わらせ屋は裏の仕事ということもあってか通常で言うところの監査とはだいぶ違うらしい。
それでもダメなことは無論ダメであり、最悪の場合営業停止を命じられることもあるのだとか。
彩芽さんは監査の時必ず引っ越し業者に連絡をとり、事務所内にあるちょっとヤバめな数々を一旦倉庫で預かってもらっている。
簡単に言えば、俺たちで言うところの持ち物検査みたいなものだ。それがバレると指導されるから、一旦別の場所に移動させておくのである。
「とりあえず、これを明日まで保管すれば良いんだよな?」
「お願いします。どうするか決まったらまた連絡するので」
「あいよ」
彼は爽やかな返事で答えた。
敏伸さんには廃棄業者と説明しているが、倉沢さんのこともあるため一旦グッズは保管させてもらうことにした。
その後も、俺はマンションの五階と一階を往復する。
結構な重労働だが、引っ越しの手伝いに駆り出されるときはだいたいこんなものだ。
最初の頃は疲れて学校に行くのも億劫になるほどだったが、今ではそんなことも無くなってしまった。
それもこれも、何かと引っ越しの手伝いに送り出す彩芽さんのお陰なのだろう……。
朝から始まった作業だったが、夕方までには終えることができた。
昼は敏伸さんが買ってきてくれた弁当を食べた。
引っ越しの手伝いもそうだが、こうして依頼人から差し入れが入ることが多い。
そのせいか、差し入れをしない依頼人がどうしてもケチ臭く見えてしまうのは仕方のないこと。
それでも彼らは笑顔で作業をするのだから、なかなかに大変な仕事だと思う。
「いやぁ、助かったよ……」
最後、とても綺麗になってしまった部屋を見渡して敏伸さんは寂しそうに言った。
言葉は喜びのそれだったが、テンションは明らかに沈んでいる。
それでも敏伸さんは笑顔のまま俺と佐藤にお礼を言ってきた。
だから、こちらも何言うわけでもなく笑顔を返す。
「それで、依頼料はどうすればいい?」
「今回の依頼は、敏伸さんとおそなんとの関係を終わらせることです。だから、オタクを本当に辞められたらでいいですよ」
「それでいいのかい……?」
「はい」
まぁ、既に終わらせ屋として受けている依頼ではないから料金を発生させるのは少し怖いところではある。
とはいえ、こちらもいろいろと出費をしてしまったことは確か。
「代わりといってはなんですが、誰か終わらせ屋を探している人がいたらうちを紹介してください」
そう言って名刺を渡しておいた。
「明日のライブ楽しんでくださいね」
「あぁ。目一杯楽しむよ」
その後、新浪からLINEがきた。
――倉沢さん、ライブきてくれるって!
どうやら、向こうもうまくいったらしい。
――明日の午後一時ごろ迎えにいく。
ライブの開始は午後六時。移動や話し合いも考え、余裕を持って自国を指定した。
――わかった。待ってるね!
そうして連絡を終えた俺は、一息吐く。
本番は明日。そして、明日はただ楽しめばいい。
それから、俺は明日のためとある練習を始める。
いろいろ調べると、おしなんは様々な女の子たちがいるアイドルグループの一人であり、ライブでは歌に合わせて独特な掛け声や振り付けがあるらしい。
その動画で見ながら、俺は振り付けや掛け声を練習する。
「お・しぃ・なぁーーーん! ハイッ! お・しぃ・なぁーーーん! ハイッ!」
無論、練習しているのはおしなんが歌うパートの部分。
そこだけを何回もリピートし、体に動きを馴染ませていく。
そうしていたら。
「――お兄ちゃん……ごめん、隣まで聞こえてるから」
突然、妹の栞が扉を開けて言ってきた。
その顔はひきつっている。
「あー、なんだ、文化祭の練習なんだ」
「まだ四月だけど……。お兄ちゃんとこの文化祭、二学期でしょ……」
「うちのクラス気合い入っててな? 当日は是非きてくれ」
「絶対やだ」
そう言ってバタンと閉まる扉。
なるほどな。……これが反抗期というやつか。




