21 結局俺たちにできることは
誤字報告助かります。この場を借りてお礼申し上げます。
「今度、日曜日にあるライブを最後に僕はオタクを引退するぞ! 引退してやるからな!!」
敏伸さんに会うと、彼はそう意気込んでいた。
右手には、ライブチケットが握られている。
そして、その瞳には決意が満ち溢れていた。
「あの、店内では静かにお願いします」
近くを通った店員が注意をしてきた。
それに敏伸さんは恥ずかしそうに「すいません」と頭を下げる。
「……あれからちゃんと考えたんだが、これまで集めてきた彼女のコレクションは全部捨てようと思うんだ」
「ま、まぁ、俺たちの仕事でも物理的に離すというのは、関係を終わらせるうえで基本的な手段として使われますが……」
「やっぱりそうか。土曜日に全部捨てて、日曜日のライブで引退。そして月曜からは、晴れて倉沢さんの彼氏として心を入れ換える! 完璧だ」
彼は思っている以上にやる気のようだった。
それはもう、応援したくなってしまうほどに。
「部屋を片付けるのを手伝ってほしい」
「あー……」
よくよく考えてみれば、彼がオタクを辞めることを止める必要などあるのだろうか。
敏伸さんの意思は、倉沢さんと付き合うために向いている。
終わらせ屋に依頼をしてきたことは、手段として間違っていていたとしても、その気持ちは間違いではない気がした。
「そんなにコレクションあるんですか?」
「ここ三年間ずっと彼女を追いかけていたからね。ライブで販売されたグッズも全てある」
それらを捨てて、新しく生まれ変わりたいという考えは、止めなければならないほどのものなのだろうか。
俺には……分からなかった。
「わかりました。……荷運び用の車もこちらで用意します」
「車? 君はまだ学生じゃないのか」
「業者に頼みます。ツテはあるので」
「あぁ、そういうことか」
結局、俺は敏伸さんを止めるどころか協力する約束までしてしまった。
だが、今の彼を見ているとこれで良いように思えてならない。
考えがうまくまとまらないのは経験不足からだろうか。
それとも、オタクという文化にあまり触れたことがない知識不足からだろうか。
どちらにしても、これは終わらせ屋としての仕事ではなかった。
だから、無意識に考えることを辞めてしまっていたのだろうか。
それすら分からない。
ただ、俺は今回の件に関して……これ以上俺や新浪が口出しすることではないと思った。
様々な問題があるものの、結局根本的なところは彼と彼女とでしか解決できないのだから。
その日の夜、LINEで新浪に現状報告をした。
それから彼女と倉沢さんの話し合いも聞いたのだが、進展はなかったらしい。
なにやら恋ばなで終わってしまったらしかった。
女子ってそういう話好きだよな……。
なんにせよ、俺は考えること自体をやめた。
考えてもどうすればいいのか分からないのだから仕方ない。
そのことを翌日新浪に話すと、彼女には呆れたような表情をされた。
「じゃあ、ここまでやっておいて諦めるの?」
「俺たちじゃ、あの二人が満足するような結末なんて与えてやれない。これはあの二人で解決すべきことだ」
「それはそうだけど……」
「最初から間違ってたんだ。俺たちは頼まれたことだけをやるしかない。そもそも終わらせ屋も依頼されたことしかやらないんだ」
それでも新浪は不満そうだった。
「俺は、依頼人である敏伸さんがオタクを辞められるよう全力で手伝うことにした。それが彼の意思だから」
「……そっか」
「ただ、何かのキッカケで彼が踏みとどまることはあるかもしれないな?」
「キッカケ?」
新浪が聞き返したところで、俺はニヤリと笑う。
そうして、スマホの画面を見せてやった。
「ライブの……チケット?」
「敏伸さんが今度「これで最後にする」と言ったライブのチケットだ。正規ではもう売られていないが、ネットを駆使して高値で買った」
それを話した瞬間、新浪は察したのだろう。
表情が明るくなった。
「そのライブで二人が鉢合わせれば……!」
「お互いが同じアイドルを推している事実を自然にバラせる」
「……あ、でも倉沢さん来てくれるかな」
「来るだろう。それに来ないなら来させればいい」
俺は、そう言ってやる。
「もし、来てくれたとしても二人会えるのかな」
その心配にも、俺は笑ってやった。
「会えないなら、無理やり会わせればいい」
「……どうやって?」
小首を傾げた新浪。今度は俺が呆れてやる番だった。
「何を言ってるだ。俺たちで会わせるんだよ」
「でも、私はチケット持ってないけど」
「お前なぁ……なんで俺がこの話をお前にしたと思ってる」
「……どういうこと?」
察しが悪すぎる。……いや、もしやわざとなのだろうか。
「買ったチケットは、彼女の分だけじゃない」
「ってことは……」
「日曜日空けといてくれ」
「私も行くの!?」
「当たり前だろ……どうやって鉢合わせさせるんだよ」
「黒井くんは?」
「お前だけに行かせるわけないだろ……」
「よかった……」
安堵の息を吐く新浪。
そう、分からないなら分からないでいい。
分からなくたって出来ることはある。
目の前の人間が笑っていたとして、何に笑っているかは問題じゃない。それが分からないなら、一緒になって笑ってしまえばいい。
大切なのは笑うことじゃなく、一緒に笑いあえる人間がいることだから。
それをするなら、ライブは絶好の舞台だろう。
……ただ、この計画を実行するうえで俺には問題が一つあった。
それは、こういったオタクの人達が行くライブに対しての知識がまったくないこと。
まぁ、在り合わせの知識でもなんとかなるだろう。
とりあえず、俺はライブに向けてチェックシャツとジーパンとバンダナと眼鏡を用意することにした。
それとライトセーバー的なやつ。あとは……そうそう! チェックシャツの下に着るアニメの女の子がプリントされてるTシャツもか。
「でも、黒井くんとライブか……なんか楽しみ」
新浪が何か呟いていたようだったが、考え事をしていた俺の耳には入ってこなかった。




