02 新浪晴香という女の子
「おまえ、新浪さんと何の話だったんだよ?」
教室に戻ると隣の席である四島が紙パックジュース片手に話しかけてきた。
彼とは去年からの付き合いなのだが、入学してすぐに所属していたバスケ部を辞めて以来、所々不良っぽいところがある。ただ、校則ギリギリを目指した茶髪を見れば彼が如何に小心者であるかを知ることができた。
「にいなみ……? あぁ、さっきの女子か」
「おまえ、新浪さん知らねぇの? 俺らの学年じゃあ、トップクラスに可愛い女子の一人ぞ」
「クラスが十個もあれば知らない奴の方が多いだろ」
「そういうことじゃあないんだがなぁ。まぁ、おまえの反応見る限り、告白じゃなかったことだけは確信した」
「告白って……俺が告白されるように見えるか?」
「見えなくはない。だが、あのレベルの女子から告白されるとは思えん」
そう言って四島は興味なさげに天を仰ぐ。
「あーあ、誰か可愛い女子が告白でもしてこねぇかなぁ」
「じゃあ、私が立候補しようか?」
四島の言葉にクラスメイトの女子が名乗りをあげてくる。
「失せろよブ――」
瞬間、俺の眼前を風が吹き抜けた。
彼女から四島へと放たれた右ストレート。殴られた四島は椅子からぶっ飛ぶと、近くの机に体をぶつけながら倒れる。
宙に浮いた紙パックジュースだけが、時間差で床に落ちた。
「やめとけ。こいつと付き合ってもロクな青春おくれないぞ」
「えぇー? でも退屈しなさそうじゃない? まぁ……冗談なんだけどさ」
「冗談か。なら良かった。危うく悲劇が生まれるところだった」
「冗談に決まってるじゃん!」
殴ったままの拳を口元にあててクスクスと笑うのは林道薫。長い髪を後ろでポニーテールにしている典型的な元気っ子女子で部活動はテニスに所属している。
彼女は四島の幼馴染だった。
「というか、さっき新浪さんと何話してたの?」
「お前までそれか。……別にたいしたことじゃない。言っておくが告白でもないからな」
すると、林道は途端につまらなさそうな表情。
「なぁんだ。あの人、あまり他人と関わらない不思議ちゃんだから少し期待してたのに」
「不思議ちゃん……それ悪口だろ」
「えぇー? 悪口じゃないよ。ふつーふつー。普通の悪口」
「やっぱり悪口なのかよ……」
「まぁ、あの見た目で誰とも関わらないから、悪い噂立てられても仕方ないよね?」
「悪い噂?」
「うん。なんか、援交やってるとか言われてるし」
済ました表情でとんでもないこと言ったな……。
「事実確認は?」
「ない」
「ないなら意味ないな。俺にそういう話をするなら、情報元まで持ってきてくれ」
手のひらをひらひらさせて拒絶を表すと、それに林道は再び笑う。
「相変わらずブレないねぇ。私はアンタのそういうところ好きだよ」
「好きとか軽々しく言うな。告白かと思ってドキドキする」
「嘘つき。そんなこと一ミリ足りとも思わないくせに」
そう言った彼女は、すこしムッとしていた。
「いや、思わないようにしてるんだ。期待したって無駄だから」
「無駄かなぁ」
「無駄だろ」
俺は終わらせ屋をしているせいか、これまで人間の醜い部分を散々見てきた。それどころか、自分がいかに醜い存在であるかも知っている。
人は常に期待してしまう生き物だ。
その期待に達しないと怒り、悲しみ、負の感情を露にする。逆にその期待を超えることが起きたときに人は嬉しくなった。
その感情のハードルは自分で操作することはできず、やり場のない負の感情を人は誰かにぶつけてしまう。
全部自分が招いたことなのに、いつだって人はそれを誰かのせいにしたがった。
だから、そうならないために俺がしたこと。
それは、期待というハードルを壊してしまうことだった。
だから、今の俺は滅多に怒ることはない。そして悲しむこともなくなった。
最初はそのことに安堵していたが、やがてそのことに後悔をすることになる。
怒らない、悲しまないということは、逆に嬉しくなることさえなくなってしまったからだ。
「他の人も次期に分かると思うけどさ、黒井くんって冷たい雰囲気あるから治した方がいいよ? 目付きとかヤバい時あるし。なんか他の子が「薬やってるんじゃないか」って言ってた」
「ひどい言われようだな……まぁ、冷たいというところは否定しないが」
「四島と友達で良かったね? あいつが絡んでなかったら、私も黒井のこと誤解したままだったし」
「そうだったのか……」
今さら知らされた事実。
林道は四島と同じように一年生の時から同じクラスだ。高校二年生になった俺たちは奇妙にも再び同じクラスになり、新学期からは三人で絡むことが多い。
というよりは、俺と四島に林道が絡んでくることが多かった。
「だからさ、四島のこと大切にしなよ?」
「あぁ。大切にする。お前もな?」
「あったり前じゃん! 私にとってただ独りの幼馴染なんだから」
林道は満足げに親指を立てた。
「じゃ、これから昼練あるから」
「頑張れよ」
「またあとで!」
そうして、彼女はパタパタと教室を出ていってしまう。
それから、ふと四島の方を見ると彼は教室の床で寝ていた。
なんとも豪胆な奴だ。
しかも、明るい教室のせいか、瞼を閉じて眠ればいいものを白目で眠るという器用さまで見せつけている。
そんな彼に友人である俺ができること。
「なにか掛けといてやるか」
だが、教室には布らしきものはなかったため、仕方なく彼の着ている制服のシャツを脱がして上に掛けてやった。
新浪、ねぇ……。
ふと、放課後に待ち受ける彼女のことを考えてみる。
終わらせ屋の仕事に嫌悪されたことはあるが、興味を持たれたのは初めてだった。
面倒なことにならなければいいがな……。
「――あれ!? なんか昼休みの記憶全然ないんだけど!? しかも、僕上半身裸だったんだけど!?」
そんな昼休みが終わる直前、ようやく起きた四島は頭を抱えている。
「なんか、可愛い女子たちが恥ずかしげに脱がしてたぞ」
「まじ!? 僕、犯されそうになってたの!? 誰!?」
「見ない顔だったな。まぁ、そのうちアプローチでもあるだろ」
「イッヤッホォォーー!! もう僕の青春には絶望しかけてたけど、これは期待だぁぁ!!」
四島は四島で、とても楽しげな妄想を膨らせていた。
残酷な現実を教えてやることよりも、救いのある希望を与えてやる……。
それこそが、友人である俺の役目でもあるのだろう。