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17 予想外の来訪者。

「新浪……ここは終らせ屋だぞ」


 依頼人である敏伸さんが帰ってから、思わず新浪に呟く。

 依頼は結局、彼女によって受ける方向で進めてしまい、その為の案なども考えなければいけなくなってしまった。


「でも、あの人は終らせたいって言ってたよね?」

「俺たち終わらせ屋が終わらせるのは人間関係だ。あれは……人間関係とは呼ばない」

「じゃあ、断るの?」

「断りたいと思ってる。そもそもこの依頼を達成する方法を知らない」

「私は手伝ってあげたいけど……」

「ここは何でも屋じゃないんだ」


 新浪は少し悲しげな表情をしたが、さすがに今回の依頼は受けるべきではないと思う。


「取り合えず、彩芽さんが帰ってきたら話をしてみる。受けるか受けないかはそれからだな」


 おそらく彼女も同じ決定を下すのではないだろうか。

 そんな気がした。


――ピンポーン。


 そんな時、事務所のインターホンが鳴った。


 事務所にあるパソコンで外に設置されてある防犯カメラを確認すると、外には女性が一人立っていた。


 駆け込み依頼だろうか……?


 そういったことは稀にあった。

 だが、ここは事前にネットで予約した者でなければ話を聞かないことになっている。

 どこの誰かもわからない人間を、易々と事務所に入れたりはしなかった。


 だから、相手にせず居留守にしようとした。


 なのに。


「あっ、代わりに私が出るよ」

「待て待て!」

「……へ?」


 聞き返してきた時には遅く、新浪は既に扉を開けてしまっていた。

 こいつッッ……。

 

「あの……ここって終わらせ屋ですか……」


 外にいた女性は、恐る恐る聞いてきた。


 出てしまったものは仕方ない。説明してお引き取り願おう。


「……そうですが、依頼なら事前にネット予約をしてください。駆け込み依頼は引き受けてません」

「あの……依頼じゃなくて、さっきここを出ていった男の人について聞きたいんですが……」


「あぁ、さっきの依頼人の」

「誰のことでしょう?」


 返答が新浪と被ってしまった。


 しかも、わりと最悪な被りかたをしてしまったように思う。


「やっぱり、依頼してきたんですか!?」


 俺は思わず顔を覆ってしまった。


「教えてください! 彼は、誰との関係を終わらせようとしてるんですか!?」


 そんな彼女の剣幕に、新浪はやっと自分の軽率な返答に気づいたのだろう。

 気まずそうにこちらを見てくる。


「新浪……」

「ご、ごめんなさい」

「いや……何の説明もなく連れてきた俺が悪い」


 浅く息を吐き出して扉へと向かう。

 新浪と場所を入れ替わり、女性の前に立った。


「申し訳ありません。依頼人の情報について、こちらでは一切教えられません。お引き取りください」


 そう言って無理やり追い返そうとした時だった。


「まっ、待ってください! 私は倉沢(くらさわ)と言います! 彼の! 敏伸さんの彼女なんです! 彼が終わらせようとしている関係が私との関係なのかどうかだけ教えてください!」


 まじかよ……。


 これは困ったことになった。

 依頼人の彼女がここで登場とは。


「申し訳ないですが、一切何もお答えできません」

「やっぱり……私なんですね」


 彼女の瞳に恐怖の色が差した。

 違う、そう言ってやりたかったが、それはそれで問題が生じてしまう。


 だが、ここで今の状態の彼女を追い返すことも、少し"危うい"気がした。


「黒井くん……」


 後ろの新浪もそれを察したのか、不安げな声をあげる。


 もはや何度目か分からないため息。

 そして、俺は腹をくくった。


「新浪。今回の依頼『終わらせ屋として』じゃなく、個人として受けるが……それでもいいか?」

「どう違うの?」

「この人を安心させられる」


 振り向いてはいないが、新浪が息を飲む音がした。


「……うん! それでいい!」

「わかった」


 小さく答えてから。


「倉沢さん、敏伸さんが終わらせようとしているのは、あなたとの関係じゃありません」


 それを彼女に教えた。


「本当ですか……?」

「本当です。だから、安心してお帰りください」

「わかりました……」


 彼女はそう言い。


「あの、その終らせたい関係を教えて頂くことは……」

「そこまでは出来ません」

「で、すよね」


 人は強欲だ。好きになった人のことは何だって知りたくなってしまう。

 それは時に、知られたくないプライベートさえにも土足で踏み込もうとする。


 彼女は諦めたのか無理やり納得したように一歩引いた。

 その時、彼女が持っている鞄からスマホの着信音が鳴る。


「その、ありがとうございました」


 サッとお礼をしてから、彼女は離れて鞄からスマホを取り出し通話をはじめる。


 普通なら俺はそこで扉を閉めて終わりにするはずだった(・・・・・)


「……」


 だが、俺の動体視力は捉えてしまったのだ。


 彼女の……倉沢さんのスマホ画面に設定されてある画像を。

 それは、さっき依頼人である敏伸さんから見せられた「おそなん」という女性アイドルの画像だった。


「――じゃあ、帰ったらまた連絡するね」


 数分そこで通話をしていた彼女は、それを最後にスマホをしまう。

 その間、俺は扉を開けたまま立っていた。


「あっ、その失礼しました。……これで」


 そんな俺に気づいた彼女は、申し訳なさそうに頭を下げると帰ろうとした。


「待ってください」


 俺はそれを止めた。


「……なにか」

「すいません。見間違いでなければ、スマホの画面って、おそなんですか?」

「えっ……あ、はい。そうですが」

「彼女……好きなんですか?」


「はい。私の推しです」


「……」


 いや、待て待て。そんな偶然……本当にあるのか?


 俺は都合が良すぎる展開に疑問を抱く。

 

 そしたら。


「あー、敏伸さんも好きなんですよね。おそなん」

「……え? ご存知なんですか?」


 とんでもない言葉が飛び出し、思わず聞いてしまう。


「はい。……というか、同じおそなん推しだったのが敏伸さんに興味を持ったキッカケだったので……」


 恥ずかしそうに語る彼女に、俺は唖然とした。


「あっ、彼には言わないでくださいね? その……前に彼が机に置き忘れたスマホ画面がおそなんの画面だったから知ってるだけで……私が勝手にスマホを覗いたことは知られたくないので。それと……こうして後をつけてきたのも秘密にしてください。なんか仕事終わりに電話をした後、不審な感じで出ていったから気になってしまって……」


「……わかりました」


 そうしてようやく帰ろうとした彼女を、俺は再び引き留めた。


「もしかしたらなんですが……協力を求めるかもしれないので連絡先を教えて頂いてもよろしいですか?」

「それは……敏伸さんについて、ですか」

「……そうです」

「あ、はい。もちろんです」


 駆け寄ってきた彼女。

 俺はメモ用紙を持ってきて、素早く連絡先を記した。


「失礼します」


 最後、彼女はそう言って去っていった。

 そして、俺はようやく扉を閉める。


 新浪は、ずっと側で立ったままだったようだ。


「これ、どうやらもう終わってるっぽいな」

「そう、みたいだね」


 いろいろやらかして罪悪感があるのだろう。

 新浪の顔は浮かない。


「気にするな。もう過ぎたことだ」

「ごめん」

「いいさ」

 

 笑いかけてやると、彼女の表情は少しだけ弛んだ。


「取り合えず情報を整理しよう。個人で受けると決めた以上、もう彩芽さんを待つ必要もないしな」

「これさ、彼に言って解決じゃないのかな」

「どうだろうな。それを言うには、さっき彼女が「秘密にしてほしい」と言ったことを話さなきゃならない」

「……ほんとだ」

「だから、情報の整理。それからは組合せゲームだ」


「組合せゲーム?」


 それに俺は頷く。


「相互で言ってきた条件を組合せて、一番角が立たない方法を探すパズルゲーム」

「ゲームって、なんか不真面目っぽいけど」


 それを俺は鼻で笑った。


「もうこれは終わらせ屋としての仕事でもないし、最低ラインの答えが出てしまってる。……あとは、どれだけ良い答えを探せるかだからな。真面目にやったら馬鹿らしくなるぞ」


 そう。今回の依頼、敏伸さんに「彼女もおそなん推し」であることを伝えれば終わってしまうのだ。


 だからこそ、俺は彼女の連絡先だけを聞いて帰した。


 まさか、こんなことになるなんてな……。


 新浪が取った行動は軽率だったものの、それはあまりに結果オーライ。


 ただ……新浪をここに連れてきた目的が完全にどっか行ってしまった。

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