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15 今度は俺から

 放課後、四人揃ったところでスマホを返してもらい、その流れでLINEを交換した。


 取り上げられたことにそれぞれ文句はあったものの、こうして無事に連絡先を交換したことで険悪なムードだけは回避できた。


 俺はそれまで避けていた林道とのLINE交換も半ば無理やりさせられ、晴れて高校生活二人目となる女の子のLINEをゲットする。


 彼女のLINEを交換したくなかったのは、返信しなかったことで怒られている四島を見てきたからだ。

 

 すぐに返信しないと怒るタイプ。

 いや、それが普通なのだろうが「返信しないといけない」という強迫観念で文言を考えるのはあまり好きじゃなかった。


 そうして帰路につくとき、方向が同じ新浪と偶然(?)にも二人きりになってしまった。


「……」

「……」


 改めて二人きりになると会話がない。


 前まで終わらせ屋についての話題があったのだが、もはやそれはない。


 ありきたりな会話すらない状態で、俺たちはバスに乗る。

 取り合えず近くに立ってはいるものの、それは別々になるのがなんとなく気まずいから。


 チラリと新浪を見れば、窓の外を見ていた。

 向こうも会話する気ゼロ。

 ならもう、わざわざ話す必要もないだろう。


 そんな時、スマホが振動し、彩芽さんとしかやり取りをしていないメールが入った。

 それは依頼がきたということでもあり、依頼人の詳細は事務所のパソコンを通じてでしか確認できない。


「あー、俺次で降りるから」

「そっか。家近いんだね?」

「いや、用事ができた」

「用事……?」

「まぁ、アレだ」

「あれ……?」


 眉を寄せて小首を傾げ、それから数秒後に「あぁ」と洩らす。


「新しい依頼?」

「おそらく」

「そう……」


 なんとなく、新浪が「また教えて」と言ってくるのかと思った。

 だが、そんなことはなくて……彼女は静かに「がんばって」と呟いただけ。


 車窓に差し込む夕焼けのせいなのか、佇む彼女はどこか寂しく映った。

 そこに勝手な感情を想像してしまうのは、その光景があまりにも完成された絵画のようだったからかもしれない。


 だからなのだろう。


 俺が降りる理由を正直に話したのは。

 それは「親から買い物を頼まれた」でも「学校に忘れ物をした」でも良かったのに、俺は彼女に終わらせ屋の依頼が入ったことを話してしまった。


 予想なんかじゃなかった。

 俺は……期待したのだ。


 教えてほしい、見せてほしい、そう彼女が発言してくることを。

 それを話すことで新浪が元気になることを。


 車内に次のバス停が近いことを告げるアナウンスが流れる。

 俺はまだ『降車ボタン』を押そうとはしない。


 そしたら不思議に思ったのか、代わりに新浪が押そうとする。


「降りるのか?」


 彼女の細い指が空で止まる。


「黒井くんが降りるんでしょ?」

「それは、降りる人が押すボタンだぞ」

「……? じゃあ、黒井くんが押してよ」


 それでも俺は押そうとはしなかった。


「どうしたの?」


 そう言われ、思わずため息を吐く。


 どうしたの? それはこっちの台詞だったから。


「お前は……もう(・・)いいのか?」 

「なにが」

「俺がやっていることについては……もういいのか?」


 そこでようやく新浪は察したのだろう。

 少し目を見開いてから、優しげな瞳をした。


「だって……黒井くんは私が想像していた人とは違ったもの」

「俺が?」

「うん。私が想像……というより、望んでいたのはもっと悪い人。私が恨むのに値する人。でも、黒井くんは違った」


 誰も降りる人はいなくて、バス停も無人だった。

 形だけ停車したバスは、再び速度をあげて動き出す。


「だから、もういいの。結局私は……自分の気持ちを納得させたかっただけなのかも」


「新浪……」


「ありがとう。黒井くんは私が想像していたよりも……私が望んでいたよりも……ずっと良い人だった。周りには素敵な友達もいて、恨むなんてとんでもない人なんだって分かった。だからもういいの」


 静かに彼女は告げた。


 だから。


「俺はそうは思わない」


 それを俺は否定した。


「俺は、自分が良い奴だなんて思っていない。お前が言うほど、人間できちゃいない。ハッキリ言ってやるが、新浪の言ってることは間違ってるし、たった一度仕事を見たくらいで全てを評価されたくもない」


 新浪は俺に顔を向けた。

 少し驚いているように見える。


「お前から近づいてきたんだ。俺は確かに止めたのに、お前は自分から知りたいと言ってきたんだ。勝手に納得して、勝手に終わらせようとしてんじゃねぇよ。それは……俺の仕事だ」


 俺は降車ボタンを強く押す。

 次、停まります。そんなアナウンスが流れた。


「今度は俺からちゃんと教えてやる。だから、お前もこい」


 新浪はポカンと俺を見ていた。

 それから、ふっと笑い口元に手を添える。


「……なにそれっ」

「知りたいと言ってきたのはお前の方だからな」

「これってさ、私が嫌って答えたらどうするの?」

「嫌でも連れていく」

「強引だなぁ」

「言っただろ。俺は人間できてないって」

「そっか。なら……仕方ないね」


 バスが速度を落としはじめる。

 バス停の名前が車内に流れ、やがて停まった。


 開いた扉に向かう。

 新浪が動かなかったら手を引こうと考えたものの、彼女はちゃんとついてきた。

 

「仕方ないから、もう少しだけ付き合ってあげるよ」


 外に出ると風が少し冷たい。

 そんな中で新浪はイタズラっぽく笑い、最初に出会ったときの雰囲気を取り戻しているように見えた。


「それはこっちの台詞だ。今度はこちらから手伝わせてやる」


 終わらせ屋。そんな仕事をしている俺は、いつしか『自分が納得する終わりかた』でなければ、満足できなくなってしまったらしい。


 それは職業病とも言えるのかもしれない。


 ただ、正解が分からなくても間違いだけはわかるようになったと思う。

 最悪の終わりを回避する方法だけ、小狡く身につけてしまった。

 それに従い、俺は彼女との関係を延長させることにする。

 正解が分からないのなら、分かるまで先伸ばしにすればいいだけだ。


 事務所は反対方向のため、取り合えず近くの横断歩道へと向かい。


「ねぇ」


 後ろから声を掛けられて振り向くと、頬に柔らかい感触が当たった。


「……」

「お礼ねッ」


 パッと離れた新浪は、少し顔を赤くして笑う。

 それは、悪漢から助けた日にされたお礼とまったく同じもの。


 あの時は驚きはしたものの、とくに思うことはなかった。


 だが、今は違う。


 心の芯が熱を帯びていた。

 心臓が主張を強くしていた。


 それが何かしらの感情であることを理解したが、決めつけることはしない。


 それはまだ、延長に過ぎなかったからだ。

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