01 終わらせ屋
終わらせ屋。
それは人間関係を終わらせる裏の仕事だ。
そんな仕事を高校生ながらしている俺は、今日もネットで予約をしてきた依頼人と会う約束をしていた。
待ち合わせ時刻は午後五時。
とある喫茶店の中、学校からそのまま来たために格好は制服。
優雅にアイスコーヒーを飲みながらスマホをいじっていると、その客は現れた。
「――えっ、学生……さん?」
そこにはよく見かけるOL風の女性が一人。
整えられたメイクと巻いた茶髪の長い髪が印象的な女性。
そんな彼女は、俺の姿を見て案の定の反応をした。
「川栗恵梨香さんでよろしいですか?」
「え、えぇ」
「初めまして。黒井賽です」
俺も立ち上がり挨拶をする。しかし、彼女は懐疑的な表情をこちらに向けていた。
「あの……君、高校生なの?」
「そうですが」
「あの……紹介してくれた友達から『どんな複雑な関係を持っている人でも人間関係を終わらせられる』って聞いたんですが」
「出来る限りのことはします。学生じゃ不安ですか?」
それに彼女は微妙な反応。まぁ、それはいつものことだ。
「取り敢えず座りましょうか」
そう言って促すと、戸惑いながらも彼女は対面に腰かける。注文を取りに来た店員に彼女は俺と同じ物を頼んだ。
「俺は大々的に"終わらせ屋"をやってるわけじゃありません。客の紹介からしか依頼は引き受けないことにしています」
そう前置きをしておく。
「見た通り俺は学生ですから本業は学業であるうえに動ける時間が限られているからです。ですが、これまで引き受けてきた依頼は全てこなしてきました」
それから名刺を取り出すと彼女の方に置いた。
「人間関係を終わらせるのに歳はあまり関係ありませんよ。ただ、その過程にどれほど痛みを伴うかどうかだけ」
「痛み……」
「無傷で人間関係を終わらせることはできません。ただ、俺たち終わらせ屋は、その痛みをできうる限り無くすよう努めるだけです。……ちなみに終わらせたい関係というのは、川栗さんの関係ですか? それとも他の方ですか?」
それに彼女は少し躊躇ったが口を開く。
「私じゃありません。同僚の関係です」
他人の方、か。
「恋人ですか?」
「その……同僚が社内の上司と不倫をしていて……その、どう考えても彼女幸せにはなれなさそうだから……」
おずおずと説明をする彼女の視線には、どこか罪悪感のようなものがあった。
「わかりました。依頼料さえ払っていただければ、その関係を終わらせますよ」
俺はそう言い切る。
金さえ払ってくれれば、こちらは依頼人の感情などハッキリいってどうでも良いのだ。
「無論、依頼したあなたの名前は表に出しません。それと、関係を終わらせた事で起こるであろうトラブルも極力無くすことを約束します」
「そんなこと……本当にできるんですか?」
「できますよ」
笑顔のまま首肯。
「その代わり、当然ながら成功した場合の料金は川栗さんに払ってもらいます。それでもよろしいですか?」
「えぇ。彼女を助けられるなら」
ようやくさ迷っていた視線がこちらへと向いた。取り敢えず依頼を正式に受けることはできそうだ。
「わかりました。これからお時間があるのなら、その方の情報を教えて欲しいのですが」
「わかり……ました」
結局、彼女はポツポツとその同僚について話し出す。それを俺は仕事用のメモ張に記入していく。
いつものこと。いつも通りの流れ。
だが、いつもと違ったのは……それを同じ学校の生徒に見られていたことだけだった。
◆◆◆
「――黒井くん」
次の日。学校での昼休み。
俺の机の前には別クラスの女子がいた。
「話があるんだけど、少しいいかな?」
「ここで終わらせてくれないか」
柔らかい髪。丸い双眸に整った顔立ち。美少女と呼んで遜色ない彼女は次の瞬間、俺にだけ聞こえるようにハッキリと呟いたのだ。
「――終わらせ屋」
声音は低く、脅迫めいた意志が鼓膜を震わせる。
「仕方ないな……」
俺は、なるべく面倒くさそうな態度で立ち上がった。
周りではクラスメイトたちがひそひそと何かを囁きあっている。
それを無視して彼女に付いていくと、誰もいない中庭まで来てからようやく振り向いた。
「あなた……学生なのに終わらせ屋なんてしてるの?」
完全にバレていた。だが、心当たりがないわけじゃない。
おそらく昨日の話を彼女は聞いていたのだろう。
「盗み聞きはよくないぞ?」
「するつもりなんてなかったの。偶然、耳に入ってきただけ」
「で、なんだ? 俺を脅すつもりか?」
終わらせ屋は表に出てはいけない仕事だ。それをネタに脅迫されることは十分あり得る。
正直言うと周囲にばらされるのは避けたかった。そんなことをされれば、学校には居れなくなってしまう。
しかし、彼女から出てきた言葉はとても意外なもの。
「いや、別にそういうつもりじゃなくて。その……どうやって終わらせるのかな……って」
「……はぁ?」
「いや、だから! 昨日、黒井くん依頼を引き受けてたじゃない? その依頼、どうやってこなすのかな、って」
しばしの沈黙。
よくよく見れば、彼女の目はキラキラと輝いているように見えた。それはまるで……好奇心。
そして俺は悟ったのだ。
あぁ、これは別の意味で厄介だ……と。
「それ、話さなくちゃダメか?」
「知りたい! すごく興味ある!」
そう言って彼女は俺の眼前まで近づいてきた。甘い香りが鼻腔を擽り、あまりの距離の近さから仰け反ってしまう。
「嫌だと言ったら?」
「他の人にバラす!」
「それは困る」
「なら教えて」
興味津々の瞳に顔をひきつらせるしかない。いや……これはあんな場所で仕事の話をした俺にも非があるのかもしれない。
「……あっそ。わかったわ」
どうしようか逡巡したものの、彼女はそんな暇を与えることなく冷めた目付きをした。
「わ、わかった……教える」
だから、もう白旗をあげるしかない。
まぁ……どうせ話したところで、依頼人と彼女は何も関係などないのだ、そう割りきって。
「だが、学校では話せない。放課後でいいか?」
「やった!」
途端に輝きを取り戻す彼女。
何をそんなに嬉しがっているのだろうか。堪えきれないように両手を握る彼女はまるで、新しいオモチャでも買ってもらう子供のようだった。
不本意な約束だが、バラされるよりはマシなのかもしれない。
そう、自分を納得させた。
「じゃあ放課後ね! 絶対先に帰らないでね!」
「……わかった」
そうして彼女は足取り軽く教室へと帰っていく。
これが俺と彼女――新浪晴香との出会いだった。