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ホバー・ドライブ  作者: くもあかり
8/16

3-2

 旧上野はかつてのハブ駅だけあって、このエリアでも比較的まばらに人がいる。ゴロツキ、ワケアリ、浮浪者、ゴロツキ、といった具合だ。だがそれにしても、朽ちた駅前の広いスクランブル交差点には地上車の音がひとつもせず不気味な静謐さを放っている。

 しっかりと付いてきているか確認するために後ろを振り返ってみる。ミラは壁に背中を預けて俯くように座している浮浪者を見て、なんとなくいたたまれなくなったのか目を逸らした。その様子を俺に見られて罰が悪いとでも思ったのか、前に向き直って聞いてくる。

「この、地面に引いてある白の縞線はなんなのですか?」

「横断歩道」

 商店街手前を折れて、朽ちたネオンの看板がある建物をくぐる。ゲームセンターだ。店の体はほとんど成していないが、電気さえ供給できればまだ動く筐体もある貴重な場所である。VRやMMOが主流となった昨今、ハード機を置いているのはここくらいだろう。

 この時間帯なら地下に目当ての人物がいるはずだ。

 昼間だからなのか、それとも別の理由か、人の数はまばらで、電子音だけがやけに耳につく。特に苦労もなくダンスゲームに興じるマニュアス後ろ姿を見つけることができた。

「おい」背中に声をかけてみる。

「あれ、早かったじゃん」

 ゲームスコアがかかっているせいか、マニュアスは振り返らなかった。派手な曲のクライマックスが終わって初めてこちらを振り返る。マッシュルーム頭のツーブロックに眼鏡、典型的な四つ目だ。

 マニュアスは俺たちを一瞥しただけで大袈裟にのけぞってみせた。

「まさか君ともあろうものが女の人を連れだっているとは! 彼女?」

「阿呆」ほとんど脊髄反射ぎみに言う。

「あ、えっと、あの」ミラもミラで、俺がつっこんでやったというのにおありがたくうろたえる始末だ。

「彼女じゃないならどういう風の吹き回しかな?」マニュアスは人を食った笑みを浮かべた。

 一瞬考える。

「助手だ」

「助手ぅ?」マニュアスが眉を潜めて口だけで笑った。「なんの?」

 答えてやるものか。

「あ、あの、ミラ=クオーツと申します。マニュアスさんは情報屋とお伺いしましたが……」

「換金屋さ。物でも情報でも、金になるならなんでも換金するよ。よろしく」

 ミラが興味津々といった様子で少し前屈みになった。

「なんでも、ですか」

「なんでも。ネジの一本から下町の非合法組織のアジトの見取り図まで、金に替えられるものは全て扱うね」

「気を付けろよ、原価の五分の一で買い上げて五倍にして人に売りつけるあこぎな商売人だ」

 マニュアスを指差して俺がそう言ってやると、彼は心外だとばかりに目を丸する。その全てが演技ががっているのだから何もかもが胡散臭い。

 だが、ミラは俺の説明に何を感動したのか、また例の目をまん丸に見開いた表情で言う。

「一見無価値に思えるどんなものにも、価値をつけられるというわけですね。素晴らしいお仕事です」

 何をどうポジティブに曲解したらそうなるのだ。

「聞いたかいロクス! 体をねじってまで斜に構えるような君と違って、彼女の仕事への理解の深さといったら! ちょっとは爪の垢でも煎じて飲みなよ」

「あいにく湯沸かし器は壊れていてな」

「そう? 安くしとくよ」

 こいつとまともに会話をしていると知能指数が下がりそうだ。

「無駄話をしにきたんじゃない。さっさと用件だ」

 俺はピンで止めた数枚の札を摘んでマニュアスに突き出してやる。ミラは不思議そうな表情で俺の手元を注視していた。現金をよっぽど見たことがないらしい。

「ふぅん。何を御所望かな?」マニュアスはダンスゲームの手すりに肘をかけた。

「知りたい要件は二点だ。一つ。ホバーカーの墜落の話はあれ以降聞かないか?」

 マニュアスは俺の指からするりと札を抜き取る。ピンを抜いてその場で枚数を数え始めた。

「君と通話をした時が最後だね。それ以降は聞いていないかな。僕の耳に届いていないだけなのかもしれないけど」

「頼むぜ、換金屋」

「勘違いしてもらっちゃあいけないよ。僕はなにも命をかけてまであらゆる情報を集めるわけじゃないんだ。なんだって金に替えられるんだから、情報に固執する意味はないよ」

「ふん」

 マニュアスという男は基本信用ならないが、俺は奴のこういうところを意外に好いている。なににとっても執着がないのだ。変に執着やこだわりがあったり、それがまた偽善ぶって人を巻き込んでいるような輩よりは、よほどマシというものだろう。

「二つ目。今から言う単語に関係する情報があったら教えろ。浮遊鉱石、ハンドガン、新兵器、生産工場……」

 マニュアスにしては珍しく、心の底から疑問を隠さず顔に出して聞く。

「ねぇ君、本当にどんな厄介ごとに首を突っ込んでるの?」

「忘れたか? 古今東西、詮索するやつが真っ先に身を滅ぼすんだぜ」俺は言いながら札をさらに出してやった。マニュアスは一瞬の素の表情を引っ込めて、再び人を食った笑みに戻り札を数える。

「まっさかぁ。そんな物騒な単語を含む情報がそんなに安いわけがないでしょ」

「これ以上は手持ちがない」

 嘘ではなかった。ライターを買う金も全てはたいてしまっている。しばらくミラからジッポーを借り続けるつもりだ。

「じゃあ諦めてもらうしかない……と言いたいところだけど、そこはほら、換金屋だから」

「と、おっしゃいますと?」話が読めないらしいミラが、細く声を上げた。

「ようは、金に替えられそうな物や情報があればそれと引き換えにこっちもカードを切ってもいいってことさ。親切な商売でしょ?」

「俺がめぼしいものを持っていると思うのか」

「そこのミラちゃんは値千金の情報を持っていそうだけれどねぇ」

 間違いない。妙なところで鼻が効くやつだ。

「こいつは右も左もわからない、せいぜいが使い走りってところだぞ」

 今は交通課の腕章も身分を証明するものも全部外しているが、山ノ手に住む警官だと知られた日にはあらゆる下町の人間がこいつを食い物に利用しようとするだろう。

 スパイに仕立て上げようとする者、警察の内部情報を引き出したい者、フェライトコアと悶着したい者、純粋に山ノ手を恨む者、警察を恨む者……とにかく引く手あまただ。

 しかも、ただでさえ墜落したホバーパトに乗っていた上に正体はこれ、凄腕の運転手でもある。

 絶対にミラのことだけは、マニュアスに暴かれてはいけない。

「眼鏡くらいしかお渡しできる持ち物が思い浮かびません」

「それはいけない! せっかくの四つ目仲間なんだから」

 四つ目仲間とは。

「まぁ、なにも差し出せないっていうなら、とにかく腎臓売るなり肝臓売るなりして金策して出直してきてよ」

「腎臓……肝臓……」

 ミラがうろたえる。

「例えが古いぞ」

 とにかく、わかってはいたが態勢を立て直す必要があるらしい。気づかないうちにニット帽越しに頭を掻いていた。ヤニだ。ヤニが足りないから妙案が浮かばないのだ。タバコを一本取り出してジッポーの蓋を開ける。

 蓋を開けたところで、マニュアスが工事の看板に描かれた工事員のイラストのごとく、掌を俺の眼前に見せた。

「ここで吸わないで」

 珍しくマニュアスの顔から人を食った表情が剥がれていた。奴が本気で俺の喫煙場所をとやかく言うことは今までになかったことだ。

「なんだよ。今更どこで吸ったって誰かが取り締まるわけでもないだろう」

「なに言ってるんだよ、機械にタバコは厳禁なんだからね! 東京で最後の一台かもしれないレトロな筐体を壊した日には……」

 その続きの言葉の代わりに俺が見たのは、祟ってやるぞと背後に文字でも浮かびそうなマニュアスの表情だ。四つ目ゲームオタクめ。

「わかった、わかったよ。外で吸えばいいんだろ、吸えば」

 秩序の崩壊した下町であっても、喫煙者の肩身は依然狭いままというわけか。

 タバコに慣れていないやつをわざわざ煙たい所に連れて行く道理もない。俺はミラを指差す。

「そこで待ってろ。余計なことは喋るなよ」

 ミラが状況をいまいち理解していない呆けた表情でこくりと頷くところを見届けて、俺はスタッフがかつて使っていた通用口の扉を開け、外へ出た。

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