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ホバー・ドライブ  作者: くもあかり
7/16

3-1

「上野という場所に、そのマニュアスさんという方がいらっしゃるんですか」

「ああ」

 二の壺から上野までは約四十分程度、当然移動手段は徒歩である。下町に地上車がないわけでもないのだが、道路の所々は整備がされておらずひび割れ放題、むしろそれだけであればましな方だ。ひどいところは場所によっては断層ができているので、とてもじゃないが安全な移動手段とは言い難い。

 だとしたら最も快適な移動手段はホバーカーということになるが、まともに調達するのはここでは不可能だ。ここいらでホバーカーを所有している大抵は、下町の各エリアを牛耳る非合法組織やならず者の長、あるいは独自のコネクションで金にゆとりがある者くらいだ。

 この下町で金にゆとりがある、という人間は大抵ろくな人種ではない。近付かないに限る。

「あのマインとかいうやつ、腐っても刑事は刑事だな。あんたが追っていたホバーカーの運転手だが、山ノ手までわざわざ出向いて、妙な場所にある工場で盗みを働くなんてまず組織のトップのやることじゃない。逮捕云々は俺の預かり知るところではないし勝手にしてくれって感じだが、そいつのホバーカーを拝借するのはなかなかどうして悪くない手だ」

 俺の後ろに大人しくついてくるミラは、あの大事故のなかでなぜか無事だった丸メガネを控えめに押し上げた。

「しかし、私たちのホバーカーと衝突したのですけれど、機体は大丈夫なのでしょうか?」

「まだ墜落したという情報は聞かないな。もし墜落したらまっさきに知らせが拡散されるはずだ。バラし屋の貴重な資源だから、さっきのあんたらみたいなことが起きてもおかしくはない……」

 ミラの無表情に、ほんの少しの影が差した。ああ、迂闊だった。普通、自分が襲われそうになった時のことを間接的にとはいえ蒸し返されたくはないだろう。

「とにかく、マニュアスからそのホバーカーの男の情報を買うのが、クエスト攻略の第一歩ってところだな」

「あの、ロクスさん。まだ、『条件次第』の話をしていませんでしたね」

「ああ、そういえば」

 当たり前のことを『条件』にしたせいで、言うのを忘れていた。

「別に金が欲しいとか、そういうんじゃない、ただ」こちらを覗き込んでいるミラのことを、俺は横目で見る。

「『俺の指示に従え』。そして『人を疑え』ってことだけだ」

「人を、疑う」

「何度も蒸し返して悪いんだがな、あんた、バールの男に襲われそうになった時、あの二人相手に頭下げてたよな」

「はい」

「さっきみたいに、見逃してくれと懇願した程度で何もかもが許されるなら世話ねえがな……この無法地帯では、他人を疑うことを知らない人間から真っ先にくたばるって、相場が決まっているんだよ。誠意を食い物にするような奴らばかりだ。それなのに、片端から人を信じて自分を捨てに行くような奴の護衛なんざ、御免だ。命がいくつあっても足りない」

 一息にそう捲し立てる。この手の話題を引き伸ばすような悪趣味は俺はしない。

「二度とあんな真似はしないと誓え。俺がついている間、下町での行動は俺の指示に従ってもらう。それが護衛を引き受ける条件だ」

 ミラ=クオーツ。彼女は警官と言っても中身はただの新人の女だろう。酸いも甘いも、なにも経験もしたことのない人間なのだろう。それこそ、自身が本当に危険な目に遭うことすら想像が及ばない環境、温室──つまりは山ノ手育ちの人間だということだ。

 だから、経験したことのない非常時を前にして混乱し、あんな真似をしたのだ。先輩とホバーカーの無事を保証してくれると信じて、抵抗もせずに自分を簡単に売るようなことをしたのだ。

 もう二度と、俺についてきている間は、あんな勝手な真似をしないだろう。

「あんたが俺の忠告を無視して勝手に行動したら、俺はその場で降りるからな」

「私も、聞いてもいいですか?」

「あ?」

 ミラはうっすらと笑っている。今の話題のどこに微笑みを浮かべるような内容があったかは定かではないが、俺はすこし薄寒くなった。

「あなたも、あなたがおっしゃる『誠意を食い物にする』この町の住人なのでしょう。では、なぜ私と先輩を助けてくれたのですか?」

「それは」

 そんなもの、そちらが一方的に目の前に落ちてきただけである。だが、なんとなくその説明では、目の前で微笑する女史を納得させることができない気がした。

 すぐに言葉が出ない。そのせいで生じた少しの沈黙が癪だ。俺はタバコを取り出して、借りたジッポで火をつける。こういう時のためのヤニだ。

「そんなもん、ただのなりゆきだ」

「そうですか」

 ミラは屈託なく笑った。こんな笑い方をする奴は、下町では見たことがない。

 いや、生きてきたなかでも恐らくは。

 なんとなく、目を逸らしたくなった。

「わかりました。条件の方、なんとかお手を煩わせないように善処してみます」

 善処じゃ困る。

「先のことで痛感しました。先輩は、昔は体術も射撃も警察に必要な要項だったと言っていましたが、その通りですね。今からでも身体を鍛え直します」

 女史は何を思ったのか、両手で握り拳を作り、空気を打つように右腕を伸ばした。何かと思えば、蚊も殺せなさそうなパンチを打ったのだ。

「今からどうにかなる問題か?」鼻で笑いながら言ってやると、真に受けたミラがかけている丸眼鏡と同じように目を丸くする。

「何事にも遅すぎるなんてことはありません!」

「至言だな」

 なぜ、このおめでたい女は警察官なんぞになったのだろう。それだけが甚だ疑問だ。

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