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ミラが貸してくれたジッポでタバコに火をつけた。大きく息を吸い込んで、白い煙を吐き出す。開け放たれたドアの先のベッドには、包帯を巻かれて横たわるマインという警官の青年と、そこにつきそうミラという女性警官がいる。
一体全体どういう状況だ、これは。
処置をしたといっても、そのままホバーカーに怪我人を乗せておくわけにもいかなかった。あの男二人組を撃退したとしても、ホバー墜落の情報を聞きつけて第二、第三のたかり屋は現れる。
俺たちはホバーパトを捨てて移動した。今は俺の安息の隠れ家の中にいる。今頃彼らのホバーパトはスクラップになって、下町のゴロツキたちの糧になっている頃だ。
何が悲しくて、山ノ手の警官を隠れ家に引き入れなければならないんだ。
「あの、ありがとうございます」
いつのまにか、リビングにいる俺の前に立っていたミラ=クオーツが、目の前で深くお辞儀をしていた。
「どうお礼を申し上げればいいか」
「まぁ、あんなに目の前で胴体着陸かまされたらな」言うに事欠いて、タバコを灰皿に押し付けた。
「ここは二の壺ってところで、昔はそれなりに人も住んでたんだが、いまは見ての通りのゴーストタウンだ。いろんな意味で運が良かったな、あんた」
「あの、先輩の容体は」
「処置はしたが予断を許さない状況ではある。どのみち、ちゃんとした病院へ連れていく必要があるな」
「でも、この辺りに病院は、ないんですよね」ミラの目は憔悴していた。
「正確には、機能している病院がない」
「では、電話を貸していただけないでしょうか」
「山ノ手から応援を呼ぶ、か? 無理だな」
「え?」
「ここの基地局はほとんど朽ちてんだ。個人的な通信ラインで下町間での通話はできるが、山ノ手との通信手段はない」
「そ、そんな……」
「あとはホバーカーで直接山ノ手へ向かう手があるが、ホバーパトを捨てちまったたからな。だがあれはもう飛ばないだろ。ほかのホバーを探すべきだが、下町でホバーなんて持っているのはマフィアがそれと同等の地位の奴らくらいか。だがいかんせん、この町はあんたが一人で出歩くには危険すぎる。ゴーストタウンを一歩出れば、あんな連中が掃いて捨てるほどいるし」
俺の言葉に、両手を強く掴んでいるミラの手が震えた。まったく、情けない顔するんじゃあないぜ、警察官が。
「まぁ、許せなんて口が裂けても言わない。だが、仕方のないことだ、ミラさんよ。あいつらも毎日生き抜くので必死だ。本当に、落ちてきたホバーをバラして売らないと生きていけないって連中も多いんだ、この下町には」
「あ、あの!」
勢い余ったミラが、だん、と一歩を踏み出してこちらに近づく。
「私の、護衛をしてくださいませんか」
「はぁ?」
「先輩を病院へ連れて行くために、ホバーカーをどうにかして手に入れないといけません。先ほど私たちを助けてくださったように、手を貸してはくださいませんか」
「冗談じゃねえ。俺を聖人君子とでも思ってるのか? なんで一ミリもメリットのないことをせねばならん」
「確かに、私がいまあなたにお支払いできるものはありません。ですが」
「山ノ手に戻ったら礼でもしてくれるってのか?」
俺たちはあの町に手出しができない。なのにそんな一方的な約束、反故にすると言ってるようなもんだ。
「支払い云々以前に、怪我人とはいえ警察官を匿ってるってだけでこっちはいい迷惑なんだよ。これ以上、山ノ手の役人に関わるのは御免だぜ」
「ええ、これ以上ここにご厄介になるわけにはいきません。なのでホバーカーの調達を手伝っていただくだけでいいのです」
俺の話を聞いているのか、こいつ?
「待てよ、まさかここに怪我人の上司を一人置いていくってのか?」
「それは……」
今までまっすぐ俺の目を捉えていたミラの視線が、初めて迷いで揺らぐ。思わず開け放たれたドアの先のベッドを見た。
「クオーツ」
かすれた、蚊の鳴く声よりもか細い声が、微かに名を呼んだ。ミラは伏せていたまぶたを慌てて見開いく。
「せ、先輩!」
驚いた。声を上げたのは先ほどまで鉄骨が肩付近に刺さった重傷を負っているはずの、マインという名の上司だ。ミラと二人でベッドに駆け寄る。マインはまぶたをかすかにひらいて、無理やりに笑おうとして弱く口元を引き締めた。膝立ちになっているミラの背後に、俺は立つ。
「先輩、すみません、私が操縦を……」
「な、なぁに言ってやがる。俺が、指示した、結果だろ、自業自得、だ」ロクスは途切れ途切れに辛うじて単語を繋げて、顎を少しだけ引き上げてこちらを見た。「命の、恩人だぜあんた、すまん」
俺は何も言わなかった。
「よ、よぉ、クオーツ、俺のことはいいぜ、一人でも、何時間でも待って、やるよ。だから、あの犯人、捕まえろよ、下克上、してくれ、そんでそいつのホバーで、署にしょっぴくついでに、俺を、拾えよ」
「先輩」
「早く、いけ……」それきりマインは沈黙した。手をつかんでいたミラは、その力が抜けていくのを感じて叫びそうになる。
落ち着け。そういう意味を込めて、俺はミラの肩を掴んだ。彼は浅い寝息を立てている。眠っているだけだ。
ミラは立ち上がって、目元を拭う。ベッドのある部屋からリビングに戻り、再び俺へ向き直った。
「先輩は、大丈夫です。お願いします、力を貸していただけませんか」ポニーテールを揺らして深く頭を下げる。
どうしたものか。とてもじゃないが厄介にすぎる場面にでくわしたものだ。だがこれ以上、「手伝う」「手伝わない」の押し問答をしたところで、あまり意味があるとも思えなかった。
目の前のこの女史が引き下がることは、おそらくないのだろう。俺がミラの頼みをつっぱねるほど、この二人の滞在時間は延びに延びまくる。その間に損を被るのはこの俺だ。
「はぁ、わかったよ」
ニットで乱暴に目元を隠して、持っていたタバコを箱に戻した。
「乗り掛かった船だ、行けるところまでは付き合うさ」
「本当ですか!」
「俺の安息の隠れ家にいつまでも大の大人が二人も居座っていられちゃあ、文字通り座りが悪い。一秒でも早く出て行ってくれるってんなら、手を貸すことはやぶさかでもない。条件次第でな」
「ありがとうございます!」
ミラは飛び上がるように肩を上げて、思い切り勢いよく頭を下げた。見てしまった人間が嫌でも清々しくなるような真っ直ぐなお辞儀だった。




