エピローグ
俺とミラの乗り込んだホバーは、フェライトコア社のハイエンドモデルだ。かたや逃げるオーレンの乗ったホバーは車体に傷がついている事故車なのだから、このカーチェイスがどんな結末を迎えたかは推して図るべきだろう。
ミラは初めて乗るタイプのホバーを数十秒で手懐けて、じわじわとオーレンのホバーのケツを追い続けて距離を縮めていった。無謀にも片手運転をしながら身を乗り出して銃を撃とうとしたときは、俺が助手席からサイドミラーを狙撃して破壊した。後ろが見えなくては、俺たちを狙うことはできないだろう。
結局ミラが絶妙に相手のホバーを誘導して低空飛行をさせたところで、車体を接触させ乱暴に着地を強いたところで決着となった。
「カイ=オーレン。あなたを逮捕します」
ミラは淡々と述べて、勤務して初めてらしい手錠をオーレンにかけた。抵抗したので腹に一発拳を決めてやったら、大人しく沈んだ。
「そのホバーカー、まだ飛ばせるのか?」
忘れてはならないが、本来の俺たちの目的はオーレンを捕まえることではない。マインという上司をホバーカーで山ノ手の病院まで送り届けることだ。オーレンの乗っていたホバーを点検しているミラに聞いてみる。俺の所見では、もうこのホバーカーは飛ばせないのではないかと思っている。
「まぁ最悪、俺たちが乗ったフィーファイのホバーで病院に向かうという手があるんだがな」
「そのお言葉に甘えることになりそうです」
ミラはそう言って、早々に点検を諦めてこちらに戻ってきた。
「ひとつ、わからないことがあります。なぜフィーファイは、私たちがいるレジスタンスの集会拠点を知ることができたのでしょう?」
彼らがあのタイミングで照明を落として突入してくれなければ、ミラも俺もおそらく無事では済まなかっただろう。
だが、あれは計算し尽くした結果だ。ヒントはそこらじゅうにある。
「オーレンの前に姿を見せる直前、俺がマニュアスに集会の場所をリークした」
「ロクスさんが?」
フィーファイが下町入りしていたことは事前に聞いていた。普段は山ノ手に連絡が取れない俺たちでも、下町内であれば自由に連絡を取ることができる。
「マニュアスはミラの素性を聞いて、レジスタンスの集会場にフィーファイが追っている浮遊鉱石の窃盗犯がいることをあらかじめ知っていた。そこで俺がレジスタンスの集会場所を教えたら、奴はどうすると思う?」
「フィーファイにその情報を横流しする、ということですか」
「そうだ」
窃盗犯、しいては新兵器の開発をしている連中のアジトの場所など喉から手が出るほど欲しい情報だろう。つまり、俺のもたらした情報を一番高く買う奴がいるとすれば、それはフィーファイ以外にいない。奴らはたとえ換金屋という下町の胡散臭い人間相手にも、大金を払う用意がある。これをマニュアスが逃す手はない。
「案の定、マニュアスが情報を売ったことで、フィーファイは倉庫に突入してきた。俺たちがオーレンたちにボコボコにされるか、突入が間に合うか。時間との勝負だったが、まぁホバーカーの速度ならギリギリ時間稼ぎもできる」
つまり、今回の一件で一番得をしたのはマニュアスということになる。やはりあいつは食えない男だ。
「そうですか」ミラは納得がいったような、がっかりしたような、神妙な声になった。
「ロクスさんがわざわざ逃げも隠れもせずに姿を表したのも、人助けの何が悪い、と言ったのも、ぜんぶ時間稼ぎのためだったわけですね」
「そうだ。でなければ俺がベラベラと喋るかよ」
ミラは苦笑した。なんとなく目を合わせるのが躊躇われて俺はタバコを取り出す。
借りていたジッポーで火をつけた。蓋を閉めてミラに突きだす。
「返す。長らく借りていて悪かったな」
すると、ミラはゆるく首を振った。「差し上げます」
「お爺さまの形見なんじゃなかったのか」
「使ってくださる人に使われる方が、きっとよいでしょう。改めてお礼はしますが、ほんの手付けと思っていただければ」
そしてミラは今までそうしてきたように、俺に向かって頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます」
「さっさと上司を拾って病院へいけ」
俺の言葉にミラが一瞬呆けた顔をする。「一緒に隠れ家に戻られないのですか」
「あそこは捨てる」
俺は隠れ家の鍵をミラに渡した。
なにせ警察二人を中に通してしまったのだ、どうせあそこはもう使えない。明日から、いや、もしかしたらこの後すぐから、俺は警察に手を貸した男として下町の組織に狙われる生活になるかもしれない。特に無国籍マフィアは報復に出るかもしれない。オーレンがフィーファイに捕まっても、独断で行ったことであれば組織が解体されることもないが、それを差し引いても痛手だろう。
なかなか気に入っていたのだが、ほかの安息の隠れ家を見繕う必要がある。
フィーファイがここを嗅ぎつけてもうすぐここへやってくる。今から彼らのホバーカーを拝借しようというのに、鉢合わせたら厄介だ。
ミラは再度頭を下げて、小走りにホバーカーの運転席に乗り込んだ。伸びているオーレンはそのままここに置いていき、フィーファイに預けるとのことだ。病院にマフィアの幹部を連れて行くわけにもいかないし、逃げようとしたところを捕まえて手錠をかけたところで下克上悲願の達成とするのが落とし所だろう。
結局、フェライトコアの顔を立てることを考えると、ここでフィーファイに身柄を引き渡すのが、落とし所としてバランスがいい。
ミラの乗ったホバーカーが、爆風を撒き散らしてホバリングした。ニット帽のおかげで髪が巻き上げられずに済んだが、代わりにタバコが灰ごと吹き飛んだ。
高速で、黒い車体が遠ざかっていく。入れ違いで、何台かの黒塗りのホバーカーがこちらへ近づいてくるのが見えた。俺は使い物にならなくなったレジスタンスのホバーと、そこで気を失っているオーレンとを見比べる。
再び爆風を顔に浴びたかと思うと、ホバーカーがホバリングして着陸した後、黒服の男が数名こちらに近づいてきた。
「貴様がこの男を捕まえたのか?」男の一人がにこりともせずに尋ねてくる。サングラスも取らないで不遜なやつだ。
「どうだかな」
「その顔、どこかで……」脇に控えていたもう一人のスーツが、俺に顔を近づけるために一歩踏み出して前傾姿勢になった。
「失礼。あなたはもしかして元フィーファイではありませんか。確か、優秀な人員として殿堂の表彰受けている写真を見たことがあります。確か名前は」
「人違いだな」俺はその場から離れることにした。「とにかく、そこにいる男はどうとでもしてくれ」
立ち上がって尻についた埃を払う。サングラスで表情が読めないが、引き止めるか否か迷っているのだろう、スーツの男たちは小さく足踏みをしている。俺は男たちに背を向けて歩き出した。
吹き飛ばされたタバコの代わりをもう一本取り出して、口に加える。ジッポライターで火をつけた。
キン、と小気味良い音を鳴らして蓋を閉める。煙を吐き出して人心地ついた気分になった。
そうだ、新しい安息の隠れ家を探す必要がある。
それさえ済めば、世は全て事もなしだ。




