5-3
「泣かせてくれるじゃないの」
俺の姿を見たオーレンが言う。周囲の、俺をつるし上げようとする非難と戸惑いのどよめきもなんのその。俺は至極自然な足取りで、オーレンとミラの正面に立った。
ミラの片方の頬が腫れ上がっていた。確かに唇の先も切れている。幽霊でも見るような目で俺のことを見ていた。いかに人を信じて疑わないミラも、俺が逃げずにのこのこと姿を現したのを憂いているように見えた。
確かに俺でも自分が阿呆だと思う。
「そいつを離してやってくれると話が早くて助かるな」
「まさか。冗談だろう?」
行間も持たせずにオーレンが答える。
だろうな。予想通りの反応をもらったところでジャケットの内ポケットに手を伸ばす。
倉庫にいる全員が後ずさった。
「阿呆、銃なんざださねぇよ。ヤニを吸うだけだ」
タバコを一本取り出して、ジッポーで火をつけた。場違いな白い煙がもくもくと立ち上る。とりあえず、ヤニのおかげでほんの少し冷静になったような気もする。
「はは、女惜しさに姿を見せるとは。かのロクシェル=ソルト様が」
「俺がお前らにどう知れ渡っているか、俺自身も見当がつかないがね」
「下町の、この無国籍マフィアの幹部のいるところに警察を手引きしたとなれば、どうなるかくらいはわかっているだろう?」
「どうだっていい」
「なぁ、なんのとはいわないが、土産に聞かせてくれないか? これは一体何の冗談だ? 下町の住人にあるまじき行為じゃないか。愚にもつかない人助け。下町の敵である山ノ手の警官に手を貸したばかりか、『そいつを離してやってくれると話が早くて助かる』だと?」
馬鹿だなぁ、と倉庫中にオーレンの声が響いた。いったい、これから何が起こるのか青年たちは、不安から小さくざわついていた。
オーレンは銃口をこちらに向ける。
「下町の誰ともつるまず、あんなに腐った廃墟ぐらいしかないゴーストタウンに住んでさ。誰も助けず誰にも助けられず、孤高を貫いていたお前のこと、うちのボスは結構気に入っていたんだぜ。ドライ、ドライ、ドライ。ルーツを探らせぬ男だってね。だがこんな末路を辿ると知れば、きっとボスは悲しむだろう。何か言い残したことはあるかね?」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ、うるせえぞ」
場が静まり返る。
ここまで一瞬で静かになると、まるで俺が地面に水でも打ってやったような気分になる。それほど、想像していなかったような低い声が出ていたということか。
だが、低い声で凄んだ価値はある。オーレンにごちゃごちゃと好き放題、言わせすぎたのだ。
「てめえの俺に対する意見なんざ知ったことじゃない。どうだっていい。この下町じゃ何をやったって自己責任だ。何をやったって自由な無法地帯、だろう? だからあえて言わせてもらう」
タバコを地面に投げ捨てた。
「人助けをして何が悪い」
ミラすら押し黙って俺を見ていた。
「心の変遷を聞きたいだぁ? 知らん! 助けた相手がたまたま警官だっただけだろうが。この街じゃ人の悪意にとやかく言う奴はいないってのに、何で人を助けてごちゃごちゃと言われなきゃならない? 知らない人間が困っていたら助ける、そんな当たり前のことを昔から人は━━」
そうだ、俺がミラにしたことの一連に、ちゃんと名前はあったのだ。
「━━下町人情って言うんだろう」
そうだ。俺は今まで下町で、誰も助けず誰にも助けられない不干渉を貫いてきた。人を疑うのがこの町の常識、人を食うのがこの町での生きる術だ。
多分俺は、それに嫌気がさしていた。うんざりしていたからゴーストタウンに引きこもっていた。ホバーカーが墜落してくるまでは。
「な、何を言って……」
弾丸のあられのように畳み掛けた俺の言葉に、オーレンはうろたえて呟いた。その時だった。
倉庫の照明が一斉に落ちた。
革靴の足音が雪崩のように反響する。ついにおいでなすったか。
この瞬間を待ち続けた俺は、照明が落ちて暗さに目が慣れぬうちに、走り出す。明るいうちに人の位置は把握していた。真っ直ぐにミラを拘束している二人のマフィアに走る。一人は走った勢いで足を出し、ドロップキックで吹き飛ばした。男の獣のような叫びに反応したオーレンが銃を暴発させたのか、一瞬火花が散ったのが見える。もう一人は暗がりの中で俺の姿を見つけて臨戦態勢を取っている。その間にも足音は洪水のように響いていて、あちらこちらからレジスタンスの青年たちの短い叫びが聞こえてきた。
今は目の前のもう一人のマフィアだ。相手のジャブを手で弾く。隙をついたところで顎を掌で叩き上げた。ごり、と嫌な感触を響かせてもう一人が伸びた。
「おい、ミラ」
「ここです!」
声が俺のすぐ横で聞こえた。細い腕を掴んでやったところで、消えていた照明が一気に回復する。
「全員その場から動くな!」
明るさを取り戻した倉庫には、案の定黒服の男たちがレジスタンスを取り押さえていた。
フェライトコア社お抱えの私警察、フィーファイだ。
とりあえず、ミラが撃たれる危機は脱した。
「大丈夫か」
「なんとか。でも、なぜここにフィーファイが」
俺が腕を掴んで立ち上がらせると、ミラは驚いて呟いた。、
「話は後だ。ホバーカーに急げ」
発信機の示すホバーカーを拝借するには、どさくさの今しかない。俺はミラを引っ張り、黒いスーツと青年たちでしっちゃかめっちゃかになっているガサ入れのような修羅場から離脱した。
浮遊鉱石窃盗犯で、レジスタンスのリーダー・クニヤ青年の所有するホバーカーは、倉庫のすぐ近くに停まっている。
だが、そこには先客がいた。オーレンだ。
奴は早々にホバーカーの運転席に乗り込んだかと思うと、車体をホバリングさせて逃げようとしている。
「あれを使いましょう!」二、三あたりを確認したミラが、何台も止まっている黒塗りのホバーカーを指差す。どうやらフィーファイがここにくるまでに乗っていたホバーのようだ。
「追いかけるのか? オーレンを?」
「犯人を捕まえて、下克上。先輩の悲願です」躊躇する隙を与えぬ鋭さでミラが言った。
ええい、ままよ。あとは野となれ山となれだ。
「行くぞ!」
俺たちはホバーカーに乗り込んだ。多分、あとでちゃんと返せば問題ない。




