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ホバー・ドライブ  作者: くもあかり
14/16

5-2

 本拠地と大げさに言ってみたが、ホバーカーが停まっている場所が、必ずしもレジスタンスと無国籍マフィアの拠点であるとは正直思っていなかった。せいぜい半壊のホバーカーを乗り捨てたのだろう、という軽い気持ちだった。だからのこのことミラを連れ立って、上野からはるばる北千住まで歩いて来たというのにだ。

 ごりごりの本拠地ではないか。

 旧北千住車庫は、広大な敷地を持つかつての駐車場に旅客機格納庫のような倉庫が建てられていた。俺とミラは倉庫内にいくつも置かれているコンテナの陰に身を潜めている。

 タイミングもこれまた絶妙で、普段は下町の各所に散っているレジスタンスの面々がまばらに倉庫に集まってきていた。無人だと思って完全に油断していた。俺たちが入った後、入口から入ってくる人影をやり過ごすためにコンテナの陰に隠れていたら、あれよあれよと人が増えていって出るに出れなくなってしまった。どうも、今から決起集会でも行われようとしているかのような物々しい雰囲気が漂っている。

 フェライトコア社から浮遊鉱石を盗み、俺たちをゲームセンターで襲撃した男もいた。彼はレジスタンスの中でもまとめ役のような存在であるらしい。動きは素人のようだったし、顔つきも垢抜けておらず大学生のような印象を受ける。

 俺が奴を組み伏せた時の情けない声を思い出した。行動力自体は並外れているのだろうが、彼がリーダーでレジスタンスは大丈夫なのか。だが、ミラもレジスタンスは警戒レベルが低いと言っていた。おそらく、今までほとんど人畜無害であっただろうレジスタンスは、無国籍マフィアのお膳立てでパワーバランスが歪になっているのだろう。

「いったい、ここで何が行われるというのでしょうか?」

 ミラが蚊の鳴くような小声で俺に耳打ちをした。

「ハロー、ボンジュール、こんにちは諸君!」

 ひときわ大きい声が倉庫の入り口の方から朗々と響いたかと思うと、場末のホストの元締め、いや、無国籍マフィアの幹部のオーレンが入って来た。写真で見たよりも少し老けて見えるが、体の芯は若々しいというべきか。その体型と姿勢のおかげで実年齢が若く見える。

 オーレンは部下を二人ほど連れているようだった。レジスタンスのメンバーの何人かを通り過ぎた後、コンテナ一台を隔てた俺たちを通り過ぎてリーダーの男の前に立つ。俺たちはできるだけ首を縮こませて小さくなった。

「やあクニヤ君、先日は実に勇敢だったよ全く。山ノ手に侵入できたことに加えて、浮遊鉱石の奪取にも成功した」

「あ、ありがとうございます」クニヤと呼ばれた青年は、教師にマルをもらって喜ぶ生徒のような表情になっている。「まともにホバーカーの運転ができるのは僕だけのものですから……」

「期待しているよ」添えるように軽く言ったオーレンは鷹揚に腕を広げる。

「では、始めようではないか。決起集会を!」

 その言葉を合図に、レジスタンスのメンバーはクニヤを囲うように集まり始めた。マフィアの幹部とお付きたちは、一歩引いたところで彼らに目を光らせている。

 レジスタンスは完全に、オーレンが主導していると言っても過言ではない。自分たちの考えのもとに動いているというよりは、オーレンの一挙手一投足で状況が動いているような印象を受ける。

 だが、無国籍マフィアのボスが幹部へ『レジスタンスを動かすように』と指示をしたとは、考えにくかった。どうも普段から行なっているマフィアの抗争と、色が違うように感じる。

 もしかして一連の活動は、オーレンの独断で行なっているのであろうか。

 決起集会と奴が言っていた通り、レジスタンスの何名かがスローガンを声高に掲げ、それに周囲が叫んで応じていく。フェライトコアの独占経営を許すな云々、一企業が政治にまで食い込むなぞ云々、といった具合だ。

「僕たちは、ずっとフェライトコア社に虐げられて来た」

 場が随分と温まったところで、クニヤ青年が緊張の混じった声で言う。

「僕たちの親や祖父母世代が貧しくて地べたを這いずり回っていた時に、フェライトコアは山ノ手にどんどん牙城を築いていった。下町で役所の管理をしてくれる人はもういない。僕たちの存在を証明する公的書類は朽ちてしまった。今やもう、僕たちは山ノ手エリアに入ることはできやしない」

 何人かが涙を飲むように小さく呻いて頷く。

「この前もまた一人、下町の人間が山ノ手に入ってフィーファイに捕まっていった。僕ら下町の人間も同じように暮らしてはいけないのか? 地べたをこれからも這いずり続けるしかないのか? いや、違う」

 おお、と場が湧き立つ。

「僕らは昨日まで無力だった。でも、今は武器もある。資金源もある。フェライトコアの横暴に僕らは立ち向かうんだ!」

「いま彼らがハンドガンを持って山ノ手に乗り込んだら、彼らの状況が改善されると思いますか?」

 レジスタンスの様子をコンテナからそっと覗いていたミラが頭を引っ込めてしゃがみこむ。丸眼鏡の奥の瞳を揺らして俺を見て言った。

 決起集会は熱を帯びて騒がしくなっており、声が倉庫を反響して小声はかき消されるほどの湧きっぷりだった。

 思わずため息が漏れる。

「まさか。せいぜいが山ノ手の住人を巻き込んで、無駄にけが人を出して鎮圧されるだけだ。武器がいかに強力といえども奴らは素人だ、あまりに準備不足すぎる。かたやフェライトコアには訓練された私警察を何人抱えていると思っている?」

「オーレンはそれを知っていて、わざわざ資金と製造技術を提供しているんですか!」

「無国籍マフィアにとって、抗争が成功しようが頓挫しようが知ったことじゃないんだよ。奴らにとって山ノ手の住人にハンドガンという浮遊鉱石の危険な使い道を見せつけるだけでいい。製造技術を牛耳っている間は超弩級企業フェライトコア様に圧力をかけられるからな」

「じゃあ、彼らは……」

「捨て駒だ」

 そんな、とミラは吐息交じりにつぶやいていた。レジスタンスたちの持っている熱に負けじと劣らぬ熱い吐息だ。まさかミラは、怒っているのか? 義憤に駆られている、とでもいうのか。

 嫌な予感がする。

「あのクニヤという方は、オーレンを信じて疑っていません」

「だから、下町の人間を信じるなと言ったんだ。あ、おい、ちょっと待て」

 不安がよぎったそばから、ミラがするりと立ち上がった。肩を掴んで止めようと伸ばした俺の腕を抜けて、レジスタンスの人だかりの輪に小走りで入っていく。すかしを食らって空気をかき混ぜた腕がコンテナから出そうになって、俺は慌てて手を引っ込めた。

 あの阿呆、何をやっている!

 決起集会に熱中してる人だかりは、ミラ一人が紛れ込んでも誰も気づいていなかった。腕を上げて、浮かれた奴らの口笛とともに湧き上がっている人たち間を、ミラは縫っていく。

 果たして、ミラは集会の中心にいるクニヤ青年の正面へつまづきながらたどり着いた。細く声をあげる。

「あ、あの!」

「あ、あんたは」

「あの、考え直してくださいませんか! このままフェライトコアと衝突すれば、皆さんがみすみす怪我をしてしまうだけです!」

 何をするかと思えば、やはり説得か。いや、予想はついていたがあまりにも愚直すぎてため息も枯れる始末だ。ここ数時間でミラという人物の性格の一旦を垣間見たばかりだというのに、俺はみすみす彼女を行かせてしまった。

 ものすごく後悔している。

「下手をしたら死んでしまうかもしれません」

「僕らは犠牲も厭わない。そのための決起集会だ」

 クニヤが顔を火照らせながら言う。どうやら、浮遊鉱石を盗んだ自分を追って来た警察だとは気づいていないらしい。よく考えれば必死に逃げている時に、追っ手の顔を覚えるほどまじまじと見るのもおかしな話だ。覚えていなくても不思議はない。

 レジスタンスは、クニヤ青年の言葉に、そうだ、そうだ、と同調して叫んだ。まるで魚群のようにレジスタンスが湧き上がる。遊び場を荒らされて怒る園児のようにも見える。

「ですが……!」

「あんた、何者だ? どこから入って来たんだ? レジスタンスのメンバーじゃないようだけど」

 ミラは、自分の言葉はもう届かないと見切りをつけたのか、鈍感にも素性を誰何するクニヤの脇を通り過ぎた。腕を組んで様子を伺っているオーレンの前に立つ。

 藪の中の蛇に自分から近づいていくとは!

「あなた、恥ずかしいとは思わないのですか。無垢な青年たちを焚きつけて、みすみす犠牲を出すだけと分かっていながら高みの見物を決め込んで!」

 珍しく鋭く眼光を放っているミラの言葉を受け、オーレンは気障たらしく片手で頭を抱えながら、

「ええと、君、どちらさま?」

 と言った。

 遅れて、オーレンについていた二人の構成員が、彼を守るようにミラの前に立つ。

「この抗争は彼らが自分で決めて自分で行動したものだ。それを大人がとやかく言うのは野暮というものではないかね?」

「武器もホバーカーも、与えたのはあなたたちです。責任があるでしょう。いますぐやめさせなさい」

「名乗りもせずに不躾だね、レディ。だが、おや」

 ミラの凄みにも眉一つ動かさないオーレンがふと何かを思い立ったのか、腕時計型の端末を起動させた。「どうも、君の顔はどこかで見覚えがあるような気がするな」

 まずい。条件反射気味に、脇のホルスターから銃を構えた。レジスタンスの輪に飛び出そうと中腰になって、どうにかその場に踏みとどまる。今俺が出ていったらミイラ取りがミイラだ。

 逃げろ、ミラ!

 オーレンが指を二回鳴らして、部下二人に指示を出す。音もなく動いた部下は、ミラを両脇から挟み込んで腕を掴み、無理やり背中に回した。ミラを拘束したのだ。

「な、なにをするんですか!」

「これはこれは。あなたは山ノ手の警察官殿ではありませんか。いけませんねぇ、こんな下町の無法地帯に単身で乗り込むなど」

「どうして、それを」

 ミラが驚いた顔で言ったのをかき消すように、レジスタンスのメンバーたちがざわついた。警察、警察だ、と口々に叫んでミラの近くにいた何人かが飛び退くように距離を取る。輪の中心にいたクニヤ青年も、驚いたような、同時に合点がいったような顔でミラを見ていた。

 場を客観的に見ている俺には状況がよく分かった。いまや輪の中心にいるのはオーレンと、捕まったミラだ。

「我が親愛なる換金屋の警告通りだったな。下町を警察官がうろついている、と」

 換金屋、という言葉を聞いてミラの目が見開かれた。

 マニュアスの野郎、ミラの情報をマフィアの幹部に売りつけていやがった! 今に始まった事ではないが、奴に情報を漏らしたことはやはり致命的だ!

「フェライトコアの犬に成り下がって骨抜きになったわりに、なかなかどうしてこの場所を嗅ぎつけたようで。その手腕は評価に値する」

「ど、どうしよう! この集会がフェライトコアに知れ渡ったら!」

「まだ他にも警察がいるんじゃ」

 にわかに場がざわつき始めた中でも、オーレンは至極平常だった。落ち着き払って縞のスーツの懐から大型の拳銃を取り出し、銃口をミラに向けた。

「なに、一人も家に帰さなければいいだけのこと」

 声は聞こえなかったが、ミラが「ひっ」と呻いただけは分かった。だが、銃口を向けられて小さく怯えたのは一瞬だった。ミラはこの状況で、ほんの少しの気丈さで背筋を伸ばして立っている。

「こ、殺すんですか」拳銃を初めて見ました、と言わんばかりの表情でクニヤがオーレンに半歩踏みよる。

「そんなことになったら、ただで済むと思いますか」ミラがオーレンを睨む。

「まぁ、殺すにしては惜しい価値を持っているのは確かだね。一応山ノ手の警察官だから、適当にこちらで預かっておいてどう使うか考えておくのも悪くはない」

 二人のマフィアに腕を背中で掴まれて、ミラは身動きが取れない。オーレンは向けていた銃口をミラの顎の下に押し付ける。

「どうやってこの場を嗅ぎつけた? それはいま吐いてもらわないと」

「言えません」

 乾いた音が響いた。ミラの言葉の端も終わらぬうちに、オーレンは銃の持ち手でミラの頬を叩いたのだ。

 さっきからずっと、銃のグリップを思わず強く掴んでいる。力を抜くために手のひらを見ると跡がくっきりと残っている。

 だめだ。ガラにもなく肩に力が入りすぎている。

 俺は、ここで今すぐ、ミラを助けにいくべきか。だが、助けた後は? どうやって逃げる?

「まあいい。警官殿が今ここで答えなくても、後でゆっくりと尋ねることができる。ただ━━」

 たっぷりと含みと間をもたせた言葉尻とともに、オーレンはいやらしく笑った。

「もっとはやく答えてくれそうな奴が隠れているなぁ」

 オーレンの言葉に、じろりと数十の目が一斉に倉庫のあらゆるところに向いた気がした。俺は様子を伺っていた首を引っ込めて、コンテナに背中を預けてしゃがむ。

 あの腐れ換金屋、俺のこともオーレンに喋ったのか。

 どこかに隠れているであろう俺を探るために、レジスタンスはあらゆる場所へ視線を巡らせている。コンテナ越しの背中からでもそれはひしひしと伝わって来た。

「ロクス、そこにいるんだろう? えぇ?」オーレンがひときわ大きな声で叫んだ。「警察とつるむなんて、らしくないことをしたものだなぁ」

 さっきまではコンテナをのぞいていたから、ミラとオーレンの様子が伺えた。だが俺は今コンテナの裏にしゃがんで首を縮めて、奴の叫び声と有象無象の戸惑いの声しか聞くことができない。

「あーあぁ、こんなにか弱い顔を強く打ったものだから、口を切ったのか? かわいそうに。ロクスはいつ助けに来るんだろうなぁ」

「ロクスさん、今すぐ逃げてください! ━━きゃあ!」

 ヤロウ。一体何しやがった。

「ロクス。ロクシェル=ソルト。素性もわからずクールで、どこにも属さない男。あ、うちで勧誘も何回かしたっけな、そういえば」

 はは、とオーレンは嗤った。見なくてもわかる。誰がどう聞いても嘲りが九割の笑いだ。

「そんなお前が、人助け! 警察官に手を貸す? まったく失望させてくれるよ。是非ともその姿を拝んで心の変遷を聞きたいものだねぇ。どれくらい彼女を痛めつけたら君は出てくる? ここで彼女を見捨てても、それはそれでクールでいいね。そしたら改めて、もう一度うちのボスが勧誘に行くだろう。君の居場所は換金屋にでも聞くさ」

 換金屋でふと思い立ったことがった。腕時計端末に電源を入れる。

 ━━ミラをここで置いて逃げる。確かに俺にそうする理由はある。あいつとの共同ホバーカー捜査は成り行きでしかなかったし、一蓮托生という間柄でもない。何より俺は、一度おりかけた船に乗っている。付き合ってやっているのはこっちだ。ここで降りても誰も文句は言わないし、それでミラがどうなってもそれは本人のせいだ。自己責任、それが下町の大原則だったはずだ。

 だが、悲しきかな。この倉庫の出口はどうやってもレジスタンスの輪の向こう側にある。逃げようにも逃げられない。

 ━━あなたが私にしてくれた優しさには、どう名前をつければ良いのでしょうか?

 くそ。あんな言葉、聞かなければよかった。

 銃をホルスターに戻す。肺にためていた息を大きく吐いた。

 俺は立ち上がってコンテナの陰から出た。

 さて、どうしてくれようか。

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