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ふせた頭上で弾丸の唸りが聞こえた。赤く光る弾道が見えた気がする。一瞬のことだった。
まばたきをしている間にゾンビゲームの筐体が吹き飛んで、壁に打ち付けられたそれが轟音とともに壁に激突してひしゃげた。液晶が割れる。マニュアスがぎゃあと叫ぶ。
「都内最後の筐体が!」
浮遊鉱石の弾丸を撃ちこんだ何者かは、すでに乱暴な足取りで走り去っている。顔だけあげて見てみると襲撃者はエスカレーターの陰に見えなくなっていた。
出遅れた。全身をバネにして立ちあがり、後を追うために走る。
「ロクスさん!」ミラが俺の背中に叫ぶ。
「来るな、二人はそこにいろ!」
止まったエスカレーターを二段飛ばしで駆け上がった。姿は見えないが襲撃者の足音はまだ聞こえる。
迂闊だった。完全に油断していた。俺たちはまんまと銃の製造、あるいは保管場所で、のこのこと情報交換に勤しんでいたというわけだ。シューティングゲームの模造銃を筐体とともに置くこの場所なら、似たような銃が置いてあってもなんら不思議ではない。
一階に出るとクレーンゲームばかりのブースが目に飛び込んできた。ガラスが割れ、片脚が取れてクレーンが剥き出しになった筐体が並んでいる。襲撃者はその間を縫って進んでいた。
ホルスターの銃に手をかける。だが走り抜ける足元には、浮浪者が何人も筐体へ体を預け眠り込んでいた。こんなところで撃てるわけがない。跳弾で誰かに弾が当たる恐れがある。
奴は、ミラが追いかけていたという浮遊鉱石を盗んだ男か? それとも別のレジスタンスか?
「止まれ!」
できる限り低く、強く叫ぶ。男が振り返った。
観念したか、いやそんなはずはない。コンマ数秒の期待を脳内から振り払う。
振り返った男は銃をこちらに向けていた。さきほどゾンビゲームの筐体を紙切れのごとく吹き飛ばした、浮遊鉱石の銃だ。シューティングゲームの模造銃よりもさらにあべこべなデザインだが、どんなに形が変わっても引き金だけはどこにあるか一瞬で分かる。いままさにそれが絞られようとしていた。
だが一連の動作で足を止めたおかげで、俺は男に手が届くまでの距離に詰められた。
銃を持っても動きは素人のそれだ。こうなれば懐に入ったも同然だった。
引き金の間に指を滑り込ませる。そのままひねって銃を奪い取った。男が痛みに呻く間に俺は銃を捨ててハンズフリーになる。左フックに反応して男が後退した。その半歩に合わせてこちらも踏み込む。とっさのガードのためにあげた手を掴んで背後に回し、ひねり上げた。
「いだいいだいいだい」
冗談のように濁音付きの「いたい」を連呼する男の足を引っ掛けて、そのままうつ伏せに倒した。もしも俺が警察で手錠を持っていたならば、背中で両手にかけて、そのまま現行犯逮捕の時刻読み上げをしているところだ。
「ロクスさん、大丈夫ですか!」
なぜか、筐体の横からミラが飛び出して来た。
「来るなといっただろうが!」
そう叫ぶのもつかの間、ミラが走り寄ってくるちょうど足元に、俺が転がした模造銃があった。足が引っかかってミラが転ぶ。というか、こちらにほとんどノンブレーキで倒れ込んでくる。このままだと顔面から倒れてミラの鼻の骨か歯が折れる。
俺は襲撃者を拘束していた手を離して、ミラの着地先に飛びだした。秒を待たずに全力で突っ込んできたミラの肩を両手で掴んで、二人共々地面に倒れる。
「ごっ」
後頭部をしたたか打ち付けた。我が友ニット帽のなけなしのクッションを差し引いても、痛い。
「す、すみません」
わかっているなら早くどけ。
俺はミラを強引に押しのけて上半身を起こす。襲撃者の姿はすでになく、従業員口のドアがバタンと閉まりきるところだった。地面を見渡すと、さっきミラが足を引っ掛けた銃もない。拾われたらしい。立ち上がって男が消えた従業員口のドアをくぐる。
バックヤードに出てみると、男の姿を完全に見失った。だが足音は壁に反響し続けている。駐車場に出るつもりらしい。
筐体のある派手な客側に対して、バックヤードは無機質な白の壁が目立つ。まっすぐに続く道を走り抜けて、非常口から駐車場に出た。
ジェットの噴射音が壁を反響して、ごうんだか、きいぃんだか、耳障りな音が壁に反響して増幅していた。俺は上着を手で払って、背中のジーンズから二丁目の拳銃を取り出す。撃鉄をスライドした。
その時、曲がり角からホバーがカットして来た。片方のボディだけ傷がひどく、ヘッドライトも片方だけ潰れていた。
銃を構える。遠くに見える車体が一瞬のうちに眼前に瞬間移動してくるような錯覚を受けた。実際にはコーナーを切って時速二百キロで俺の正面に走って来ているだけだ。
引き金を引く。ホバーカーのナンバープレートに弾丸がのめり込んだ。
「危ない!」
同時に、喉がかすれるほどの大音声とともに横から誰かにどつかれた。
強烈なタックルに俺は横まっすぐに倒れ込む。刹那、俺が数秒前まで立っていた場所にホバーカーが通り過ぎていく。ドップラーでジェットの音が瞬時にピッチを下げ、一瞬で遠鳴りになり、聞こえなくなった。
「いてぇ」
先ほど後頭部を打ち付けたばかりだというのに、今度はラグビー選手顔負けのタックルを横からくらって、俺は受け身のために出した手のひらを地面にこすり付ける羽目になった。アスファルトをこすった特有のキリキリとした痛さが襲ってくる。血も少し出ていた。
俺にタックルした阿呆は、言わずもがなミラだ。奴は俺にかぶさるように倒れたものだから、クッションになって全く無傷なように見える。俺が上半身だけ起こして座り込むと、ミラも腰が抜けたかのようにへたり込んだ。
「ホバーカーの正面に立つなんて、どうかしています。自殺行為です。銃を向けたところでフロントガラスは弾丸一発じゃ砕けません」
眉をへの字にして非難して来た。まさか。責め立てたいのはこっちの方だ。
「俺が轢かれたいがためにホバーカーの正面に立ったと思うのか! しかも、ついてくるなと言ったのにお前のせいで襲撃者を取り逃がした! 俺の指示に従えと言っただろうが! 二回も邪魔しやがって!」
想像していたよりも強い叫びが放たれていた。そんなつもりは微塵もなかったのだが結果として怒鳴りつけられることになったミラは、びくりと肩を震わせて小さくなる。
「すみません、つい……」
そのあとの言葉は小声すぎて聞こえなかった。おそらく、特に二回目は本当に轢かれるかと、とかなんとか言っていたと思う。
「まったく」
警察官ともあろう人間が、まさか床に転がった銃につまづいて転ぶとは。しかも、ついてくるなと言ったのに勝手についてきて場をかき乱す始末だ。しかも本人に悪意は全くないらしい。ここまで見事に動きを乱されると怒る気力もだんだんと失せてくる。
「お前、ホバーカーの運転以外はポンコツだな」俺は立ち上がって、へたり込んでいるミラに手を差し出した。
「よく言われます」ミラは苦笑して、俺の手を取り立ち上がる。
「今の襲撃者、私が旧芝地区で追った浮遊鉱石の窃盗犯です。ホバーカーの傷も私たちが追っていた時についたものです」
ミラは唇をかんだ。
「こんなに近くにいたのなら、ホバーカーを手に入れられたかもしれないのに」
その機会をみすみす潰したのは他ならぬミラなのだが、過ぎ去ってしまったことをとやかくいうのは俺の趣味ではない。
「動きは素人のようだった。おそらくマフィアではなくレジスタンスの一因かもしれん」
とりあえず、今はヤニが吸いたい。俺は足元の車止めの縁石に座った。
思い出したかのように打ち付けた後頭部が鈍く痛み始めていた。




