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マニュアスの持つ情報を得ないことには俺の隠れ家にいる警官二人をいつまでも追い出すことができなくなる。さてどう金策を練ってやるべきかと頭痛がするほど考えながら室内に戻ってみると、妙に明るい笑顔のマニュアスが開口一番に言った。
「一つ条件を飲んでくれれば情報を前売りしてあげてもいいよ」
「は?」
控えめに言っても青天の霹靂だ。あの換金屋が情報の前売りだと?
「どういう風の吹き回しだ」
「まぁ、君と僕の仲だ。君が金策で何週間も駆けずり回っている間に、楽しそうな状況から置いてきぼりを喰らうのは、換金屋としては面白くないしね」
なにを企んでいる、何か裏でもあるのか。俺はマニュアスを睨みつけてやったが、もちろん眼光を鋭くするくらいで奴の真意が読めればこんな苦労などしていない。
このやりとりも、ともすれば時間の無駄なので俺は早々に視線を外した。
「で、条件というのは」
「なにね。ことが落ち着いたら二つ三つ、僕の使い走りをして欲しいのさ。もちろんタダでね」
何かえげつないことでもさせられるのだろうか。こう見えて野暮な男ではないから、人殺しなどという目に見えて外道な所業は押し付けられないだろうが。
「お前にしては破格の待遇だな」
「そうね。もらうものはもらっているし」
「なんだと?」
「いいやこっちの話。で? どうする?」
ロクスは急かすように俺に聞いてきた。怪しいことこの上ないが背に腹は代えられない。
「わかった。やろう」
「交渉成立!」
ため息を一つついたら、側にいたミラがびくりと肩を震わせた。先ほどから一言も言葉を発しないからおかしいとは思っていたが、そんなに驚かれるようなため息をついただろうか。
「なんだ?」
「いえ、なんでもありません」
「はい、注目!」
マニュアスが旧式のタブレット片手に、ダンスゲームのブースから軽やかに降りてきた。いや、あれはタブレットではなくノートパソコンか。今時珍しい。
「浮遊鉱石、ハンドガン、新生武器……とくれば、下町で怪しい動きをしているのはまあ十中八九レジスタンスの連中だね」
レジスタンス、つまりはフェライトコア社がいることで山ノ手での居場所を失った、反フェライトコアの集まりだ。
「だが、彼らがいくら集まったところでせいぜいが山ノ手エリアの境界線で細々としたデモを行うくらいだ。もちろん、物騒なことを考える輩もいるだろうが、1970年代の学生運動の域を出ないぞ」
「確かに、彼らに今回の特殊な銃をつくったり、テロに近い行いをするのは難しいと思います」
警察という職業柄ゆえか、レジスタンスの存在はミラも知っていたようだ。
「それはそうだろうね。ではこれをご覧あれ」
ノートパソコンのディスプレイに一人の男が映し出された。どうやら何かの取引の最中を隠し撮りした画像で、解像度は良くないが顔を判別できる程度の明瞭さはある。
なるほど、そいういうことか。
「無国籍マフィアが絡んでるのか」
「無国籍マフィア?」ミラがメガネ越しの目を不安そうに光らせながら聞く。
「文字通り構成員が国籍も人種もバラバラな、無法者のよりあいさ。なんでもメンバーになる条件の筆頭は『ルーツがないこと』らしい。まぁ、ボスは文字通りあらゆる国の血が混ざった男らしくてねぇ。自身の出生のルーツも辿れず常に半狂乱という噂だよ」
マニュアスは『面白い』と『迷惑』を足して二で割ったような表情で肩をすくめた。
無国籍マフィアはここ数年で、旧足立区あたりを拠点にして勢力を拡大している組織だ。もとから下町で細々と暮らしている地元住民や、マニュアスのように古くから下町にいる古参からすれば、彼らも等しく異邦人でしかないのだろう。
かくいうマニュアスも日本人ではないが、それはこの下町では今更のことだ。
「そんな『無国籍マフィア』の幹部、カイ=オーレン。最近彼が下町のレジスタンスとつるんで色々とやっているらしい」
写真の男は雰囲気としては日本人のように見えるが、所々の切れ目や鼻の高さが欧米人を思わせる。無国籍マフィアの幹部にふさわしいというべき国境を感じさせない顔立ちだ。スーツを着崩して、非合法組織の幹部というより場末のホストの元締めのように見えてくる。
「オーレンたち無国籍マフィアとレジスタンスの何名が、夜な夜な怪しい密談をしているという情報が入っているね」
それはもはや密談ではないのではなかろうか。
「つまり、資金も技術力も持ち合わせていないレジスタンスに無国籍マフィアがそれらを提供しているということでしょうか?」
ミラがノートパソコンのディスプレイに顔を近づける。
「レジスタンスが無国籍マフィアの援助を受けて、未知の武器を開発している? それ、相当まずくないか。戦争でもおっ始めようってのか」
「抗争が本分でしょ、彼らは」
マニュアスはノートパソコンをミラに預けた。何をするかと思えばダンスゲームのブースの何台か横にあるシューティングゲームに百円硬貨を投入する。起動したゲームはゾンビを撃破するシューティングのようだった。
「製造している武器の情報はあるのか? ハンドガンタイプで、一発打っただけでホバーカーを軽く吹っ飛ばす力を持っている」
「未知の新兵器かもしれません」初めて触るらしいノートパソコンのキーボードに四苦八苦しながらミラが言う。だが彼女の言葉にマニュアスはゾンビを撃ち殺しながら背中で「はは」と笑った。
「別に、銃の構造自体は未知でもなんでもないでしょ」
「どういうことだ?」
「君たちだってさっき自分で言っていたじゃない。浮遊鉱石、ハンドガン、新兵器って」
「赤く光る銃口……」ハッとしてミラ目を丸くした。
「まさか、ホバーカーの浮力の源である『浮遊鉱石』を弾丸にしているのですか!」
「それ以外にないでしょう、よ!」掛け声とともに、死体の癖にひときわ屈強そうな身体をしたゾンビの頭が吹き飛んだ。
「ミラ、どういうことだ?」
俺は、一足先に何かを察したらしいミラへ視線を向ける。
「ロクスさんは、ホバーカーが浮く原理はご存知ですよね?」
「あ、ああ。そりゃ……。確か浮遊鉱石ってのは何もしなければ石自体が浮くだけだが、ごく微量の電気を通すだけで触れた周囲の重力を奪うんだろう。電磁石のように。それを利用して車体を浮かせている」
「そうです。周囲をも巻き込んで、触れたものを無重力化します。では、浮遊鉱石を削った弾丸と、それを撃ち込むために電気で動く銃を作ったとします。それを撃ったらどうなるでしょう?」
「そりゃ、被弾した対象が無重力になるってだけだろう」
浮遊鉱石の銃弾が缶蹴りの缶に被弾すれば缶が浮くだけだろうし、人に当たれば人が浮かぶというだけの話だ。
「銃を扱うくせに鈍いなぁ、ロクスは。普通の銃だって、着弾する瞬間にものすごいインパクトが起こってるんだよ?」
おい、待て。それって、まさか。
俺の表情を見たミラが強く頷く。
「そうです。弾丸としてだけでも殺傷能力が高いのに、着弾する瞬間に被弾した対象は無重力になります。同時に、排出された弾丸の速度分のインパクトを受けることになります。着弾さえしてしまえばどんな重い物でも、おそらく紙切れのように吹き飛ぶでしょう」
「人間が吹き飛ばされでもしたら、全身の骨がバキバキに複雑骨折するよ。従来の拳銃とは比べ物にならないほどの殺傷兵器の完成だ」
「これが、フィーファイのホバーカーを吹き飛ばした銃の正体……まさか、ホバーの動力だけしか使い道がなかった鉱石に、こんな使い方があるなんて」
ミラは驚きを通り越して恐れをなしていた。
だが、今回ばかりは決して大げさな話ではない。状況は思った以上に深刻だ。なんてものに首を突っ込んでしまったんだ。いや、だがこればっかりは向こうが勝手に空から堕ちて来ただけに避けようがなかった。やはり今日は厄日なのだ。
だがそんな状況でも、間の抜けた電子音とともにゾンビを撃退するマニュアスだけは、深刻さのかけらもない飄々とした表情でこちらを向く。
「無国籍マフィアも恐ろしいヤンチャをするものだよねぇ。浮遊鉱石を武器に転用する技術なんてものが山ノ手に広まってみなよ、混乱は必至さ。この技術でフェライトコアを陰から強請るのもよし。表立って山ノ手エリアの征服に乗り出すもよし。実働部隊は援助を受けていざ活動に現実味が帯びできたレジスタンスにやらせればいい。抗争の名の下にね」
ミラが追いかけたという、旧芝地区の浮遊鉱石生産工場の盗みもこれで理由がはっきりとした。浮遊鉱石を盗んだのは弾丸の素材にするためだったというわけか。
「レジスタンスは本来、下町の住民たちの集まりでしかなく、暴動を起こすような力は無いとされて来ました。なので警戒レベルは低かったはずなのですが」
「ふーん。その警戒レベルってのは、山ノ手のお役人が決めたやつ?」マニュアスが意味深に笑う。
「ちょっと待て、下町にもシマがある。無国籍マフィア以外にも、マッドスクリーム、浅草には菅竹会もいる。彼らが黙っているはずがない」
「だけど、現に銃の情報がここまで出回っているんだ。ということは、すでに量産が始まっていてもおかしくないね」
「どうやって他の連中にバレずに銃を製造して保管するっていうんだ」
「そんなの、銃がたくさんあってもバレない場所じゃない?」
マニュアスが首を傾げながらこちらを向いた。その手には、先ほどから哀れなゾンビを蹴散らし続けている模造銃を持っている。
模造銃。つまり、偽物とはいえ、形はまるっきり銃だ。
俺の悪い予感を裏打ちするかのように、ミラが呟いた。
「まさか、銃の保管場所って」
気づけば俺とミラ、そしてマニュアスの視線までもゾンビゲームの液晶に集中していた。
全体的に黒っぽい液晶画面に、三人と、そして見慣れない人影がもう一人映り込んでいる。
ゾンビか? いや、違う━━。
「ふせろ!」
ほとんどダイブするようにミラとマニュアスを張り倒した。同時に頭上でどがぁん、と轟音。
ゾンビゲームの筐体が紙のごとく吹き飛んだ。




