〝ABANDONED CASTLE〟下
スケルトンは殴打が一番の弱点。吹き飛ばし系のスキルなどを使ってもダメージが入る。
アーヤは矢の消耗を極力避けるために棒(弦を取った弓)を片手に殴ったり蹴ったりしている。
「……脆い。経験値が取れるのは多い気がするけど、全体的にみると……少ない?」
「そうだね。レベリングには向かないね」
「先に行きましょう。経験値もドロップも悪いので」
召喚されたものを倒しても経験値は獲得できない。だが、稀に素材もしくは装備品が落ちることはある。
けれど、どちらも渋いため目的のダンジョンに進むことにした。
◇
アーヤはメニューの『クエスト』を開き未完了な物を表示させる。この画面に表示されるのはクエスト――ギルドでの依頼やインフォメーションとログで伝えられるイベント。
そして『不死の城遺跡』というクエストに目を止めて、そこを指で触れる。感触はないが、システムがクリックした、と認識したため詳細が表示される。
インフォメーションの通知を一部offにしていたためそれがいつに出たのかはわからない。だが、予想はできる。
神殿長との会話で見せられたこのダンジョンの最奥で待ち構えていると言われるハーゲンティのステータス。それが原因でこんなクエストが出たのだと考えた。
何が起点となったのかはそこまで重要なことではない。このゲームで地人が出す依頼もしくはクエストは一度限り。報酬もそれは同じ。
重複で依頼を受けることはできるが、報酬を得られるかは完遂した中でひとりのみ。
そんなことよりも、アーヤは灰色となっている『不死の城遺跡』のランクが『W』だという方が疑問だ。
『W』と言うのはどんな意味が含んでいるのか。そして、最初は明るかったはずなのに全体的に暗くなっているのかわからない。
「ああ、それ、ワールドのWだよ」
睨めっこを続けること数分で答えに辿り着くことができた。ベータ経験者であるリリーに聞いたりすれば直ぐ答えなんか得られた。
「まあ、それだけだと規模なのか、重要度なのかはわからないけどね」
『W』ランクのクエストは規模――即ち世界中で行われる場合と重要度――即ちストーリーの分岐点がある。
例を挙げるとすると、前者は爆発的に増えたモンスターの討伐。後者は防衛戦。そして百年前の大戦はその二つの意味で『W』ランクである。
「でも、規模ってことはないんじゃない?」
このダンジョンの最奥に行くだけで世界規模の何かが起こるのか。
「ちちち」リリーは人差し指を揺らしながら口角を上げる。「何なにが起こるかわからないのが、一番なんだよ。もしもが面白いんだよ」
このゲームは未来が確定していない。使徒はもちろんのこと、地人の行動ひとつひとつによってこれからの出来事が変化する。
「じゃあ、世界規模のことが起こるとしたら何があるの?」
もしも、もしもこの最奥で世界規模の何かが起こるとしたら何が起きるのか。考えても明確な答えが思いつかないし、短い休憩時間では辿り着くまでに何かしらのことが得られる訳がない。
そのため、今度はリリーに尋ねることにした。
「んー……んー? 伝説の武器が手に入るとか? 神器があるって可能性は無くはないよ」
「神器って確か……」
OSと並びこのゲームでキーとなる装具。
「うん、アーヤの考えてる通り16個しかない最高位のユニークアイテムのことだよ」
ユニークアイテムはただひとつただひとりしか手にすることのできない物。こういうゲームではそう言った特別な物がないのがほとんどではあったが、最近のゲームでは特別で特殊なたったひとつしかない物が実装されている物が多い。
◇
このダンジョンの推奨LVは30。LV30のプレイヤーが20人ほど――3パーティーで行うのが費用対効果を考慮した面で一番いい。
LVが30なのはボスとMOBのLVがそのくらいないとならない。
そして20なのはMOBのLVは比較的低く設定されているが、その分数が多い。LVが高いだけでは手数の問題でダメージが蓄積していき何れはHPが底を着く。
「オスさんがマッピングをしてくれたので、最深部まで一直線に行きます」
リリーは表面部しか狩りを行っていなかったため、この内部への侵入より先は以前オスが彷徨っていた時の情報を基に進む。記憶に頼るしかないのだが、ダンジョンなどの地図はよく売買されていたため、ベータ版の時のも有効活用して進むことにした。
第一層、そこは表面部と同じようなモンスターが出現する。
LVは若干だが、低い。そして経験値量はその分少ない。と言うのもほとんどが召喚された経験値がないモンスターであるため。
第一層も通過が決まった。ドロップも経験値も渋いここに居続けることのメリットはない。第2層、第3層、第4層と同じように通過をしていった。
特に何も目当てのないまま先を進んでいく。
第五層、ベータ版では最終階層であったはずのここは下へと続く道があった。
「まあ、そうだよな」
誰にも管理されていない自然なダンジョンであれば変更はなかっただろう。だが、ここは少なからずダンジョンマスターが百年前までにはいた。その時に難易度を上げるために深くした、と考えればいい。
それに襲われたと神殿長が言っていた。防衛のために内部構造を変えるのは当たり前のこと。
第6層。
そこは今までとは違い出現するモンスターの種類とそのAILVがガラリと変わった。モンスターが4~6の徒党を組みそのどれもが『連携』のスキルを有している。そしてその徒党達は〈七星剣〉よりも圧倒的に練度が高い。
「やられた! なんでこんな策で来るの!?」
集団との戦闘を避けながら進んでいたが、行き止まりに行き着いてしまった。後ろにはモンスターの群れがおりそれ以外の方向には壁。壁は破壊不能オブジェクトではないが、耐久値が異常に高く伝説級の武器でない限り傷をつけることすらできない。
「支配者の知能が高いんでしょう。だから、こんなにも……」
地人と同じ思考能力、知性が与えられているとすれば、こんなことが起きるのは必然と言える。
「どうする?」
前は百はくだらないモンスターの集団、それ以外は傷つけることすら困難な壁が立ちはだかる。先に進むにはモンスターを倒し抜けるしかない。
「制限があるOSは使わず消耗品は……なるべく使わないように……で行けますか?」
シグマの言葉に各々が頷き、前へ進む。各々得物を手に取り、亡者へと矛を向ける。
「〈ホーリー・レイ〉!」
オスが唱えた光属性と神聖属性を併せ持った光の柱が闇に消え去るのと同時に駆け出す。ただ生き残るだけではいけない。目の前のモンスターを蹴散らすだけなら簡単だ。
深く息を吐き、そして――、
◇
戦闘を初めてから1時間少しが経とうした頃、アーヤは弓に弦を張り直し一点を見詰める。
「……見つけた」
アーヤは戦闘が始まる前からずっとモンスター達を観察していた。索敵スキルをフル稼働させて探索に力を注いだ。
その結果、ようやくホンモノを見つけることに成功した。
初撃で倒したモンスターは囮でしかなかった。その次も、そのまた次も……当たりを付けて攻撃したどれもがハズレだった。
「? アーヤなにを?!」
「この集団を操っているものを」
これも違う可能性はある。知っているものを見つけるのなら確信は得られるのだが、違う。今回ばかりは集団の中からいるのかすらわからないものを探しているのだから。
「それって……」リリーの声にシグマが続く。「支配者ではなく、ここにいる者が……?」
リリーはハッと顔を上げた。
「シグマ、そっちの方がいい。雑魚量産よりも、知性あるものを量産した方が」
その言葉にシグマが「――ッ! なるほど」と理解の声を上げる。
その方が運用する側として理にかなっている。雑魚を操るよりも知性者を操り、その知性者に雑魚もしくはさらに知性者を操らせる。その方が数が何倍にも膨れ上がる。
リリーは拳を突き出し「アーヤ、やっちゃって――」とアーヤに声援を送る。
アーヤは「了解」と短く答えた後、前に進むのではなく後ろへ下がる。
後ろへ下がったと思えば、背後の壁を蹴り全速力で走り出す。まさかそのまや突っ込んでいくのかと思ったが、アーヤは側面を走り出す。職業盗賊で手に入ることのできる『壁面走行』のスキルを使い壁を足場にする。
段々と上へと駆け上がりながら矢筒から矢を取り出し番える。
「〈スパイラル・ショット〉」
アーヤが修得したアーツの中で攻撃力が高くそれでいて発動までの時間が短い、最も使い易い射撃。凄い速度で回転するこのアーツは貫通を秘めている。
手を離れた羽が弓を一瞬で触れ、そして黄ばみが目立つローブに身を包んだ不死族の頭部に突き刺さった。少ない肉、そして呪いに染まった骨を破壊するには威力が足りなかった。
よくいるMOBならばこれで終わるはずなのだが、それでは終わらなかった。この群れを率いる不死族は防御系のスキルか不屈などのスキルを持っているのだろう。
部位破壊によるHP減少など歯牙にかけず怨念の炎を燃やし魔法を組み立てる。
「ヴォヴォヴォ――」
人には理解できない――いやそもそも言葉として確立しているのかすらわからない――音を発すると手の平サイズの炎〈ファイア・ボール〉が生まれた。
魔法攻撃が来る、アーヤがそう思った瞬間火球が目の前まで迫っていた。
火球の熱波がアーヤを襲いHPを減らすほどのダメージとなりそうになった時、その火球は忽然と消えた。
「お姉様、大丈夫ですか!?」
「ありがと、助かった」
カミィがアーヤのことを守った。彼女が持つOSをもってすれば死に際に放った脆弱な魔法など容易に霧散させることができる。
「あ、いえ、お姉様が無事ならそれで良いですっ」
アーヤの笑顔を前にハニカムずにはいられなかった。これがラブコメ物ならば関係が発展しそうだが、ここは仮想世界。それも戦闘中。ラブコメ展開が起こるような状況ではない。
「『劣爆起』」
その声が鼓膜を震わすと同時にボンッと爆発が引き起こった。事前に矢に仕込んで置いたスキルを起動させた。耐久値を0にするのと引き換えに大爆発を起こす『劣爆起』。
「「「「「「……」」」」」」
魔法は設置型の物ではない場合、倒されるとその効力は消える。つまり、助ける必要はなかったことになる。
((((((これがさすアヤ))))))
◇
そこは場違いな形をしたあまりにも豪華な作りの扉があった。
扉に手を触れると簡単に動き赤子でもこの扉を開けることができそうなくらい軽くそして動きが滑らかである。
「ボス部屋に着いた……」
嬉しく思いつつも、この先の勝敗でこれからの道が変わる。
「皆さん、HPMP自然回復次第行きましょう」
このダンジョン最後の休憩を済ませる。それが終わればボス部屋に突入。勝つか負けるかそれだけ。
敗北すればこのダンジョン――いや、この周辺でのLVの限界となる。そうすれば、皆で他所の街へ。
勝利すれば、数度繰り返して強アイテムが落ちるのと、それぞれラストアタックを決めて称号を獲得する。
それからは――いや、その後はここをクリアしてからだ。
HPMPSPを全開にさせ、直ぐに使うアイテムをポーチに入れる。武具の耐久値は全て最大になっている。
あとはこの煌びやかな扉を潜り、最奥で待ち受けているだろうハーゲンティを倒すのみ。
「それじゃあ、配信を開始するよ」
シグマがそう言うとそれぞれの視界の端にRECとアイコンが表示される。
《Wクエスト『不死の城遺跡』が再開します》
それと同時に『OSG』の壮大な物語の序章が始まる。