〝NEW EQUIPMENT〟下
今日は六日に一度の日。
お休みの日。
市場の日。
そう、今日は陰の日。
商売人や衛兵は休まず汗を流して働く日。
けれど、それ以外は違う。今日はお休みの日なのだから。今日ばかりは休んでいても怒られることはない。
嗚呼、素晴らしき日。
安寧の日を、安息の日を、休息の日を、共に過ごそう。
――しかし、休んでばかりではいられない。
人々が休もうともそれはヒトが決めた日。
壁の向こうでは今か今かと魔神の係累達がヒトを害することに腐心している。
◇
右手は魔法が付与された剣――魔剣を握り締め、左の人差し指から魔法を発動させる。
「……足りない」
HPが全損したことにより光の結晶へと姿形を変えてアイテムが地面に遺して消える。通常よりも倍ほどの経験値を持つフロアボスを倒したことによりひとつLVが上がった。
「足りない」
フロアボスはその階層内にいるボスモンスター。倒されてもどこかで自動再召喚する。それを倒し続けているが、欲しい物は今の所まだ落ちていない。
地面に落ち汚れたアイテムを布袋に入れて近くにいるモンスターを倒しながら進んで行く。
「もっと、強く、強くならないと」
広範囲攻撃アーツを発動させて建物ごと集まってきたモンスターを消し去る。MPが尽きると回復アイテムは使用せず『自動MP回復』に任せて剣を片手に一体ずつ塵に変える。
「――〈回帰〉」
スキルを発動させてHPMPを全快にする。スキルには使用回数制限の能動型と補正値は能動型よりも低いが常に発動される常時型の2種類がある。
「――〈リターン・アンデッド〉!」
広範囲浄化魔法を発動して不死族を消す。対不死族魔法である浄化魔法ならばHPの高い不死族でも一撃で倒すことができる。
「――〈ディスペル〉」
短距離単体浄化魔法は短い距離で狭い範囲なため威力は高い。有効時間は三秒、その間魔法は発動状態のため一体を消したあと直ぐさま近くにいるモンスターを触れる。
「――〈スラッシュ〉」
どれくらい狩りを行っただろうか。途中MOBとは思えない行動した不死族がいたりしたが何も問題なく等しく浄化した。
「……何故か、知らないドロップアイテムが……」
落ちた物を片っ端から布袋に入れていたため、詳細は気にはしていなかった。だが、識別系スキルを発動させるとここでは落ちていいような物ではなかった。
念の為に『メニュー』から『成績』を表示させて討伐種類とその数を視る。
「おかしなMOBかとは思ったけど、プレイヤーだったとは……これからは気をつけよう」
PKは禁止されていない。1度フィールドに出れば殺されてしまう。それは当然のことだ。
とは言え無差別に殺人を行ってはならない。それはその国の法律で決まっているから。このゲーム内の国法で捕まり刑を科せられると最悪データを抹消されることがある。
だが今回は相手がモンスター系のプレイヤーだったし、ここが国法の効力が及ぶ場所ではないためそこまで大きい問題にはならない。
どこかの掲示板でキルされたことを載っけたりするのが関の山。運営に通報しようとも何も対処されることはない。
「さて、そろそろ絢音の愛情たっぷりステーキを食べに行きますか」
今日は肉の日。29日でも2月9日でもないのだが、今日は肉の日。
ただ、絢音が肉を食べたいと思い分厚い肉を焼いたり豚汁を作ったりと、とにかく肉づくしの日。
普段食事など簡単な物でいいと考え超簡易食べ物で済ますのだが、今回ばかりは自分から食べに行く。
何せ今日は絢音が嬉々として料理を行っているから。AIロボットによる自動調理ではなく、完全手作り。
◇
1枚に万札を支払うほどのお高いお肉をたらふく食べた之浬は缶コーラを片手に掲示板を見ながらチャットする。
「絢音ーー、なにしてるー?」
件名『インビトロ』と入力してから本文を書き始める。内容は序盤は夏っぽさを出しながら中盤は近況、そして終盤は――、
「片付け」
「今夜は何時から入る?」
「お湯貯めてないよ」
「いや、お風呂の話じゃないから。ゲーム、OSGのこと!」
画面に集中していたが、ついつい顔を上げてしまう。
誤入力部分を消しつつ、当たり障りのない文章かどうかを確かめていく。
「ああ、そっち……んー、明日?」
シャワーを浴び終わったあとはもう寝る時間。そして起床が翌日になるのは当然の真理。
「寝るのはゲーム内でしようよ。そっちの方が効率的だよ?」
「まあ、そうだけど……効率なんか目的にしてないから」
何て言いくるめようかと考えているとチャットに飯能があり「……お」と声を漏らす。「そっか、もうか」とブツブツ独り言を言いながら指を動かし、その手先が止まったあと顔を上げた。
「絢音、一先ずは装備を整えよう」
と言うことで装備を新調することに決めた。
求むのは対不死族の装備であり、対不死族の装備であり、と戦闘を行える武装でないといけない。
「今の装備のままだとMOBはどうにかなってもその奥で待ち構えるDUNGEONBOSSには勝てっこない」
ダンジョンの最奥に君臨するボスはフロアボスなんかと比べてその難度は凄まじく高い。特殊攻撃はもちろんのこと、パターンがない場合もあったりする。
「まあ、もしもの時は[神性剣][死乃公][強武化]のゴリ押しかな」
「そんな方法で攻略できるの?」
「まさか、ゴリ押しなんて攻略って呼ばないよ。ただ、クリアをするだけなんて」
クリアを目指して挑むつもりではあるが、最悪の場合犠牲を払ってでも倒す。経験値は倒したラストアタックを決めた者の総取りだし、ドロップアイテムは売却額を均等に割り振って欲しいアイテムがあった場合は相当の金額か話し合いかの取り決めである。
「んじゃあ、一緒にシャワーしてゲームしよう!」
文末に『Birth』と入力して送信。その後はシャットダウンをして立ち上がる。
「は?」
之浬のテンションやら思考に時々ついていけなくなる時がある。
「ぉ、おう……」
◇
日の出と共に人々の声が広がる。
朝の陽光を浴びながら物を売り、交渉をし、物を買う。ベータ版からあった6日に1度の陰の日に行われる賑やかなになる日。
「掘り出し物があればいいんだけどなぁ……」
「不死族に有効な物をでしょ? それと武器」
「分かってるよ? もちろん、わかっていますとも。でも、さ。でもだよ? 欲しい物があっ――」冷凍庫よりも冷たい冷徹な目とあってしまった。「なんでもないです!」
その目を視界に収めたくなくため目を強く瞑る。何も言われないことに訝しくなったリリーは恐る恐る瞼を開いていく。
視界の中にアーヤの姿はなく、周囲を見渡すとしゃがみこみゴザに置かれた物品を注視している姿を発見した。
「これはなんですか?」
金色の矢を見つけた。それだけは他の物とは一線を画し目を奪われるほどの言葉にできない造形美を、人の手では生み出せない魅力を秘めている。
「おぉ、お目が高い。これは魔力伝導率が高いミスリルと神の金属と揶揄される最硬のオリハルコン、その二つの合金で出来た一本の矢」
どうして消耗品である矢を作ろうとしたのか謎ではあるが、そこにある。そして販売されている。
「耐久性に優れているため、一度の冒険じゃあ――壊れない! 画期的な遠距離武器。どうです?」
木の矢、鉄の矢なんかとは性能が全く違う。耐久性はもちろんのこと、威力、射程何もかもが高い。
「一本だけじゃ……せめて十本なくちゃ……因みに値段は?」
一度放てば回収しないとならない。MOBならばスキル、アーツを組み合わせれば一撃で倒すことはできるが、ボスモンスターとなるとそう簡単にはいかない。
「加工するだけでもアイテムは多く使われますが……今回は材料費だけと言うことでこのくらいでは?」
「ふむふむ、なるほどー」
提示された値段はリーズナブルなんだろう。
と、そこでアーヤの襟首が後ろに引っ張られた。後ろを向くとそこにはリリーがいた。
「アーヤ、欲しい物がある時は識別系スキルを絶対に使ってね。詐称スキルで偽装している可能性もあるから。いいよね、おっちゃん」
「ええ、どうぞ。どうぞ」
戦闘中にはいつも使っていた識別系スキルとは違うスキルを発動させてその矢のテキストを視る。鬼が出るか蛇が出るかどうなのか。
――――――――――――――――――――――――
矢の形をした物体
やっばい、なにこれ笑
硬すぎないw
――――――――――――――――――――――――
「――って出てきた」
視た内容をそのまま伝えたが、リリーからは冷めた目で見られるが真実なのだから仕方ない。
「……冗談は寝て……うわ、嘘、ホントだ……ってことは本物かな? まあ、識別系のスキルはLVが低過ぎると意味が無いから……買うのはよそ」
リリーはエクストラスキル〈慧眼〉を使い真相を確かめようとしたが、アーヤの結果と変わらない物が出た。
「今回を逃すともう――」
「いや、そもそもお金足りないから」
リリーはバッサリと切り捨てる。
材料費だけと言ってはいるが、それでも高い。今の全財産を叩いても桁が5つも足りない。
リリーがそう言うと男は諦めた。
◇
市場での掘り出し物は特になかった。ありはしたが、お金が足りず買うには至らなかった物ばかり。
しかし悪いことばかりではない。
弓士ギルドマスターに渡された手紙で神殿長と面会したあと、手元にあった鉄の矢は名称を変えて不死族特効アイテムへとなった。
「矢を浄めてもらった」
「お、おう……」
「劣化聖なる矢で、一度きりの矢みたい」
1度使うと壊れてしまうが、弱い聖属性を纏っているためモンスター――その中でも不死族への特効武器となった。
「一度きりかぁー……となると、BOSS戦のみになっちゃうし24+24*20全てにする訳にはいかないよね……」
計504本の矢を劣化聖なる矢にすると504回攻撃しただけで終わる。一応無手格闘のスキルは持ってはいるが職業補正はないためBOSS戦では使い物にはならない。
「リリー、どうしたの?」
「なにか嫌な予感が……狙われているような気がしなくも……」
索敵系スキルをフル稼働させて不安な気持ちを払拭させるために一心不乱に辺りを見渡す。
猫耳猫尻尾を生やした半獣人が「お姉様~~~っ!」と声を上げながら全力疾走で駆けている。
「こ、この声は……」
どこからともなく聞こえてくる声にリリーは恐怖に似た感情を感じた。
「この声は絶対――」
声の主が誰なのかを言おうとした所、それを視界に捉えた。それと同時に向こうも発見した。互いに見つめ合う状況となった。
リリーはアーヤの手を取り逃げるが時すでに遅し。
「とぉぉおお~~!」
ショルダータックルを綺麗に決めた。
鳩尾に頭部が捻り込み「ぐはっ」と肺から空気が漏れた。
「離れろ! こんのマセガキ!」
ひっぺ返そうとするが、しっかりとロックした彼女を引き離すことは不可能。
「くっ、こうなれば――」
半獣人を離すことができないとくればやることはひとつしかない。
「な――っ」
アーヤに飛びつこうとしたが、不可視の壁に阻まれて抱き着くこと叶わなかった。
「まさか、セクシャルガード!?」
これはそういうゲームではないため、スキンシップを阻むことができる。ひとりひとり設定ができるため、有効にしている場合が多い。
「そのガキンチョが触れれてわたしが無理なんて……」
どうして親友であり、同じ釜の飯を食べ、一緒にシャワーを浴びて、ひとつのベッドで寝起きして、ひとつ屋根の下で暮らしているのに、そんな酷いことをするなんて思ってすらいなかった。
半獣人は鼻で笑い「ふふん、これが愛の力ですよ」と高らかに言う。
アーヤは彼女を跳ね除けることはせず、『メニュー』から『フレンド』を開いてリリーの設定を確認する。
「ああ、そう言えばリリーは拒否のままだった……けど、このままでいいよね」
「そんな、殺生な……」
わざわざ設定を弄る必然性が感じない。『メニュー』を消して半獣人の頭を優しく撫でる。
「カミィ小学生だし、ここは歳上の――」
「最近の〇学生はマセてるから歳下だからって甘くするのは世の中間違ってる」
歳下だろうが一人の人間。小学生だろうが何だろうが、一人の人間として扱うべきだ。
「あ、お姉様、召喚体を増やすために共に狩りに行きませんか?」
「だってさ、リリー」
「……あ、そういうこと! フフフ……森の中に埋めて来いってことね」
妖しく笑い親指を立てて頷く。しかし――と言うよりかはやはり、そんな意味は含まれても隠されてもおらず、リリーの思いはアーヤには理解されない。
「――え、いやいや。カミィと一緒に」
「えー、こんな人と行きたくないです。お姉様と二人で、二人だけで行きたいんです!」
カミィ――カミーリャはカミーリャでリリーと何かとやりたい訳がなく、視線はアーヤへと向く。
アーヤは歯切れが悪くなりながら「……ほら、私は……忙しい? から」と言い訳とも言えない言葉を紡ぐ。
「うん、まずなんで疑問符がつくの? ――は! まさか、男!?」
「え!? お姉様に変な虫が!? 即滅却しないと!」
こういう所だけは二人の意見は合う。
面倒臭くなりそうな予感をしたアーヤはさっさとログアウトを行い現実世界へと逃亡を果たす。
◇
〈七星剣〉。
その七人全員が揃った。
「僕が一番最後でしたか……」
始まりの地点が一番遠かった訳ではない。各々好きな場所から始めてここに来るように決めていた。この街から始めれば移動時間は掛からず直ぐに挑めれると思うかもしれないがそう簡単に話はいかない。
例えば機焰種は『機械の国』からしか始めれないし、純血の獣人は大陸の端か村以下の発展もしていない場所だけ。
で、彼――シグマの場合はと言うと……これまた、色々と複雑で道のりだけを考えればポルックスと同じくらいの時に到達するはずだった。
「『付与士』と『魔術士』を最初に組むのは間違いでしたね」
「それで皆さん、楽しそうで何よりですよ」
「来るのが遅かったから」
「カタカタ(こっちの方が不遇)」
オスは現在チャットではなく、『念話』のスキルで意思疎通を行っている。
「それはありえませんよ。馬から落ち、立ち寄った村で身ぐるみを剥がされ……デスペナがない日は珍しく……」
「身ぐるみって盗賊?」
「ええ、まあ、そうなりますね。副業が盗賊で食事に毒があってどうしようもなかったんですよ」
立ち寄った村で出された食事には毒が盛られていて識別系スキルが育っていなかったばかりに毒を見抜けず死亡した。
「NPCが人間らしいことを忘れて酷い目にあいました」
従来のゲームならばそういうことをしても問題にはならない。しかし、これはフルダイブ型。自分自身の体を動かすように遊ぶ物。
「――っと、雑談はこれくらいにして、ダンジョン攻略の話をしましょう」
シグマが言ったその言葉に四人はやる気を見せ、二人はそれを遠い目をして眺める。
「一番ディッパー、目からビームします――」
機械仕掛けの右手を上げて目部分の光条武装を起動させる。
ネタスキルが悪い訳ではないが、最初からネタに走る者は……キャラの作り方を間違えているのかもしれない。RPGだからと言っても限度と言う物はある、のだから……
☆
名前:アーヤ LV:36
種族:人間 職業:上級弓士/盗賊/見習い商人
名前:リリー LV:30
種族:半天使 職業:魔法剣士/上級剣士/魔法士
名前:シグマ LV:24
種族:森人 職業:付与士/魔術士/冒険者
名前:ポルックス LV:32
種族:小巨人 職業:重戦士/戦士/盾術士
名前:オス LV:28
種族:不死族 職業:神官/杖術士
名前:ディッパー LV:30
種族:機焰種 職業:魔法士/格闘家/射手
名前:カミーリャ LV:23
種族:半獣人 職業:召喚士/武闘家