〝NEW EQUIPMENT〟上
アーヤは弓士ギルドに赴いていた。今日の戦闘――デスグリズリー戦では最後を頂くことはできたが、それ以外では役に立っていなかった。
「アンデッド特攻の何か強いアイテムか、スキルやらアーツがあればいいんだけどなぁ」
弓を替えたくとも今持つ以上の品は現状のステータスでは今使っている物が限界。そして矢は木の矢を主体に数本の鉄の矢を使っている。コストパフォーマンス的に木の矢が一番いい。だが、それでは攻撃力が足りな過ぎる。
「魔弓士に早くなりたいなぁ」
魔弓士。
それは魔法が込められた武器――その中でも弓を使う職業。
就くには弓士に就いており魔法の弓がなければ意味がならない。前者は当然の如く達成しているのだが、後者はしていない。
魔法の武器は高価であり、最下級の物にも手が出せない。
「『上級弓士』に転職」
《職業『弓士』を職業『上級弓士』に転職しました》
LVダウンが起きて最大スキル数が減ってしまうが、こればかりはしょうがない。
上級職は下級職よりも補正値は若干だが高くなりはするが、それ以外に変化はない。下級職の最大LVが10に対して上級職は20にはなるが、下級職のようにはいかないため転職は慎重に長期間を想定してならなければならない。
「うむ……流石としか言えないの。その技量ならば規定のモンスターを倒す事も容易なはず。これから死の遺跡に向かうのだったな」
「え? あー、はい。一応は……」
「ふむ……まあ、良かろう。今回も特別にLV10まで認定しよう」
《職業『上級弓士』のLVが10に上昇しました》
――なのだが、今回も比較的簡単にLVが上がってしまった。
「それとこれを神殿長ヴァルスに渡せ」
「? はあ、わかりました」
手紙を『収納』に入れる。10しかない大事な容量だが、失くしたら不味そうな物のため『収納』に入れた。
◇
〈七星剣〉のリーダーを務める男――シグマは馬車に揺られていた。
集合地点を目的のダンジョンに一番近い場所にしたのが仇となってしまった。が、それは悪いことばかりではなかった。
『調教師』の地人が御者をしており、牽くのは馬などではなくモンスター。牛と馬を掛け合わせたモンスターに亜竜の血を少なからず引く『ディスヒクー』と呼ばれる四足モンスター。
合計LVが40を超え、この平原に出現するモンスターも出没する野盗も襲おうとはしない。死ぬとわかっているのに襲い掛かるなんて正気の沙汰とは思えない。
地球での馬車より速度は速いがその分耐久値の減りが早く交換をしながら進まなくてはならない。『木工』の職業やスキルを持っていれば〈修理〉や〈リペア〉で耐久値を回復させることはできるのだが、誰もそれを持っていないため壊れる前に交換を行うことで凌いでいる。
「後どれくらいで着きますか?」
「そうですねぇ――」
馬車の揺れはあるが、不思議なことに風などの抵抗はない。無風の場所で椅子が揺れている、そんな状態。理由は御者の『行商人』が持つ『運搬』のスキルと〈コンフォート〉のアーツ、そして『ディスヒクー』の常時発動型スキルの影響による物。そのため、こんな爆走をしていても馬車だけが傷付くだけで他は何も心配はない。
「――っと、少し停ります」
御者がそう言うと手網を軽く引きゆっくりと速度が落ちて行き、停車をした。
「お願いします」
馬車に乗っていた乗客――ではなく、2人の護衛が前に出る。男は探索系魔法を発動させてその先にいるモンスターを知覚する。
「ゴブリンだ」
男の言葉を聞いて女は攻撃系魔法を発動させて――、
「そういや、アンタプレイヤーだったよな? それもLVの低い」
「え、ええ、まあ……そうですが?」
それがどうかしたのか。使徒に対して何か悪感情でも抱いているのか。何か起こるかもしれないと思い身構える。
「塵も積もればナントヤラと言うが、オレたちにとってゴブリンは低LVが狩る獲物だ。ラストアタックをするか?」
低ランクのモンスターを10年単位で狩っていれば現在のLVでもLVは上昇する。だが、新人の経験値となるモンスターを狩るようなことは普通はしない。
彼らのLVからすれば安全でもっと経験値のいい狩場があるからだ。そんな訳もあり、被害が出たり異常繁殖しない限り上位冒険者や総LVが30を超える者達は狩ったりはしない。
「……そうですね――」ラストアタックを決めればそのものに経験値が行く。絶命させた者のみが経験値を獲る。「お願いできますか?」
現状のLV状況、それと残り日数を考えると少しでも経験値を獲得しておきたいと思う。
「ああ、いいぜ。その代わりと言っちゃなんだが、小鬼の角が落ちたら貰うぞ」
「それ以外は要らない」
「小鬼の角、ですか……?」
ゴブリンから比較的低い確率で落ちるのは知ってはいる。しかし、それを使うとなると思いつくアイテムがない。知っている物はあるが、効能はもっと高い物が五万とある。
「ああ、調べればわかることだが、小鬼の角は探索系アイテムを作る上で必要な物だからな。最近出現数が増加していると言うし、何が起きるかわからんからな。準備は前々からやっておかないとな」
ゴブリン専用索敵アイテムの製作には『小鬼の角』がなくてはならない。最近、世界的に見てゴブリンの出現数が多くなって来ている。そのため、身を守るための備えとして準備をしておきたい。
シグマは女護衛が攻撃魔法で絶命寸前に追い込んだゴブリンを短剣で首を掻き切って殺して回る。手に持つ杖は魔法の補助的な面が大きくそれで撲殺するようなことはない。短剣の方が攻撃力が高いため、そちらを使う。
「『付与』か……あんましいないんだよな」
「そうなんですか?」
ベータ版の時は10パーティーあれば1パーティーには『付与士』がいた。補助しかできないが、アイテムでは補うことのできないことが多くあるためレイドには必ず一人はいないと攻略が難しい。
「ああ、不遇職というか……地味だしな。付与するのなら強化系アイテムを使えばいいって思っているのがほとんどだし」
プレイヤー達は効率やら何やらで為になる役割につく。が、この世界の住人たる地人達は効率重視とかではなく、自分の家族の暮らしのために働いている。
死なないよう自身を強化し、より金額の高いモンスターを安全に倒すために腐心する。
そんな訳でこの100年の間、攻略は少ししか進まず内政に力を注いでいた。
死しても終わらず経験値と金銭の減少、所持アイテムの喪失、一時的ステータス半減の代償だけで蘇生できる使徒がこの世に現れたことで発展するのは目に見えている。
◇
リリーは森を疾走していた。
アーヤのステータスであれば追従することは可能だろうが、森を走るのは難しいため追うことはできない。
そのため彼女はひとりで向かっていた。
今度その土地を皆で踏み締めることになる死の遺跡へ。
「懐かしいとすら思えない」
ベータ版では人々――生者の笑い声で溢れ返ったいたが、今ではその影は少しもない。死者の彷徨える死が呻き声を挙げるだけ。
彼女がここに来た目的は主に二つ。ひとつはこのダンジョンの調査。そしてもうひとつがレベリング兼ドロップアイテム狙い。
アンデッドからアンデッド特攻のアイテムが落ちることはないが、その素材になるアイテムはある。それを狙うのもひとつの目的。
けれど、最大はやはり――、
「見つけた」
他のモンスターと見た目に変化はない。だが、明らかに地位が違う。いわゆるフロアボスと呼ばれるものを探していた。
MOBを侍らす特定の場所もしくは特定の周期で行動するモンスターをようやく発見した。
鞘から剣を抜いてふぅと息を吐いて姿勢を低くする。そして、弓で矢を射るように後ろに向かっていた力が一気に前へと移る。1本の矢の如く飛び出したリリーは剣先をフロアボスの首に定める。
「――〈スラスト〉!」
アーツの力を借りて知覚不可能な速度でその首に剣を突き立てる。そのまま激突してしまったため、HPが削られたがそれはフロアボスも同じ。共に致命傷の状態で相対する。
「倒し切れないか」
ポーチから小瓶を取り出しそれを呷る。それは浄められた水――聖水と呼ばれる物。
モンスターから受ける状態異常を効きにくくしたり、アンデッドを消滅させる効能などを秘めた対モンスター用アイテム。
リリーは接触時に流れ込んできた負のオーラが消えたのを確認した後、倒壊した建物から出て来るフロアボスを睨みつける。
「――――!」
奇怪な音を発すると地面より骨が出て来る。
「面倒いな」
『召集』は『召喚』とは違い素材がなければ使役をすることができない。そして使役したモンスターのLVは素体の状態とその基となったLVによって変動する。
百年もの長い間放置された人の素材から作られたスケルトン達は剣風だけで崩れていく。
◇
駆動音が聴こえる。
剣と魔法の世界で聞こえていいような音ではない。それなのに聞こえてくるのは何故なのか。幻聴の類いだとしてもそんな音を聞くほどその音に飢えてはいない。
「――機焰種」その音の発信源は機焰種と呼ばれる――簡単に言うとロボだ。人型ロボ。「最も育てるのが面倒って呼ばれる種族だよ……」
「へー」
子供達が目を輝かせ、少ない使徒達がその姿形に興奮を隠せていない。
「あ、わかってないね。最終的な能力的は他のどんな種族よりも可能性はあるんだよ。可能性は。大事だから3回言うけど、可能性だけはある。でも――いや、だからこそ! だからこそ、面倒なんだよ……」
機焰種は装備にお金を掛かり過ぎる。他の種族であれば装備の使い回すことができる。流石に丘巨人は使われないが小巨人くらいであれば、他種族の高身長装備を何とか使うことができる。
機焰種はサイズの問題ではなく、特殊な――それこそ機焰種にしか装備できない物しか身に付けることができない。一部では換装と呼ばれるほどなのを考えれば当然かもしれない。
「まあ、ライト〇ーバー――ゴホン、光条武装には目を引かれるけど」
光条武装。それは機焰種の汎用型近接標準武器のひとつ。ラ〇トセーバーのような剣? 棒? を使ったり腕からビームが出たりする。因みに、汎用型遠距離標準武器の中には目からビームが出せる物があったりする。
「――でも、序盤の育て方が難しいんだよね。魔法は使えないのにMPで動くからMPを上げないといけないし、基礎ステータスは装備に依存するから強い装備を手に入れるリアルラックもないと……ね? 面倒いでしょ?」
機焰種はMPがなければ何の意味もなく使い物にならない種族。それに加えてリアルラックも必要となればならない。
「え? あ、ああ、うん、そうね」
「まあ、いっよ。アーヤは何を目指して行くの? それによって転生するか、進化するかで職業やらスキル、称号を獲得して行かないといけないし」
RPGであるこのゲームは何者にでもなれる。そのため、何になるのかある程度の目標がないと躓いてしまう。
「うーん……のんびり今のまま弓士、かな? 3倍速なのは魅力的だけど、所詮はゲームでしょ? お金を稼ぐにはリアルで頑張んないとだし……それに、高校受験を控えてるし」
「……――え? エスカレーターなのに! 高校受験するの!?」
反応に遅れたが、反応せずにはいられない。
鬼気迫る表情をしてアーヤの肩を鷲掴みにして口をパクパクと開閉を繰り返す。
「あれ? 言ってなかった?」
「言ってなかったよ……え、じゃあ、高校は違う……?」
「そうなるかな? まあ、でも、ゆり――リーなら大丈夫だと思うけど?」
リリーはコミュ力が高いため心配するようなことは何も無い。それに友達は他にもいる。話し相手には困らないほどに。
「いや、こっちの心配より……」とそこまで小さく言ってからその先は声には出すことができなかった。「因みにどこを目指してるの?」
「竹中」
「隣町の、あの高校? 最先端技術を取り入れた授業をやったり、有名なゲーマーがいる仮想研究部の?」
県で初めての試みの試験校。MR技術を盛り込んでおり受験生が多くなり過ぎて他が定員割れをし続けている状況を起こしている。
「そうそう、たぶん、それ」
「……VRなんか興味なさそうなのに……何かあったの?」
わざわざ行くとなると何か理由がないとおかしい。最先端授業なんか興味なさそうなのに、何がそこまでアーヤにやらせるのか――気になる。
「まあ、別のことに少し興味が……」
「うわ……その顔は……ま、まあ、絢音が決めたのなら……でも、今から頑張れば……」
「無理だと思うよ? 勉強続かないでしょ?」
「ぅ……知ってさえいれば……」
崩れ落ちた。
知ってさえいれば何とかなったはず。なのに、今頃知るなんて受験戦争に勝てる訳がない。
「アーヤの趣味にとやかく言うつもりはないけど、自宅通学でしょ? 毎日は無理かもだけど、少なくても2日に1回くらいは会おうね? それと、高校で道を違えようと大学は一緒の所に行こ?」
三年間離れ離れの生活になってしまったとしても、その先は、それからは共にいたい。
「大学……? 進学か就職か、それとも専門やら短大で短く済ますかも……」
「え? キャンパスライフ! 長い夏休みはリゾート地に! 社会人になったらそんな遊んでなんかいられないよ!?」
大学生活は人生最後の長期休暇。それを逃せば退職後の老後生活しか長期的な暇な時間が生まれない。
「その頃には1日で1週間とかなるかも知れないし……それに――っと、そんな先のことより今はゲームじゃない?」
今は3倍の速度ではあるが、技術が発展してもっと短い時間を長くすることができるはずだ。それまでに死なないことを祈るのみだが。
「気になるけど、これ以上聞きたくない……」矛盾だ。矛盾。苦悩の環を回り続ける。「ぅうう……その話は今度ゆっくりしよ? お母さんとかを交えて」
「? まあ、いいけど?」
「うし、じゃあ、早速……」頬を叩いて気を切り替える。「――アーヤの『魔弓士』獲得のために頑張ろう!」
「あー……条件はもう満たしてるよ。あとは魔法の武器がないと……」
魔法の武器がなくとも就くことはできる。しかし、その先がない。
「おおう、さすが……」
流石としか言いようがない。さすアヤだ。さすアヤ。
「んじゃあ、明日の市場で掘り出し物を見つけよう!」
「ぉぉーー」
「というわけで金を取ってこよ」
将来の悩みを今苦悩するのは辞める。今は今すべきことをするために意識を切り替える。武器を持ち、アイテムを補充して金銭を得るためにモンスターの殺戮劇を開始する。
さすアヤです(๑ ˊ͈ ᐞ ˋ͈ )ƅ̋