〝HELLO WORLD〟下
《フォルスポシ公国地点D『光の神』立像にアバターを転送しています》
《只今、アクセスが混み合っているため、少々お待ちください》
《――キャラ情報をコンバート……完了》
《プレイヤー情報をシステムに反映……完了》
《OSによる一部権限取得……完了》
《因果律の調整が終了しました》
《フォルスポシ公国地点D『光の神』立像前に転送を完了しました》
《Original Skills of Genesisの世界をお楽しみください》
◇
絢音――いや、『Arya』は鼓膜を震わせる喧騒と鼻腔を擽る違和感を感じさせる空気に、目を開けてその光景に唾を飲み込んだ。
今いるのは現実とは違う仮想の世界。しかし、この世界はリアルだ。
アーヤが現実としか思えない風景に魅入っていると銀髪の少女が近づいてきた。装備を見る限り同じくプレイヤーで間違いない。
「あ、絢音……?」
「……さっきぶり?」
名前を呼ばれて目の前にいる少女が之浬であることに気づいた。そして視線は顔ではなく、胸の方へと向かって行く。一部の者から好意を抱かれていた薄い胸はそこにはない。妹に抜かれてから本気で取り組んでいるが、未だその成果は実っていないはずなのに実がある。
「容姿とか弄らなかったの?」
胸に注視していたが之浬はそれには気づいていなかった。それよりも、アーヤの容姿の方が気がかりであったからだ。
「リアルとの違いがあると操作が難しくなるって書いてあったから……」
150㎝の人が180㎝となった場合、現実との違いから動かすのに時間が掛かる。例えば胸囲を上げたとしても重心にズレが生じ上手く操作がし辛くなる。下手をすればハイハイから歩き方を学んで行かなければならない。
現実と仮想で乖離が生まれてまで変えたいと思うようなことはないため、そこら辺は弄っていなかった。
之浬が言いたいのはそういうことではなく、
「うん、まあ、そうだけども……まあ、絢――」親友とゲームをすることができるのは嬉しいが、ここはゲームの中。渾名ならまだしも本名を口にするのは好ましくない。コホンと態とらしく咳払いをして続ける。「アーヤだしね。そこはいっか……っと、こんな所で油を売ってる場合じゃないよ!」
「他と待ち合わせ?」
一部のクエストなどはソロ推奨だったりソロ専用はあるが、基本的に最大8人のパーティーを組んで楽しむ。対人専門よし対モンスター専門よし生産のみもよし。各々が好きなようにこの世界を楽しむ。
「それはまだ。早く行かないと混むから!」
絢音の手を引っ張る之浬。
「あ、それとわたしは『Lily』だから」
「了解」
人と人の合間を縫うように小走りすること10分少々。ようやく目的地に着くことができた。
建物を見上げると他の施設より大きいがその分少し汚い。入口である扉は弱い風でも吹けば揺れるほどガタが来ている。
ここが何の施設なのかを聞こうとしたが、腕を引っ張られて無理矢理連れ込まれる。
中に入ると一斉の視線が向く。人間や獣人、森人を始めとする亜人種の視線に晒される。威圧とも取れるほどの眼光もその中に含まれている。
様々な視線に晒されながら入口から真っすぐ歩いた所にある受付へと向かい、要件を告げる。
「冒険者登録をしたいんですが」
「はい。では先にお一人につき1万ルクシィ費用が掛かりますが大丈夫でしょうか?」
「平気です」とリリーは懐から金貨を2枚出して渡す。
使徒の初期装備の『劣悪な麻袋』には金貨10枚が入っている。
「文字は書けますか? 掛けないようでしたら料金は頂きますが代筆しますが」
「平気です」
「ではこちらに――」文字が書けるとは言っても光神歌語が書けるとは限らない。「『名前』『LV』『種族』『職業』『特技』そして『その他』にはアピールしたいことがありましたらお書きください」
「わかりました」
用紙とインク、羽ペンを受け取りテーブルに移動する。
受付で書かないのは後ろに人が並んでいたためだ。
「文字って何で書くの?」
「日本語に決まってるじゃん」
「あ、はい」
アーヤは用紙に書こうとして一旦手を止め「文字、読めないんだけど……」と申し訳なさそうに呟く。
「ああ、翻訳機能はスキルとかじゃないと無理みたいだね」OSG内の半分で使われているのは光神歌語。独自な法則と意味を持つため、言語系スキルもしくは覚えていない場合読み取れない。「まあ、でも受付の人とかは専用のスキルや魔法があるから日本語で書いても問題ないよ」
「えーっと、最初はなんだっけ?」
忘れてしまうのは仕方ない。仕方のないことは仕方ない、
「書くから貸して」
「はい。お願いします」
アーヤは書くのを止めてリリーに差し出す。
下級冒険者用の列がごった返しているが、中級や上級冒険者用の受付へ人は移動しない。実際にはいたが、追い返されたり冒険者達に物理的に追い出されたりとマナーがなっていない使徒達はこの冒険者ギルドより消えた。
そのお陰なのかはさておき、早々に冒険者の証であるプレートを受け取ることができた。
《Nクエスト『身分証を獲得しよう』をクリアしました》
《クエスト報酬により称号【冒険者】を獲得しました》
《称号【冒険者】により街の出入りが自由になりました》
「――研修会を行っていますが、行いますか?」
「はい、します!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
その言葉が聞こえた者達は怨念のような視線を二人に向けるが、業務通りに動いているため行動に出ることは誰もしない。
《Nクエスト『冒険者研修会』を開始します》
「研修会って何をするの?」
背後のことは気にせずイエナはリリーに尋ねた。
「ベータ版の時は軽くレクチャーをしたよ。たぶん、同じじゃないかな」
「え……だったらする必要ないんじゃ……」
背後の者達もうんうんと頷く。さっさと冒険者になってゲームを愉しみたいのだ。ゲーム開始かと思えば行列に並ばされるなど誰も望んでなどいない。
だったら、冒険者にならずそのまま外に出ればいいとなるが……身分証がないのに町中にいるのは確実に怪しいなどの理由で捕縛される。もちろん、直ぐに解放されるが所持金は全て取られる。所持金0から始まるのは流石に……。
「報酬で初級回復薬とかが貰えるし、師匠の紹介してくれる。それに、情報が変わってる可能性もあるし、一応ね」
「まあ、初めてだから急に始まるよりかは説明してくれるのは嬉しい」
さて、背後にいる者達であるが二人の会話が聞こえていたため、仕方ないかと少し思ったりしている。並ばされた挙句、研修会など受けなくてもいいのなら受けようとは思っていなかった。ここにはゲームをしに来ているのだから。
有益なことも聞けたしとフレンド交換でもしようかと話しかけようとしたとき、受付嬢が戻ってきた。
「大変お待たせしました。本日は冒険者登録をする者が多いことですので、1時間後に集団で行う予定ですがお時間大丈夫でしょうか? 3時間後、5時間後、明日は9時、11時、13時、15時とありますがどうですか?」
「何か用意しておくものはありますか?」
「いえ、特には……あ、ただ1時間後の教官がやる気を出しておりまして……根性だけはしっかりと持っておいてもらえると嬉しいです。女性冒険者は数少ないので……」
「そうですか。では1時間後で」
「あ、あの……アーヤ様のお顔が……」
「大丈夫です」
「で、です――」
「一時間後に来ます」
受付嬢とアーヤは言いたかったがリリーに腕を引っ張られてしまい冒険者ギルドを後にした。
◇
街の探索を軽く行い時間を潰したあと、アーヤとリリーは冒険者ギルドの裏手にある訓練場を訪れた。
「ここら一帯の冒険者ギルドをまとめてるバラキオス・テシュラだ」
40人にも満たない研修会を受ける使徒+地人の前に現れたのはこの都市を中心にある冒険者ギルドのまとめ役の者。
「なんか、お偉いさんが出てきたけど?」
高々研修会に冒険者ギルドのまとめ役が現れるのか。そんなことを含ませながらリリーのことを見る。
「んー、たぶん、そういうイベントなのか。もしかしたら、『最初』だけなのか……まあ、ギルドランクを上げるのはめんどいからここは頑張って好感度を上げないとね」
「がんばー」
「何言ってるの!? 一緒にだよ!」
「うぇー」
本格VRゲームが初めてのアーヤにとってのんびりとやって行きたいと思っているため、リリーから迸るやる気のオーラにうんざりとしてしまう。
「おい! そこ聞いているのか!?」
「聞こえてます」
段々とやる気が抜け落ちていくアーヤ。しかし、そんな態度に対しバラキオスはそれ以上口にしない。冒険者は荒くれものの巣窟と揶揄されるほどに粗野なもので溢れ返っている。
いつもなら直ぐに新人に上下関係を叩き込むのだが、数少ない女性であるのに加えて、とある事情から今はどんなに弱くとも急成長する使徒を少なからず手元に置いておきたいと思っている。
そのため、視線を個人から全体へと向ける。
「お使いだろうが、採取だろうが、外に出ようが出まいが組合にやって来る依頼は普通の者達では出来ない者だ。そして、依頼人は冒険者の戦闘能力を頼りにしている」
全ては将来のために。
今は泥水を啜ろうと毒が抜けていないモンスター肉に噛り付こうとも、今は耐えるべき時。
「よって、今から冒険者に必要な最低限の能力を持っているか確かめる。武器を持て。そして殺す気で掛かってこい」使徒の多くが騒めく。それを見たバラキオスは鼻で笑い続ける。「百年の旺盛は時期に終わり暗黒の時代が到来する」
それはいつか起こるイベントの宣伝をしているのか。時を同じくして全世界で光も闇も関係なく似た言葉を告げる。
「モンスターやら魔神の脅威よりも、約束された地を手にする時がやってくる。その神兵の一員となるために今のうちから鍛えろ!」
自身の演説ぶりに愉悦を浮かべ頷き、武器選びをしている者達を見て回る。
LV差があり過ぎるため、刃を落とすことはなく実践で扱う武器を使わせるのが通例なのだが、使徒は武器を所持していないため武器選びなんていう無為な時間がある。
「お前、初心者なのに弓矢を使うのか?」
「はい。まあ、他にこれといった物がなくて……」
「そんな軽い気持ちでやって行けると思っているのか!?」
「え……なにかまずいことでも?」
「ああ、そうか。お前は使徒だったな。まあ、いい。なら、今後その活躍を見せてもらおうか」
《Nクエスト『冒険者研修会』をクリアしました》
《クエスト報酬により職業【冒険者】への転職が可能になりました》
◇
「――職業紹介をお願いします」
「どの職業にしますか?」
「魔術師、剣士、盗賊、弓士は1つずつで商人を2つでお願いします」
「商人は『商人ギルド』に赴いてください」
「わかりました」
受付嬢は紹介状を取りに奥へ行った。
リリーは顔を前に向けたまま、隣からやってきている視線に応える。
「一応言っておくけど、直接行ったら『ふん、お前如きが商人になれる訳がない』って言われるから」
「ふーん」
「商人で取れる【収納】が一番簡単に取れる収納系スキルだから」
「そうなの?」
てっきり使徒共通でそういうアイテムを格納できる物があると思っていた。が、彼女の言い方からもわかるようにこのゲームでスキルや魔法を取らない限りアイテムは持ち歩くかそういう施設に預けるしかない。
「【倉庫】を始めとする【アイテムボックス】【ストレージ】【インベントリ】は高位職で、空間魔法は燃費が悪くて序盤は持ってるだけムダ」
「へー」
「序盤から弓を使うなら【収納】は必須だからね。矢は消耗品で上手くても2、3発射ると必ず壊れるから」
「……え?」
「だから皆驚いてたんだよ? 狩人ならまだしも、冒険者になりに来たそれも素人装備……あとは言わなくてもわかるよね?」
初心者が弓矢を使うなどお笑い種である。
「リリーはこれからどうする?」
「ん? そりゃあ、亜竜の森の外縁部でレベリングだけど?」
「了解。2、3時間で作り終わるから一応メッセ送るけど、降りてきてね。わざわざ起こすの面倒だから」
「? ――あ、そういうこと! まだ、そんな時間じゃないよ」
その言葉にパッとしないアーヤは小首を傾げる。その態度に思わず笑ってしまう。
「この世界は現実世界の三倍の速度で進んでいるんだよ」
「……ん?」
「えーっと、たしか……malice and reactive intention accelerator だったかな。略してMALIAシステム」
「直訳は……悪意と受動的な意思……加速器? なんだか最後の部分しか合ってない気がするんだけど」
「じゃあ、違ったかなー。あんまし興味なかったから」
「まあ、いいよ。それでその……MALIAシステム? によって現実世界の三倍速度で動いてる、と……最近の技術ってすごいね」
「違う違う。加速システムはこのゲームで試験的に運用してるだけだよ。年始に話題が挙がった『Atlantis』でも使われてない技術」
「……へ、へー」
「ああ、そっか。アーヤはそこまで詳しくなかったね」
「三倍の速度でできるのなら、中で勉強とかやった方がいいとは思わない?」
「かは――っ」
アーヤが発せた言葉に崩れ落ちる。
「それならゲームをたくさんできるでしょ?」
「た、たしかにそうだけど……そうだけどさ。ゲームの中で宿題とか……」
「じゃあ、普通にやる? その分ゲームができる時間は減るけど」
「……。わかった……こっちで、やるよ……」
「じゃ、それで決まり。それで、これから何をするの?」
「決まってるよ。職業LVを簡単に上げるためにも、種族LVを上げるんだよ」
決め台詞のように言ったが、その前に雑務をこなさないとならない。
「その前に宿屋を取らないといけないけどね」
◇
「経験値はラストアタックを決めた者だけが得るからアーヤは最後だけ意識して攻撃して」
「なんで?」
「……矢は消耗品だし、弦も切れやすいから……お金が掛かる」
「一応短剣があるけど?」
「スキルもアーツも使えないとここらのモンスターを倒すのはキツいと思う」
「うーん、とりあえず手持ちで頑張ってみることにするよ」
「これでもベータでは勇者パーティーの一人に名が挙がってたからね」
「勇者?」
「……『光の一族』の中で最も相応しい人物のことだよ」
「選定条件はなんなの?」
「まあ、なんて言えばいいのかな……」
リリーは言葉が詰まる。言葉はある。だが、それをどう伝えればいいのかがわからない。
「……勇者になりたいなら言うけど、なりたいの?」
「別に。ただ、興味が湧いたから」
「うん、じゃあ、レベリングのためにもモンスターをたおして行こーー!」
◇
「――な、んだと……こ、このボクが! 負け犬の如く泥を味わうなんて……」
地面に両手膝を付けてそんなことを少年が言うと――、
《Nクエスト『職業の心得(盗賊)』をクリアしました》
《クエスト報酬により能力書物【罠発見】【気配感知】【解錠】を獲得しました》
《職業『盗賊』のLVが0から1に上昇しました》
《BPを獲得しました》
とログが流れた。
「思ったり簡単だったなぁー」
最初の職業クエストはほとんどがその戦闘能力を見るというもの。と言うのも何をするにも自衛の手段がない場合死ぬからだ。ほとんどのモンスターは種族問わずにヒトに襲い掛かる。そのため、生き残る術――暴力がなくてはこの世界で生きて行くのは難しい。それは商人だって変わりない。護衛に雇うお金があったとしても、その護衛が死ねば自力で何とかせねばならない。
そんな訳でほとんどの最初の職業クエストはその者の『力』を試すものとなっている。
そして、アーヤは目の前で絶望している少年に余裕に勝利した。
まあ、魔法などのような詠唱を使わずそれでいてクリーヒットしてくる矢をどうにかする術がなかった。彼は短剣一本でLV差――基本能力値とスキル【回避】で何とかなると思ったらしい。
右膝と左肩を負傷した結果、時間が過ぎてアーヤの勝利となった。
アーヤは修練所を出てから報酬のアイテムを使用する。
《スキルを獲得しました》
と三度流れた。
「ぉ? お、おおぉぉぉお」
得られる情報量に思わず感嘆の声が漏れた。自身を中心にだいたい1メートル内の気配が何となく感じることができる。
「これが【気配察知】か……」
今確認できる範囲のことを終えた後、二つ目の最初の職業クエストを行うべく弓士ギルドが借りている修練所へと向かう。
冒険者ギルドの場合は依頼を受注したりドロップアイテムの売買を行っているため、建物は大きくなくてはならない。加えて、近場で実験――アイテムの能力確認などをするために施設が必要となる。そんな訳で冒険者ギルドなどは修練所なども併設する。
それ以外の場合は統合会館にある修練所を借りて使う。
ロビーに戻って予約していた『弓士』のクエスト場へと向かう。
《Nクエスト『職業の心得(弓士)』をクリアしました》
《クエスト報酬により能力書物【暗視】【速射】【隠密】を獲得しました》
《職業『弓士』のLVが0から1に上昇しました》
《BPを獲得しました》
最初の職業クエスト故かこちらも簡単にクリアすることに成功した。
まあ、こちらは弓矢を使って的を射るというものだったが。
距離的や的の大きさ的には『洋弓』で狙うものだったが、『和弓』を使ったので難なく的の中心に当て続けることができた。
「……すまないが、弓士で教えることはないようだ。わざわざ次の位階とひとつずつやっていくのも面倒だし、転職しないか?」
《師範の認可により職業『弓士』のLVが最大になりました》
《BPを獲得しました》
「ぉ、おう……」
何故だか『弓士』のLVが最大――この場合は10になることができた。
「ま、まあ、計画通りと言うことで……」
メニューを開いて時刻を確認すると6時を少し超えている。つまり、現実世界では18時過ぎということだ。
「之浬は簡単な物でもいいって言ってたけど……んー……き、今日は仕方ないということで」
手を抜く訳ではない。短時間でできる料理を作るだけだ。
メニューを操作してログアウトを行う。睡眠時間は少な目だったので今日は早く寝ようと心に決める。
だが、そこで気が付く。
「このゲーム、睡眠時間の調整が一番難しくない!?」
ゲーム内で寝なければいいと思うかもしれないが、現実と仮想での時間の流れが違うだけで体感時間は同じだ。8時間を24時間表記にしているのではない。
今更ながらそのことに気が付いた絢音は頬を引き攣ってしまう。
「そ、そこは上手く……そう上手く睡眠時間をゲームで取ったりして時間の調整をなんとかすれば……」
今は夏季休業ということで睡眠時間の調整は恐らくだが、不都合が起きることはない。だが、休みが終わればその限りではない。
「とんでもない物を開発するもんだ……」