閑話〝STEAK NIGHT〟
その日は突如訪れた。
「うし、今日はステーキナイトだ!」
その一声に彼女達は歓喜した。
◇
「――と言うことはまずは買い物だよね」
唐突に『ステーキナイト』宣言をしたため、準備なんて一切していない。常備されている物のみで『ステーキナイト』を楽しもう、なんて許される訳がない。
「まあ、そうなるか……煉獄地獄の中を行こっか」
だから買い物に行かなければならない。
流石に絢音の『煉獄地獄』は言い過ぎではあるが、猛暑日であるのは間違いない。
「あ、そう言えば……今日も最高気温更新だってさ」
「……え。じゃあ、之浬一人で行ってきて」
毎日毎日、毎年毎年、最高気温更新と言う言葉を夏に聞く。聞かない日の方が珍しい。
「いやいやいやいや! 一緒に行こうよ! デートも買い物からってよく言うでしょ?」
「デートって……」
「う、嘘だよ。ジョークだよ、ジョーク。冗談に決まってるじゃん」
引かれないためにもここは冗談と通す。もちろん内心では喜びを隠していない。
◇
大谷家から駅前のスーパーまで歩いて20分。坂を下り上った先にある。昔はもう少しあったのだが、経営不振になり潰れた。
そんな訳で20分の苦行をすることになっている。
「絢音、入り口こっちだよ。そんなしょうもないボケをするほど、疲れてるの?」
辿り着いていざ、中に入ろうとしたら絢音は入り口には向かわなかった。
暑さの所為でしょうもなさすぎるボケをしたのか。
「いや、それはこっちのセリフだよ。之浬こそふざけてないで手伝って」
絢音がそんな下らないボケをするはずもなく、暑さに頭をやられた訳でもない。
「なにを言っ……て……――まさか! もう注文してたの!?」
「当たり前でしょ」
「いや、でも、せっかくここまで来たんだよ? 目で見て手で感じて物を選びたいよね!?」
「いや、全然。その前に之浬は判別が出来るの?」
「ぅ……で、でも、わたしの秘められた能力が開眼すれば」
「じゃ、今すぐして。しないなら……特にないもないか」
「あ、こういうときはキスすれば能力に……!」
「……」
無言の圧力は凄まじい。一切の変化をせずに一点を見詰める――これこそが無の境地。これを受けてしまえば何人たりとも逆らうこと適わず。
「あ、ごめん。嘘です。調子に乗りました」
素直に謝った親友を見て戯言を許そうと思ったが、それはいつものこと。そう、いつものことだ。
何やかんやあっても許す。
それを理解しているからこそ、之浬は戯言を所構わずに言い放つのではないか。
「あ、あれ? おかしいな……でも、この程度で激おこになるわけないよね? じゃ、じゃあ、なんで……」
頭を下げている之浬の視線は絢音の表情を見ることはできない。
「まさか、コレクションルームに……いやいや、その場合は怒るとしたら気づいたときに言うはずだし、なんでだろ?」
ブツブツと心の声をダダ漏らす之浬――その後頭部を見る絢音はあまり彼女のことを気にしていなかった。今はお昼過ぎ。人数は確かに少ないが、それなりにいる。
現代、買い物と言えばお家でポチリ、自宅に宅配――が常ではあるが、例外も存在する。ネットスーパーが世に出て赤字をどれだけ出したことか。店頭で売る時の水の粗利益とネットスーパーでの場合――どちらがいいかなど目に見えている。
だと言うのに当時、スーパー企業はネットスーパーを押し進め赤字を量産した。
当時は宅配業者の人手不足やらブラックやら何やらでお忙しい時世であった。
そんな中登場した『ケエフイ社』が出した箱が爆売れし、世に浸透した。
ほんと、この国はおかしなことに、未知への挑戦は盛大にするのに既知への恐れからは逃げる。
まあ、そんな訳でネットスーパーでも値段大きさ関係なく送料無料なのだが、皆自分の足で店頭にて食材を買う。
「之浬、早く冷房が効いた所に行こ」
絢音は事前にネットで注文した商品を冷凍房箱から取り出し、それをカートの下の段に入れ終わった。
「む? どゆこと?」
「いや、野菜はランダムじゃなくて自分で選びたいでしょ?」
事前に食材を予約しておくことができるのだが、この時詳細設定を入力することができる。とは言え、ランダム。例えば『美味しそうな物』と入力したとしよう。何をもって美味しいと定義するのか。脂身何%やら比重など事細かにやらねばならない。
とは言っても、そんな詳しくなんて不可能。実際にはできなくはないのだが、費用対効果を加味しても、それを使用するであろう利用者を考えても搭載するのはアホがすること。利益度外視などバカバカしい。
「つまり、デートってこと!?」
「いや、違うから」
◇
何はともあれ隅々まで冷気が行き渡った建物――その名を総合スーパー。またの名をゼネラルマーチャンダイズストア。
食料品や日用品のみならず、衣料品や家電、家具など、様々な商品を揃えている建物。
もうこれさえあればいい。
24時間営業と言う神話が崩れ去った今、大切にしないといけないのは――、
「之浬、大きいのは宅配だからね」
宅配だ。家から出ずにいつでも物を買うことができる。ドローン配送などその最たる物。
絢音は之浬の襟を掴み2階へと進む身体を引き戻す。
「本は……」
「それは電子書籍で。紙だと嵩張るでしょ?」
「ぅう……でも、あそこのは電子になるの2週間後だよ? それだったら、ネットで探ってネタバレを読むしか……」
「じゃあ、それで。お金かからないしいいじゃん」
通信料はやり放題なので特に料金の変動がある訳ではない。つまり、本を買うよりもネットでその記事を探した方がお得である。
そんな合理的なようなことに対し之浬は凄い顔をした。言葉にすることが難しい。
「たまに思うんだけど、絢音って……どこかズレてるよね」
「……ほら、早く野菜選んで」
「と言うか、なに肉買ったの?」
「サーロインとフィレ、リブロース。そんなに食べれないしこれくらいでいいでしょ?」
「お、おお……うん、でどんな野菜が合うの?」
「適当でいいよ」
「りょーかい。じゃ、適当にポップコーンを見繕って来るよ!」
ポップコーンの元はとうもろこし。この調子ならば糖度の高いトマトも、イチゴもメロンもバナナも野菜と農家では分類される物を取ってくるに違いない。
◇
絢音が帰宅したその日の夜。少女が長旅から帰って来た。
ソファで寝転がるシャツ一枚のみを着た之浬のことを視線から外して部屋の惨状を視界に収める。
「あれ、あや姉は?」
「帰った」
「ふーん……そっか……急だね。それにしても、さすがにこれは――早過ぎない?」
ほんの数時間程度で部屋がこれほど荒れに荒れるなどありえるのか。もちろん、何かをしていたのなら仕方ないのかもしれない。
だが之浬は今、ダラダラしている。
「絢音にもやることがあるから仕方ないよ」
「そんなこと言って……後悔してる」
「後悔なんてしてないっ……ただ……」
之浬は身体を起こして扉付近にいる妹のことを見る。
何と言えばこの妹は口を噤むのか。思いの丈を全て吐き出せば黙ってくれるのだろうか。
いや、無理だろう。
閉口するとは思えない。
どれだけ言葉を偽ろうと妹は核心に触れる。真偽に隠された過去を見つけ出す。
「そうだよね。お姉ちゃんとは違って、容姿端麗文武両道……何をやらせても最高の結果を齎してくれる。最高の人」
妹にとって絢音は憧れの人。勉強も運動も出来て綺麗な人。憧れせずにはいられない人。
「だからだよ。わたしさ……絢音が可哀想に見える時がたまにあるんだよね。なんでもできちゃうから道を決めれない。生涯を掛ければナニモノにもなれる――なれてしまう」
「優秀だからこその苦難……天才の苦痛と言ったところ?」
之浬が言いたいことは要するに『苦難』であり『苦痛』。
「――で、お姉ちゃんはどうなの?」
「……」
「他人のことよりも自分のことでしょ。お姉ちゃん、やればできるんだから生涯の終着点を決めておかないと何者にもなれないよ」
之浬は他人のことを心配している余裕などないはずだ。一番近くで見ている妹はそう思っている。何故なら、努力を怠っているため。
「そのときは……絢音に養ってもらうからいい」
「あや姉に? ……まあ、たしかにその方がお姉ちゃんは一番幸せになれるね」
そんな未来であれば之浬は幸福な人生を過ごすことはできる。何もせずただ、生きるという意味でなら。
「そこは否定してよ!」
「いや、だって……お姉ちゃん、他人を養うなんていう技量も器もないでしょ?」
「――ぅ……」
もしも、立場が逆であれば……最悪の未来しかない。であるのなら、之浬が養われ絢音が養うとしかない。
「妄想に浸るのには中二まで。現実を見て行動しないと……お姉ちゃん、悲惨な人生が待ち構えてるよ」
妄想も空想も理想も、抱くのは中二までだ。それ以降も現実を見ないとなると世の中から弾き出される。
「――それはそうと……さすが、あや姉。温め直しても美味しすぎる」
まあ、妹にとって姉である之浬の将来のことはそこまで気にはしていない。姉よりも絢音の方が妹は心配している。
「――て、それ!! 明日の昼ごはん! こんの!! バカ妹!」
「お姉ちゃん、現実を見なよ。私は今も成長期なんだからたくさん食べないと……最近肩こりに効く運動もしてて大変なんだから」
之浬とは違い発達した胸部を見せつける。
成長期の身体に栄養は大切なのだから、食べ物を食べて文句を言われる筋合いは――ない。
「ぐぬぬぬ」
八重歯を見せ、腹の底から唸り声を発する。
だがそれをフッと鼻で笑い、肉を喰らいガーリックライスを腹に収めていく。
「あ、他になにかないの?」
之浬の明日の昼ご飯を容易く平らげた猛獣は他にもないのかと、冷蔵庫へと手を伸ばす――
◇
その日の夜。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、お゛い゛じい゛……冷めててもおいしい。はぁ、人の温もりがある料理……一家に一人だねぇ」
温かい。
冷蔵庫にしまってあったため、物は冷えていた。レンジでチンしてトースターで温めて中まで温かくするほどホクホクにした。
「……お母さん、変な声あげないでよ」
約8万字(14話)で『情熱の刃』閉幕です!
っしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
まあ、一時間隔が開きすぎましたが……
さて、次章は『不完全な足並み』です
仮想6:現実2の割合で描いて行こうと思います!
残りはアレです。もちろん
伏線を張りながらの伏線回収……なんか、物語を描いているって感じがしています
拙い文章でツッコミどころ満載かと思いますが、応援よろしくお願いします。
あと、変な所――矛盾などがあれば言ってください! 気づいていない可能性があるかもなので