〝DUNGEON BOSS〟下
お久しぶり、です…
不死の軍勢を倒し続けたが、その刃はハーゲンティの命まで届くことはなかった。
リリーと共に戦っていたカミィのHPは底を尽きディッパーはMPがなくなったことにより戦闘不能となった。
《称号『聖戦士』が付与されました》
それは個人に伝えられるシステムメッセージではなかった。『光の一族』も『闇の一族』も関係なくすべてのプレイヤーにその声が届けられる。
《[神性剣]の制限が一時的に解除されます》
その言葉を聞いたリリーは下唇を噛み締めてから、その名を告げる。
「――神剣召喚!」
右手を前に出してOS[神性剣]の基となったスキルの一つを呼び起こす。
「魔を滅する光の神器がひとつ――星影之剣」
幾何学模様の中から白い剣が現れた。鞘などなく、一本の剥き出された剣がそこにはある。
「――ッ!? ま、まさかそれは!! ――いや! そんな、そんなワケがあるワケがない!! 貴様がその剣を使えるなど……ヒトが、神が創りし至宝の器を扱えるワケが……」
「どうしてなのかはわからない」
宙に浮く剣の柄を握り締める。
まだ、配信開始から少ししか経っていない。だと言うのにこのゲームのキーであるはずの『聖戦士』が誕生するのはゲームとしておかしいとしか言い様がない。
とは言え、手に入れた以上それを使わないと言うことはない。使わなければ勝てる可能性が消え去るのだから。
「けれど、わたしがまた『聖戦士』に選ばれたというのなら、もう一度この剣を手に持ち……そして、今度も『魔王』を討つ手助けをする」
星影之剣の矛先をハーゲンティへと向ける。
その光景にハーゲンティは心が震え、後ずさった。彼の記憶領域に保管されている情報が彼に恐怖を与えたのだ。
「ま、まさか……剣の……魔王様の右腕を撥ねた……い、いや! 貴様が言っていることは破綻してるぞ!!」
隠しきれない恐怖を紛らわすために、恐怖を否定するために彼女の存在を否定する。
「聖戦士に選ばれた? そんなワケがあるはずがないだろ!! 『勇者』が選ばれない限り『聖戦士』は誕生しない!! 『勇者』などどこにもいないぞ!!」
『聖戦士』の選定理由とその条件はWikiを調べれば誰だって知れる情報。流石に公式のホームページにはないが。
「たしかに……『勇者』が選ばれればすべての『光の一族』に『勇者の加護』が与えられる。もう一つ『聖戦士』が突如誕生することを知らない?」
『勇者』と『魔王』はそれぞれの種族にバフ――と言うよりかは制限が解除されると言った方が近い。
アナウンスが来ていなくとも種族を視れば知ることは出来る。
「――ま、まさか……魔王様が……そんなワケが……『魔王』が誕生すれば『闇の一族』たる私に恩恵が……」
『魔王』が誕生し『勇者』の資格を有さない者がいる時、先代『聖戦士』が使わされる。それは神代より伝われる伝承。
「モンスターと同化をし、モンスターと化した者に恩恵が与えられることは――ない!!」
モンスターは『光の一族』でも『闇の一族』でもない。一瞬のバグとも言える不具合より生まれた副産物である。
「魔王様のため、暗黒神様のために尽力してきた我を見捨てるワケがない!! 何かの間違い、そうに違いない!」
ハーゲンティは否定する。
自身ほど神のために動いた者はいない。敬虔な信徒を見捨てるような神ではない。
如何に自身が神のために働くのかを知らしめるために行動に移す。
ベータ時代に何度も紡ぎ使っていた句を唱え、術と化す。
「光明神の名の下に魔を滅し邪を祓う星の輝きを今こそ世に示せ――」
天より星影之剣へ光が降りる。
邪悪を殺すことに特化した術――天光魔法。使用出来るのは最高位神官もしくは『聖戦士』。
「――ッ!! そ、それは……貴様、は一体……神の使いは天界魔界へと帰したはずだ! なのに! なのに何故!!」
ありえない。
その一言に尽きる。
天光魔法はその光を浴びるだけでもその身を焦がしてしまう。
「光明神の奇跡の一端――剣の御業を発現せん」
悪魔はその後を知っていた。だからこそ「くそがぁぁぁああああ!!」と声を荒らげてその意識を少しでも乱せるのなら何がなんでも行う。
しかし、その必死は報われない。報われることなどない。
『勇者』の傍付きとも称されその力の恩恵を最も受ける三人の者を『聖戦士』と呼ぶ。
『光の一族』のために、『光の一族』を守るために、『光の一族』に勝利を運ぶために、『勇者』が選ばれ『聖戦士』が見出される。
「剣聖術――」
剣の理を納め剣系職業を合計80LV以上持つ者のみ習得が許される剣聖術。しかし、称号『聖戦士』に隠された能力によりその条件は跳ね除けられる。
「終ノ技――」
最後の攻撃、剣戟最後を締め括る技、相手にトドメを刺す技、それが終ノ技。連撃技であり、その一撃一撃が通常のアーツと同等の攻撃力を誇る。
システムによって制御される技は知っていれば対処はどれも可能だ。Wikiを開けばその対処法が何万通りも書かれている。
しかしこの技は、ベータ版でも誰も対処を――いや、地人達ですらこの技だけは対処ができない。
勇者専用装備のモリタカシリーズと言えどもすべてを防ぐなどという芸当はできず、体力が残ることを願うことしかできない。
その理由はこの技を習得できるのがシステムに頼らず剣を振るう者のみだからだ。システムアシスト無しに剣を降るのは習っていないのなら無理と言っていい。と言うのも真っ直ぐ振り下ろすことがどれだけ難しいのかを知れば頷くしかない。
最低条件がシステムアシスト無しなのはそこまでいくとシステムアシスト規定内では十分に動かすことができないからだ。
それさえできればあとは剣の腕とLVを上げることをしていればいい。
さて、剣聖術の最高技――終ノ技への対処法が確立していないのにはもう一つ訳がある。
終ノ技は初代剣聖が200年の研鑽の末、愛刀『聖紺之刀』の能力を十全に発揮するために編み出した秘技。
この世に16しかない神器の能力を発揮させるためだけの技。
「――冥道献呈」
右上段から振り下ろし、真っ直ぐ縦に斬りあげる。そして、横一線に弧を描く。時が止まったように皆がそこで停止した。
悪魔は未だ死んでいないことに混乱しているが、直ぐ目の前にいる手を伸ばせばその細い首をへし折ることができることに気がつくと直ぐに手を動かす。それと同時に止まっていたかのように思えていた世界が動き出す。
「これは一撃一撃は弱いけど――」すっとイタズラが成功した時のような笑みを浮かべる。「相手が全損するまで続くよ」
冥道献呈はただひとりの相手を標的固定しダメージを与え続ける。対個しか使えないことと、使用中規定値のダメージを受けると技が強制終了することと、使用後再使用可能まで現実世界の時間にして三日間スキルもアーツも使用不可になる。
「ダメージ量が規定値に達するのが先か全損するのが先か……どちらがより多く与えられるかになったけど、負ける気がしないよ」
これを初めて使った時よりも、最後に使った時よりも、種族もLVもあまりにも違い過ぎる。
だが、敗北する気は全くと言っていいほどない。
何せ彼女の手には神器星影之剣が握られているのだから。
「不死の悪徒めが! 我が手に! 神の御業を、暗黒の力を我が手に現れいでよ!」
単なる台詞、言葉で終わるはずのそれはリリーが出した幾何学模様の対称的な物を呼び出した。
それは祝福。ハーゲンティに恩寵が与えられた。
「遂に遂に遂にィィィいいい!! 我が手に神器が収まるぞォォおおお!!」
悪魔の歓喜に応えるかのようにその姿を現していく。
「闇の六番目神器――『暴虐之剣』」
「――っ」
闇夜をその剣身に写したような刺突用の片手剣――レイピアが出現した。
「まさか、ハーゲンティ。お前は……」
「ハハハ! 見よ、これこそが我が運命。貴様らのように死しても終わらぬ生温い生きた方ではないんだよ!! 剣聖術の永劫は終わったぞ」
悪魔が言うように冥道献呈の効力は終了している。つまり、リリーは弱体化されており勝ち目は無くなった。
「LV制限も消えているが……LVはそのままか……まあ、よい。こやつらを殺し経験値と化し神の身許を訪れば上限解放を今度こそこの手に……」
「何を言ってる?」
ハーゲンティが言ったことにリリーは眉を顰めた。
何を思ったのかフッと薄らと笑みを浮かべ高らかに告げる。
「再び起きるのだよ。悪魔と天使の戦争が……数百年置きに起こっていた大戦が……前回は百年前――いや、あれは龍の妨害で中断していたな。第十一次世界大戦。その続きが、今までと比べ物にならないほどの数となってるだろう」
一定周期で行われる世界大戦はそれぞれ多くなった人口をどうにかするべく起こる。『光の一族』は広大な大地を目指し、『闇の一族』は豊穣と安らかな地を目指して。
「――っ。十六本の神器揃わない限り開戦にはならない」
それぞれの領土を分断する結界は十六本の神器に所有者が現れないと解除されない。
その理由は誰にも分かっておらず、テスター達も仕様としか思うしかなかった。
「そうだな。しかし、ここに二本あるように既に十本以上の神器に所有者がいる。百年の月日が経てば持ち主が現れるのは当たり前だろう?」
百年前の対戦では生き残りが多過ぎた。そのため、その怨念はそれぞれに深く伝えられた。
最強の存在である『龍』。その脅威をしっかりと伝えた。種族が発展するためには殺さねば、と。
そしてそれを教会も口にした。『今こそ神の敵を討つ為に働け』と。いつか来る英雄達を出迎えるために。
「……たしかに……なら、ここでその神器を――破壊する」
戦争を止める。その手段は至って簡単。十六本の神器全てに所有者がいなければいい。何とも簡単なことではないか。
「神器同士ならば確かに破壊可能。しかし、我はLV50と言えどもボス化をしている。それに対し貴様はLV制限にも満たずその血を覚醒すらさせていない。能力値の差を埋めるアーツの使用も禁じられている」
絶望的な差。ボス化が一番2人の差を広げている元凶と言える。たった一人でボスを倒すなどLV差がなければ到底叶わない。
30のLV差があって相性がよければ五分五分と呼ばれているのだ。
「そんな中、我を、神によって創られし器を破壊すると?」息を吸い込み間を空けてから一気に吐き出す。「やってみるがいい!!」
ハーゲンティを倒すだけではなく、その武器を壊すなど不可能だ。因みに神器は所有者が死亡した場合、神が回収し所定の場所に移される、という設定がある。
そのため、ハーゲンティを倒す前に神器の耐久値を減らさなければならない。
ようするに無理ゲーだ。
「ふぅ……称号『聖戦士』――起動」
「なに……?」
ハーゲンティは自身の耳を疑った。
聞いたことのない言葉がリリーの口から告げられたからだ。
「知らないんだ。一部の称号にはこういうことができることを」
「……『神』の称号を持つ者は創造の力を得る。それと同じことか」
「へぇー……『神』にそんな機能があるなんて……まあ、私には絶対取れない称号なんだけどさ」
『神』が付く称号は『王』が付く称号を持ち神より与えられるクエストにクリアすると獲得することができる。
「まさか、『天使』なのか……」
「そうだよ。半分は天使の血が流れもう半分は……なんだろ。設定してないからわからないけど」
リリーの種族は『半天使』。その名の通り半分が天使なんだろう。が、もう半分は……となると彼女も知らない。
「半端者か……ふん、まあ、よい。百年前と同じように天使の血を啜るのみ」
悪魔系は天使系を倒すとステータスにプラス補正が入る。逆に倒されるとステータスにマイナス補正が入る。
「半分は死亡し強制ログアウト。もう半分は生きてはいるけど戦闘に参加できない……」
現状を確認し、息を吸いそして吐き出し剣を正面に構える。
(リタイアしたら、リーダーの再生回数は微妙になるかな)
初クリアだからこそ、人は観る。加えて、こんな特殊なダンジョンの映像を見る場合、特別な何かがない限りありえない。
リーダーの懐を温かくするためにも、ここは勝利が最善。
「――――」
リリーは駆ける。
アーヤのように壁を走り天井を駆け抜けることはできないが、このフィールドを使うの全てを使い勝利を目指す。
星影之剣と暴虐之剣が激しくぶつかり合う。火花を散らしながら耐久値を大きく削り削っていく。
その減りは暴虐之剣の方が大きい。
それは当たり前のこと。片刃の剣と刺突の剣。どちらが柔いかは子供でもわかること。
「く――っ! 流石は剣の聖戦士。だが、貴様はスキルもアーツも使用出来ていないようだな!」
『聖戦士』はステータス値を上昇させる物ではない。敵対者と同等のステータスにするだけ。
どんなにLV差があろうとも敵がバフをデバフを掛けようともそこに差は生まれない。
が、リリーはスキルもアーツも使用ができない。
それに考えが至ったハーゲンティは笑みを零す。
「なるほど、なるほどな。その腕であれば魔王様にも匹敵する。だが、そこまでだ。あらゆる物が枯渇している今、我に勝とうなど出来るはずもない」
ハーゲンティは虚空より液体が入った小瓶を取り出し暴虐之剣に掛ける。するとその液体は暴虐之剣に吸い込むように入っていき、その傷ついた耐久値を全快させた。
「携帯修理薬……」
「いいや、これは上位修理薬だ」
修理薬は道具、装備の耐久値を簡単に回復させるアイテム。ただ、耐久値を回復させるだけの物のため修理薬だけに頼っていると品質低下をしてしまう。
が、神器はそう簡単に品質低下することはない。
つまり、
「武器破壊はこっちの方が早い」
と言うこと。武器にのみ固執していけば、先に摩耗し破壊される。
リリーは唇を噛み締めてから、決意を改める。
武器破壊を止めてハーゲンティを倒すことに注力する。
「そう。それで良いぞ! そうでなくてはな!!」
自滅した『聖戦士』を倒しても暗黒神への捧げ者としてはよくないだろう。必死の抵抗をした仇敵を自身の首を手で撥ねてこそだ。
武器破壊を諦めてハーゲンティを狙う。しかし、その度に尽く暴虐之剣に阻まれる。そして暴虐之剣が傷つけば修理薬を消費して回復させる。
このままではジリ貧だ。
何か突破する術を見つけられなければ敗北する。
リリーは自身のHPを視て目を閉じた。
「む? そうか……よくここまでの差がありながら生き長らえた。貴様のことは讃えよう。だが、それで終わりだ。永遠とも思える柵から解放された日に『聖戦士』を討つ。これほど素晴らしき日はない」
ハーゲンティは暴虐之剣の的を固定して〈死突〉を起動させる。それはクリティカルヒット時に即死を与える物。
予備動作なくレイピアの剣先がリリーの首を――掠めた。
〈思考加速〉などのスキルがなければ見ることができないほどの剣速だ。それなのに、リリーはそれを回避――いや、それだけではない。回避の後に、すれ違い際に固有能力を発動させる。
「――光審斬」
自身のHPを減らし、その分相手のHPを減らす固有能力。
首を斬る部位破壊に加えて出血よる状態異常。『聖戦士』により同等のHPになっていなければこんなことやらなかっただろう。
決死の策が何とかいったことに安堵したリリーは座り込んだ。
「疲れ、た……!?」
レベルアップのメッセージが来ないことに驚き慌てて星影之剣を構えようとする。しかし、首を撥ねられ悪魔は弁慶のように立ったままでは居られなくなり床に倒れ伏せる。そして、その向こう側には一人の少女が矢を番え弦を引き絞っている。
カランカランと音が鳴り響き、モンスター討伐によりそのドロップアイテムが死体と入れ替わるように出現する。
そのあまりにも多く珍しいアイテムに驚き彼らは言葉を失っている訳ではない。状況が上手く理解できておらず、言葉を失ってしまっているだけ。
「お、ラストアタック成功したよ」
『……』