〝DUNGEON BOSS〟上
白く黄金に輝く剣――神剣を操る剣の聖戦士。
格闘を極めPvP最強の使徒――拳の聖戦士。
全ての魔法を操り固有魔法を紡ぐ賢の聖戦士。
闇の天敵と言わしめ蘇生魔法すらも使う聖女。
そしてその四人を率いり【魔王】と互角に渡り合った【勇者】。
『不死の城遺跡』その朽ち果てた玉座に座る者は忘れる訳がない。忘れるはずがない。
彼の大戦を生き抜き、龍の息吹からも生き逃れたその者は怨念と成り果てたが故に忘却など自己否定そのもの。
円環の如く怨念は回り続け、その怨念は少しずつではあるが日々増加の一途を辿っている。
「魔王は没し神の力が弱まってはいるが、それは光の一族も同じ」
この迷宮の最奥に配置されているのはLV40の死の王。スケルトン召喚を繰り返しこの迷宮を埋め尽くすほどの軍勢を持つ者のはず。
だが、今は違う。死の王と同化することにより生きながらえることのできた。
龍の息吹は忘却の権化。それから逃れる方法がそれしかなかったのだが、今にして思えば間違えだったのかもしれない。
「悠久の時を生きる我らと違い短命であり矮小な奴らを今度こそ討ち滅ぼしてやろう」
ダンジョンボスとしてダンジョンに縛られてしまった今でもその心は魔神に向けることなく、暗黒神へと向けられている。
「今度こそ、我こそが筆頭に相応しいと言うことを知らせねば……」
◇
シグマは放送を開始してその一際目立つ金と銀の大扉を開ける。
入って直ぐに見えたのは玉座。その後ろにあるステンドグラスから射し込む光がそのものの姿を侵入者に見せつける。
「我が居城に入り込んだネズミがここまで辿り着けるとはな。まずはその勇気を褒めてやろう。そして光栄に思うがいい我が叡智の一部になれることをな」
玉座より立ち上がったのは牡牛のような角を天ではなく地に伸ばし、その点を除けば怪牛人と見間違える姿形をしている。だが、角以外にもその背には灰色のグリフォンのような翼が一対生えている。
【Haagenti / LV50】
「名前、LVは情報通り」
アーヤは識別系スキルを発動させてそのステータスを視た。しかし視ることができたのは名前とLVのみ。それ以外は残念なことながら妨害されて視れなかった。
識別系スキルの妨害をしたハーゲンティは侵入した七人に注視する。【簡易鑑定】で視れるのは名前とLV、そして職業程度ではあるが、高位スキルでない限り鑑定妨害は行えない。
「む? 半血を送り込んで来るとは――舐められたものだな!」
ハーゲンティの怒りと共により禍々しいオーラが解き放たれた。その視線の先にはリリーがいる。
「魔王が没し種族強化がなくなり、悪魔の力が衰えたとは言え、それは天使共も同じ! 新たな使徒を送り込んで来ようとも百年前と同じように捻り潰してやろう!!」
即死魔法が放たれた。が、それは地形効果などで状態異常『負』を持つ者が対象。侵入する前に『聖水』を飲んでいたため、地形効果で1時間に1度なる状態異常『負』は持っていない。
そのため、それは不発に終わった。
「今ので死んでいれば良いものの……まあ、良い。苦しみの中で死にたいと言うのなら永遠の苦しみの中でその選択を悔いるが良い」
ハーゲンティは玉座より立ち上がり死の宝珠が嵌められた竜の骨を削られた杖を構え、魔法を詠唱する。
◇
ダンジョンボス。フロアボスなどよりは強い。しかしエリアボスのバラザードよりかは勝機がある。それは二体のLV差があり過ぎるからだろう。
「タメが、長いのが来るぞ!!」
と言ったのは重戦士。彼は戦闘が開始してから小巨人身を隠すことのできるほど大きい楯で守っていた。
だが、楯は縦に割れて死んでしまった。
楯無きあとはOSを使いながら攻撃を受け止めていたが、その足掻きは終わってしまった。ポルックスは回復不可能な状態異常を受けてしまい継続HP減少魔法により――ついにHPは底に着いてしまった。
強制ログアウトしてしまっているため、ログインしてリスポーン先から戦闘中にここへ来るのは不可能。
「タンクが抜けての戦闘……」
シグマの顔が苦虫を噛み潰したようになる。回避盾としてならリリーが行える。だが、ボス戦で回避盾など意味がない。広範囲攻撃を受け止めることができなければ、後衛にまで攻撃が通ってしまう。
盾役が一枚でのボス戦は流石に無謀だったのか。最速クリアを目指し人を厳選しなかったため、これで終わってしまうのか。
「あ、私がやろうか?」
思考の奥底で足掻いていた時、その声で間が抜けてしまった。
アーツは使用をしてから発動されるまでの時間がかかる。その間の時間一定以上のダメージを受けるとキャンセルされる。
アーヤはクリティカルを連発し大技のキャンセルを何度も行っていた。
「え!? できるのか!?」
「まあ、翻弄くらいなら……」
回避盾では後衛に攻撃が通る。だがしかし、彼女には何か手があるように見えた。
「私がそのまま倒して来てもいい?」
「……それ、死亡フラグだから」
冗談かどうかは定かではないが、アーヤが言ったそれは死亡フラグでしかない。
リリーに苦笑いされたアーヤは「まあ、時間稼ぎくらいはできると思う」と伝えてからアクティブスキルを全て発動させる。
その全てが発動状態となるのは5分。その間ならばハーゲンティの雨のように降り注ぐ攻撃の嵐を避けることもできるかもしれない。
「……わかりました。お願いします」
この選択がどうなるのかはわからない。だが、勝利のためには彼女に任せるしかない。今の内にHPMPSPを回復させて武具も修復する。
いつでも戦闘に参加ができるように気を配りながら。
◇
弓に矢を番えてOS[空間跳躍]を発動させる。そして矢を放つ。真っ直ぐ顔面に向かって飛んでいく。しかし、途中で消える。
ハーゲンティに弾き飛ばされた訳でも止められた訳でもない。
[空間跳躍]の効果を得て移動したのだ。
「やっぱり」
踏み込みさえしていれば、移動対象は何でもいい。OSの進化にはアイテムが必要不可欠ではあるが、成長は使い使えばスキルのように自ずと順応していく。
再び矢を番えて放つ。
悪魔はすぐさま行動する。先ほど当たった矢はそこまでだったが、これ以上されると困る。だからこそ、すぐさまそれを潰さなければならない。
【速射】によって放ちつつ壁際に向かう。
「もう逃げ場はないぞ! 最期の悪足掻きで何かしてみるか?」
牛顔が奇妙に歪み不気味な嗤い顔ができあがる。左右の炎の壁の中には土壁を生み出しているため抜け切るのは不可能。
【立体機動】【跳躍】そして【壁面走行】によって壁を登り天井へと辿り着く。
「舐めるな!」
怒号と共にメキメキと言う音が悪魔の背から鳴り響く。そして、グリフォンのような翼が生え変わった。
「……悪魔だからアリだけど、それは……」
ビジュアル的にもう少し何とかならないのか、と彼女は思う。どうせなら最初からあってもよかったとも思っている。
「フハハハ!! どうした! お得意の弓矢で射らないのか」
Arya:準備できました?
◇
弓を左手で矢を右手で持ちながらハーゲンティの魔法の嵐を紙一重で避けていくアーヤ。そしてその隙間を縫うように矢が進んでいきハーゲンティに直撃する。その姿は流石の一言しか言うことができない。
「さすがにPSだと勝ち目なしか……」
プレイヤースキルのポテンシャルが高いことに察していたが、ボスモンスターを圧倒するまでとは考えてもいなかった。
「……武王に劣らない操作技術なのか」
シグマも彼女の動きに戦慄に似た感情を抱いた。VR戦闘を数々のタイトルで優勝し続け、日本内最強のプレイヤーと呼ばれる拳の聖戦士。
「ああ、たしかに……アレは日本でトップクラスだけど、アーヤは違うよ。どれかひとつに絞ってさえいれば世界すら狙える才能の持ち主だから」
武王は同条件下でそれも日本国内で一番と呼ばれている。リアルを捨て仮想のみの世界で生きている。
だが、アーヤの場合は仮想世界での戦闘もさることながらリアルの方も高い。
「そうなのか?」
「そうだよ。まあ、それに妥協することはありえないけどね」
シグマが口を開けてどういう意味なのかを聞こうとした時、爆音が轟き壁にアーヤがぶつかった。
そしてアーヤひとりにヘイトが集中し単体攻撃に限られていた脅威が五人へ向けられる。
「我は負けんぞ!! 暗黒神様のお力を貴様ら稚魚に見せてやろう!!」
灰色の翼が黄金に変わる。
『錬成の悪魔』と称される力が振るわれた。水をワインへ、卑金属を貴金属に変える『神』の如き力をようやく解き放った。
「OSを解放させて一気に畳み掛けます!」
シグマがOSを発動させて味方全員のステータスを底上げさせる。
「[合体開放]、発動!」
ディッパーが所持していた武装がひとつになっていく。
MPを全て消費して発動するOS。正しく、必殺技と呼ぶに相応しい一撃が放たれた。
カミィは[崩流拳]を発動させて飛来する魔法を消し去りながら距離を詰めていく。
苦悶の表情を浮かべながらも怨念の炎を燃やし続けるハーゲンティ。
シグマの援護を受け続けるディッパーとカミィ、そしてリリーは効果が消える5分の間、どれだけハーゲンティのHPを減らすことができるのかがこの激闘の決着を左右する。
◇
「リーダー……回復を……」
外部装甲はハーゲンティの猛攻に耐えることができなく、破損してしまった。だが、HPは虫の息ほどしかないがまだ残っている。
「死亡判定出てないから生きてるのは知っていましたが……大丈夫ですか?」
パーティーログにはオスとポルックスの死亡が残っている。だが、彼女のなまえは現れなかった。そのためまだ生存はしているのだろうと思っていたが、戦えるかがわからない。
「【思考加速】がもう少し早く順応してくれれば……」
取得したばかりで十全にその能力を活かし切れておらず序盤は攻撃から完全に逃れることができていなかった。
順応さえもっと早くされていれば、最後の接触も何とか避けることができていたはず。
「そうですか……一旦休憩を。必殺技を出し切って倒せるかどうか微妙になりました」
金ピカとなったハーゲンティの防御力が急上昇したらしく、三人の猛攻を凌ぐのは間違いない。手はまだまだ残されているが、それはハーゲンティも同じと考えるのが妥当。
「了解……」
アーヤはリーダーに渡しておいたポーチを受け取り回復薬を呷る。だが、それでは欠損を修復することはできない。
ハーゲンティによって潰され消えた右足を見て深く溜息をつく。
◇
五分が経過し、シグマのOSの影響が消えた。だが、ハーゲンティは猛攻撃を凌いだ。
雨あられが過ぎ去ったのだと理解したハーゲンティは
「ハァーハッハッハー! それで終わりかッ!? 『死の共有』!!」
範囲内にいるもののHPを自身の現HP/総HPでかける。そして減らした分だけ自身のHPが減少する。
ボス化の影響によりHPが高くなっているが、『死の共有』の効果によりハーゲンティのHPは遂に総HPの1割以下に突入した。
「貴様らの勇気はここに潰え、その冒険は無に帰す。さあ、失せろ、消えろ、死の亡霊に成り果てろ! ――〈サモン・アンデッドアーミー〉」
死の軍勢が現れた。
リリーは[神性剣]を発動させて装備全てに神性属性を付与する。
今まで発動しなかったのはもしもの備えていたからではない。あらゆるものを防ぐこれはOSと言えどもその強化が無効化される。
「ハーゲンティ! 貴様が犯したその罪を今こそこの手で潰す」
「何を言い出すかと思えば……この世で生まれ生きていないものが罪を語るか。面白い。面白いぞ!」
高らかに嗤うハーゲンティ、カタカタと音を鳴らしたり呻き声を上げる死の軍勢。それに矛を向けるリリー。
永遠に思えたボス戦も遂に終幕の兆しが見え出した。