〝EFREET'S DAWN〟
竜に似たモンスターが住まう大森林の片隅には白亜の壁で円を画きその中心には大きく立派な城が建っている地域がある。その城には建設以来踏破されていない迷宮が人知れず存在する。
そして迷宮の最奥――玉座の間に八人の完全武装した少年少女達が到達を果たし待ち構えていたモンスターを激闘の末見事撃破した。
「やりましたね! 快挙です! 初クリアですよ!」
未だ誰も成し遂げていなかった栄誉を手にしたことに喜びを隠し切れない。
「――いや、待て! ログが流れていない!」
モンスターを撃破したログが流れてたというのにダンジョンをクリアしたというログが流れていないことに気がついた。
激闘の末倒したモンスターがダンジョンボスではないことに意識が向いた瞬間、即座に逃亡という単語が脳裏を過ぎった。
ポーチから迷宮脱出用のアイテムを取り出して使用するが……転移が起こらない。
煌びやかな扉――入口へ向かおうと背を向いた瞬間、壇上にある天蓋の向こう側から声が発せられる。
「――我が領域に立ち入り、我が袂まで辿り着こうとは……しかし、策があっても所詮は児戯。如何に浅ましく如何に愚かな行為だったのか、その愚挙を以て魂に刻むがいい」
天蓋の正面が勢いよく開かれ今まで隠れていた姿が晒される。
八人を待ち構えていたのはこの迷宮のダンジョンボスにしてこの国の王。白を基調とし金色の線が幾本か流れた石製の椅子に座り漆黒に染まった全身鎧をその身に纏っている。
「既にここは[支空之冠]の領域。如何なる空間、時空の能力を使おうとも逃れることはできない」
ヘルムの上には赤色に輝く冠のカタチをした光がある。
「やはりいたか! ――赤の聖星ッ!」
「ほう、色付きを持ってすらいない若造か……――まあ、よい。その蛮勇に免じ我自ら永久の眠りへ誘おう」
少年少女達は傷ついている武器で、半壊している防具で、真のダンジョンボス――いや、ダンジョンマスターと闘わねばならない。
この玉座の間に入る前までは戦闘後すぐの戦闘は念頭には入ってはいたが、度重なる戦闘と先ほどのボスだと思っていた戦闘でほとんどの消耗品は尽きている。
武具の耐久値を回復するアイテムはあるが、使う暇はない。
他の面々が何とかして離脱をしたいと思っている中、このパーティーのリーダーを務める少年は一歩前に出る。
「僕はお前を倒し星を揃える!」
「面白い。幾星霜の刻をカけて星を得るために全てを賭す愚者よ。赤色聖星の二つ名を有す我を前にしても、揺るがぬ勝気を迸る理由を証明してみせよ」
エラキスは立ち上がる。すると玉座と天蓋、壇上が下がりだし舞台へと誘う。
「とは言え、死の舞踊を見るのも辟易している。下らぬ舞踊を見ても心は揺れ動かん。素人に毛も生えぬ踊りなど気分が害する。――封鎖」
その言葉を呟くと、エラキスを中心に生まれた半球は薄緑色の過剰光を放出しながら広がっていく。
「この領域内はスキルもアーツも使用不能。諦観しその命を差し出せ。さすれば、痛みなく眠りに着くだろう」
「――僕には! 負けられない理由がある!! 逃げるなんていうことは許されないんだ!」
「ククク……ならば、痛み傷つきながらその無力を悔やむがいい」
扉付近より魔法の矢が飛んでくる。だが、エラキスに当たる前に掻き消える。
「この戦いに部外者は不要。見学ならまだしも、介入など……黙って見ているがいい」
無造作に手を振るうと七人がほぼ同時に浮かび上がり背面の壁にぶつかる。
「みんなッ?! ――よくもっ! お前はここで必ず――殺すッ!」
少年はどこからともなく一本の剣を取り出した。神器と呼ばれる16の最高位武装とどこか似た輝きを放つそれを握り締めて正面に構える。
そしてその眼は真っ直ぐとヘルムから覗いているであろう穴を睨み付ける。
「その輝きは神――いや、聖剣と言った所か」
「ああ、そうだ! お前達を倒すために手に入れた最強の力だ!」
少年は鼻を高くした。相手がどんなに高い頂にいようとも届くことのできる最強にして最高の武器。あらゆるものを拒み切断する異能を秘めた武器を前に一角を担う者が驚いているから。
エラキスが解析鑑定を行うと【絶対切断】や【回復不可】と言った凶悪な能力を始め最強と呼んでしまうのも頷ける能力が備わっている。
「ふむ……少し面倒だな。まあ、よいか……」右腕を前に出して根源の名を告げる。「――[貢奪之笏]」
冠よりも少し暗い赤い光がその手に生まれ、王笏となる。そしてそれはただ装備を召喚するだけではない。冠と同じように強力な能力が秘められている。
「我が下へ」
少年の手元から聖剣が消えてエラキスの手元に出現する。
「どうした? そんな驚いた顔をして。言ったであろう? 所詮貴様は蛮勇で動いているに過ぎんと」
「……――返せ!! それは! それは僕の力だぞ!!」
「フン、偽りの力を自身の力を過剰に信じるが故に敗北を……いや、眠り往く者にこれ以上は無駄だな」
「負けるわけには……負けるわけには……負けれないのに……」
「唯一私に届き得る牙を失っただけで戦意すらも欠くとは……貴様の信念はあまりにもちっぽけな勇気だったのだな」
HPがなくなったことによりそこで終わるはずだった。死亡すれば淡い蒼炎が出現し第三者に蘇生されるか拠点で蘇生されるかを待つはず。
「眠れ……終決まで――」
彼のパーティーメンバーのみに《ログアウトしました》というログが流れた。
その疑問を晴らす前に残りのメンバーは抵抗虚しく死んだ。
「ふぅ……」
玉座に座り戦利品の確認をしている彼女は深く息を吐いた。一度全身防具を脱ぎ設定を自動戦闘モードに変更する。
「聖星戦争がまた……」
戦闘に勝利したことに拠点防衛に成功したことに対する喜びなどはなく、停滞していた戦いが動き始めることに対する面倒臭さがその言葉に詰まっている。
事の発端は一年前――正確には三年前もしくは三百年前まで遡らなければならない。