9話 ぶたれいじょうはかいわができるようになった!
部屋の前でしばらく待つとエリザベートを連れて奥方は出てきた。エリザベートは奥方の後ろに張り付きながら相も変わらず僕をにらみつけている。
「ほら」
そう言って奥方は後ろにいるエリザベートの背中を押した。エリザベートはいやいやながらも前に出て視線を僕にちらちらと向けてはそらすを繰り返し、何かを言いたげにしていた。
いったい何を言われることか。十中八九恨み言ではあるだろうが、僕は大人だ。八歳のクソガキの暴言を聞き流すことなど造作もない。
そう身構え、エリザベートを見ていた。
「……悪かったわね」
「え」
ろくでもない言葉を予想していた僕は意表を突かれ、間抜けな声を出す。
……いま、この豚はなんていったんだ?
「ベストール君、娘を頼むわね」
混乱していると奥方は満足げに微笑んでその場から立ち去って行った。それを拍子に僕は我に返る。
「お、お嬢様、何か変なものでも食べましたか?」
「……あんた、本当に失礼な奴よね」
「し、失礼しました……」
「母様に言われたから仕方なくよ。それで、あなたは私に何をさせようとしてるの?」
エリザベートは心底いやそうにそう言い放つ。いやそうとはいっても先ほどまでとは違って話が通じるのは大きな進歩である。
いや、失礼な話だけど、本当にエリザベートって、言葉が通じないんだよね。マジで。
奥方はいったいどんな魔法を使ったのだろうか?
不思議に思いながらも僕はエリザベートダイエットの説明を始めた。内容はいたって普通の早朝のマラソンと食生活の改善である。
しかしながら、それを聞き終えたエリザベートの顔はまるで汚物でも見るかのような引きつったものであった。
「ほ、本気で言ってるの?」
「あの、そんなにおかしいことは言ってないと思うんですけど……」
エリザベートは頭を抱え、その場にしゃがみこむ。
「野菜を食べるなんて無理よ!」
ええ……そこぉ?
「あ、あの、お嬢様、先ほども言いましたように肉ばかりだとお体にも悪いですし、カロリーが高すぎます。痩せるにはバランスよく食事をとらないと……」
「言われなくたってわかってるわよ! でもね、不味いものは不味いのよ! あんなものを口にする人間の気が知れないわ!」
いや、そんなこの世の終わりみたいな顔しながら言われても、こればっかりは譲れませんて。
「それに何? 食前にマラソン⁉ バカじゃないの⁉」
「バカじゃありません。脂肪を燃やさないことには痩せれません。あの、わかってるかどうかは知りませんけど、今のお嬢様って、かなりやばいんですよ」
「かなりって、何よ」
「怒りませんか?」
「この際だからはっきり言いなさいよ!」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
僕は深呼吸をしてしゃがみこみ、エリザベートと目線を合わせる。
「今のお嬢様は脂肪の塊です! 贅肉の化身です! 端的に言うと豚でs」
「ふん‼」
そう言い放つと強烈なビンタが僕の頬を襲った。そして勢いのまま僕は後ろに倒れこみ、頬を押えてその場にのたうち回る。めっちゃ痛い。
「お、怒らないって言ったのに……」
「いくら何でも言いすぎでしょ! もうちょっと言葉を選びなさいよ!」
「さっきも言いましたけど! その暴力的な部分も直してもらいますからね! あと、本当に本気でダイエットして、それから性格も直さないと、今のお嬢様の状態だと早死にしますよ!」
「早死に? 私が? どうしてよ」
あ、ヤバ……
勢いあまって僕はゲームの結末を口にしてしまう。
「ふ、太ってると、その、いろいろ病気になりやすいんですよ⁉」
「そ、そうなの?」
エリザベートは本気で不安げに口を開けて悲壮な顔をする。よかった。なんとかごまかせた。
「と、とにかく、今日から始めますよ! いいですね!」
「いやに決まってるでしょ! 話は聞いてあげてもいいけど、実行するなんて一言も言ってないわ! もっとこう、ほら、飲むだけで痩せる薬みたいな、楽なやつないの?」
エリザベートは反抗的ながらもどこか焦っているようにそう口にする。そんな便利な薬は現代日本であってもありはしない。
「ありませんよ! そんな薬があるんならはじめっから持ってきてますよ! ほら、観念してください!」
「い、いやぁぁ!」
そう言って僕は嫌がるエリザベートの首根っこをつかんで外に連れ出し、早速、初日のマラソンを開始するのであった。
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