84話 食事
「…………」
「…………」
沈黙。
僕は二人とともに昼食をとることを提案した。そうなれば当然、ニーナが待つこのレストランに足を運ぶのは必然だろう。
ただ、僕は貧民街のゴロツキを警備兵たちに通報しなくてはならないため、二人をニーナに任せてしばらくの間放置することにした。
それ自体は別に何ら不思議なことではないだろう。ただ、そのせいなのか、僕がレストランに戻ってくると、三人は何ともたどたどしい雰囲気をまとって沈黙していた。
話が続かなかったのだろうか。
確かにこうも見事に身分がばらけている組み合わせもそうはあるまい。話が合わなくてもそれほど不思議はないのかもしれない。
「あの、えーと、ただいま戻りました」
「おかえりなさい。早く席に着きなさい、客人をあまり待たせるものではないわ」
そういうとニーナは隣に座るようにと席を空けた。指示通り僕は席に座ると、机には冷めた料理に布がかぶせられていた。
ニーナも僕のことを待っていたのか、料理に手を付けていないらしい。
王子もアリーシャも先ほど料理が到着したのか、手を付けていない様子だった。そしてなぜか二人ともバツが悪そうな顔をしていた。
「なにがあったん」
僕はニーナの耳元で、顔を伏せる二人に聞こえないようにそう尋ねた。
「別におかしなことは何も。すこし注意しただけよ」
いったいどんな言い回しをしたのか気になったが、しかしそれは仕方のないことなのだろうと僕は無理やり納得した。
ニーナの立場上、出会ってしまったからには二人をいさめないわけにはいかないのだ。小うるさい女だと思われようともそれは仕方のないことで、だれも文句は言うまい。
ただ、二人の様子を察するに相当厳しいことを言ったのではないだろうかと心配してしまう。
「ま、まあ、料理も冷めてしまわないうちに食べてしまいましょう」
「私のはもう冷めてるわよ」
「なら我慢してください。さ、さあ、殿下もフローレンスさんも」
「……あ、ああ、いただくよ」
「……では、お言葉に甘えて」
なんとも重々しい雰囲気の中、昼食をとる二人は見ていてかわいそうだった。ニーナは本当にいったい何を言ったのか。想像するだけ無駄なのだろう。
「時に、」
食事中、唐突にニーナが口を開いた。それに二人はおびえるように反応した。
「お二人はお付き合いをされているのでしょうか」
「い、いや、そういうわけではない。たまたま今日はアリーシャと偶然出会っただけだ」
仮に本当に付き合っていたとしても王族と平民なのだから堂々とは言えないだろう。これが嘘か本当かはわからないが、まあ、たぶん本当だろう。
少なくともアリーシャが攻略対象と結ばれるためにはいくつかの山場を越える必要がある。それらしいイベントが起こった形跡はないし、お互いがどう思っているかは別にして、本当にアリーシャはまだ、ただのお友達という位置づけなのだろう。
しかし、ニーナのやつから二人が付き合っている、なんて発想が出るとは思わなかった。普通、王族と平民という身分差を考えればせいぜいアリーシャは遊び相手である。
そこをあえて恋人という位置づけとしたのは王子に対する配慮なのか。それとも、現状、自分の母親が平民の出身だからなのか。
「偶然、ですか。まあ、それならフローレンスさんにばかり非があるとも言い切れませんね」
「え?」
アリーシャはニーナの言葉が意外だったのか、声を漏らした。
「もし、仮にフローレンスさんが殿下をお誘いしたとなれば、殿下に危害を加えるために連れ出したとも受け取れます。そうなった場合……おっと、これ以上は言葉にする必要はありませんね」
ニーナの言葉を受けてアリーシャの顔はだんだんと青ざめていった。
確かにニーナの言う通り、そういう風に受け取られてもアリーシャは文句は言えない。
というか、今のこの状況であっても、王子の外出が外部に漏れたなら、アリーシャにそそのかされたということにして、王子の責任逃れを貴族たちが行いかねない。
その場合、アリーシャは間違いなく極刑であろう。
身なりだってそうだ。王子は打撲や擦り傷など、目に見える外傷を負ってしまったが、アリーシャは強姦未遂とはいえ、見た目に残るものは何もない。
この時僕はニーナがダークサイドに染まっていないことに心底安心した。なぜなら、原作通りのニーナならこれらのことを本気でやりかねない。何ならもっとひどい言いがかりをつけていたことだろう。
「めめめめ、めっそうもありません! わたしがフレデリック様に危害を加えるだなんて! 第一、私にそんな度胸はありませんし、そんな悪知恵が働くほど頭もよくありませんし、あと、こう見えて結構ポンコツで、この前もコーヒーに入れる砂糖と塩を間違えたくらいで! あと、えーと、それから」
「お、落ち着けアリーシャ。あくまでに仮の話だ。ニーナ嬢は話の分かる人物だし、それくらいはわかってくれている」
「は、はい……」
王子に返事をすると、アリーシャは枯れたアサガオのようにしぼみ、なんだか小さく見えた。
「先ほども言ったが今回の件は私の不注意が招いた失態で、彼女は悪くない。あまりいじめないでやってくれ」
「そんなつもりはないのですが……そうですね。いつまでも同じ内容を蒸し返すのも趣味が悪いですし、今回は目をつぶると致しましょう」
「あ、ありがとうございます……」
アリーシャはそういうと深く息を吐いた。なにか紫色のよからぬものが飛び出しているかのようである。
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