8話 お説教と豚娘
「エリザベート」
「母様……」
部屋に入るとエリザベートはベッドにうずくまり、涙で目元を真っ赤にはらしていた。姿かたちがどれだけ醜かろうとも自分の娘のそんな姿に奥方は心を痛める。
しかし、同時にこれは仕方のない、当然の報いのようにも思ってしまった。ベストールがエリザベートからひどい仕打ちを受けたことを奥方は知っていたのだ。
「母様! 今すぐあの無礼者をこの家から追い出してください!」
エリザベートはベッドから下りるや否や奥方にそう懇願した。
「なりませんよ。エリザベート」
「どうしてですか! あの者は私のことを豚のようだと言ってきました! あんな人間に私の指導などできるはずがありません」
「エリザベート」
「それに、私が臭いとも」
「私の話を」
「私のファッションセンスも何もかも否定して……」
「黙りなさい」
奥方は普段とは違い、低い声で脅すようにエリザベートにそう言い放った。
「ヒィっ」
エリザベートは奥方が怒鳴る理由がわからず、委縮する。
「私の話をよく聞きなさい」
そう言って奥方はエリザベートに歩み寄り、その場にしゃがみこんで目線を合わせる。
「ねえ、エリザベート、どうして彼があなたにそんなことを言ったのかわかる?」
「それは……あ、母様です! 母様が少しくらいなら大目に見るといったからあんな分不相応な……」
「不正解。いくら私があの子に少しばかりの許しを出したとしても普通、あんなに言ってきたりするものじゃないわ」
「じゃ、じゃあ、いったい……」
「わかってるんじゃないの?」
「…………」
まっすぐとエリザベートの瞳を見据える奥方に対して、エリザベートは後ろめたいことがあるかのように視線を逸らす。
エリザベート自身も本当は気が付いているのだ。すべてがすべてを受け入れることは難しくても、それでもやはりベストールの言葉に思い当たる節があるのだ。
それでも、八歳の子供が自分の非を認めることは難しく、なかなか謝罪の一言が言い出せない。子供とはそういうものなのだ。
それを知ってか知らずか、奥方は優しくエリザベートに微笑みかけた。
「エリザベート、つらいことから目を背けるのって、あんまりいいことじゃないの。確かにそういうのも必要になるときはあるわ。でも、そんなのはほんの一握りのことでしかない。だからね、子供のうちから直しておかないと、大人になってから大変なのよ」
「そ、そんなの、知らない……」
「エリザベート、あなたはとっても幸運だわ」
そう言って奥方はエリザベートを強く抱きしめた。
「え……」
「だって、私が子供の時はベストール君みたいに、私のことを注意してくれる子っていなかったもの」
「い、いりません! あんな者」
「そう? 私はあなたには彼が必要だと思うわ」
「どうしてですか!」
「だって、今のあなたじゃ、同い年の子なら普通はみーんな逃げ出しちゃうもの。たぶんあの子だけよ? あなたのことを根気よく見続けてくれる子って」
「……」
ぐうの音も出ず、エリザベートは情けなく黙り込んでしまう。
自分の性格が悪いことをちゃんと理解しているのだ。しかし、体が、口が、頭よりも先に無意識のうちに動くのだ。
生まれてからずっとわがまま放題だった箱入り娘にいまさら自分を変えることなどできない。そう、エリザベートは無意識に感じていた。
「ねえ、エリザベート、少しだけ、ママのわがまま、聞いてくれる?」
「……なんですか?」
ふてくされた声でエリザベートは返事する。
「ベストール君と仲直りしましょう」
「う……」
二つ返事とはいかず、エリザベートは口をふさぐ。自分が悪いとはわかっていてもプライドが許さないのだ。しかしそれでも、さしものエリザベートも奥方の優しい言葉にコクッと首を縦に振り、渋々、承諾するのであった。
「ありがとう」
奥方は優しくそう告げるとより一層エリザベートを強く抱きしめた。その際、エリザベートからはまるで猛獣のような異臭を感じたものの、そんなことは一切気にすることなく奥方はエリザベートを抱きしめた。
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