76話 休日
「休日にこんなにかわいい女の子と出かけられるんだから、少しは楽しそうにしたらどうなの?」
エリザベートにさんざんにサンドバックにされたその翌日、僕は安眠を妨害されてニーナに城下町に連れ出されていた。
曰く、護衛も連れずに伯爵令嬢がむやみに外を出歩くなどあってはならないらしい。
とはいえ、させられていることはただの荷物持ちである。しかもこの女、目に留まったものを片っ端から欲しがるため、すでに視界が遮られるほどの荷物を持たされていた。
「いつにもまして不景気な顔してるけど、何かあったの?」
僕がイライラしていることを見透かすように少しだけ口元を緩ませてそういうニーナにもはや僕は何とも思わなかった。この女はこういう人間なのだ。
「いきなり叩き起こされて荷物持ちをさせられてたらそりゃ、不景気な顔にもなるっつうの。まあ、理由は別にあるけど……」
「?」
僕は端的に昨日の放課後に起こった出来事を話した。ある程度は僕の事情を察しているからこそ、ニーナにもその状況のまずさは理解してもらえた。
「それはヤバいわね。どうするの?」
「どうしようもないから困ってんだよ……」
「ま、まあ、ご愁しょ……」
ぐぅ~。
その時、間抜け腹の虫が周囲にこだました。なかなかの音量である。音源はニーナの腹のようであった。
「お前なぁ……」
「しょ、しょうがないでしょう! 私だって人間なんだから! ほら、あきれてないで、どこかおいしいお店に連れてって!」
なんでそうなる。僕を連れ出したのはお前なんだからそのくらい自分で目星つけとけよ。
「貴族の口に合うかは知らんぞ」
「別にいいわよ。そこまでべストールに期待してないわ」
「あそ……」
僕はあきれ半分にそう返事をすると大通りにある小奇麗な料亭にニーナを案内した。
前々から入ってみたかった店だったし、ここからはそれほど距離もないため、タイミング的にはちょうどよかったのかもしれない。
「へぇ、案外趣味のいいところじゃない。まずまずってところね」
「前に王都に来た時にアーギュから教えてもらったんだよ。僕も来るのは初めてだけど、ミートドリアが絶品らしい」
満足げなニーナの反応に少しだけ僕は得意げにそんなことを言った。
アーギュはこちらに来ていた間は平和ボケでもしたのか、有り金をすべて食べ歩き等に費やしていた。ここもそんな店の一軒である。
「ふぅん……」
ニーナは生返事を返すと、さっそく店に入っていった。僕も中に入ろうとするが、荷物がかさばってなかなか入ることができず、周囲から異様な目で見られる羽目になった。
まあ、僕がそんなことをしなくてもニーナの風貌は平凡な庶民からすればずいぶんと目立つものである。着ている服も、整いすぎた顔も、すべてが周囲の目を引き付けるのだ。どちらにせよ、この状況は免れなかっただろう。
僕はもはやその状況を割り切り、周囲は存在しないとでも自分に言い聞かせて平然を装った。そして、一通りメニューに目を通すとニーナのものと一緒注文した。
「しかし、本当にまずいことになったわね。なにか対策は思いついてないの?」
「これが一つもないんだなぁ……。完全に手詰まりだ。いっそのこと、腹をくくって今から騎士をやめるのも一つの手かも……」
「別にそんなことしなくてもいいんじゃない。多少はエリザベートの悪評からあなたに飛び火する部分はあっても、直接的に攻められることなんてほとんどないと思うんだけど。せいぜい、平民上がりに大きい顔をされたくない貴族からしょぼい嫌がらせをされるくらいなんじゃないの?」
「だといいんだけどな……」
確かにニーナの言う通り、ほんの少しクラウディウス家に仕えていただけの僕が大きな被害を被ることは考えにくい。
しかし、それは常識的な観点から見た話であって、この世界ではそれが通用しない可能性があるのだ。だから僕はエリザベートの一挙手一投足すべてが恐ろしくあり、ひとしく恐怖の対象なのだ。
もし仮にゲーム通りに事が運んだなら僕の破滅は免れないだろう。
まあ、もうすでにかなり原作とはかけ離れた状況ではあるため、あの物語通りになるとも限らないのだが、わずかにでも可能性がある以上は無視できない。
いまさらながら、過去にもう少しうまく立ち回れたのではないかと後悔してしまう。
「ねえ、少しだけ確認していい?」
僕が頭を抱え込んでいると、ニーナは唐突にそんなことを口にした。
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