75話 月夜の騎士
日の暮れた静かな裏庭で僕は一人、月を眺めながら今後のことを考える。
この状況は非常に不味い。いまさらになって王子の考えていることが何となくではあるが理解できた。
あの王子はエリザベートに三行半を渡すための口実を作ろうとしているのだ。
ここ数週間、エリザベートが問題行動を起こさなかったから油断しきっていて、ほかのことに目が向いていなかったが、おそらく、攻略対象たちとアリーシャのイベントは着々と進んできていたのだろう。
フレデリック王子も例外ではなく、そろそろアリーシャとも親密な関係になってきたはずだ。そして王子に問題が出てきたのだ。彼はエリザベートの婚約者なのだ。だからエリザベートと縁を切るための口実が必要なのだ。
フレデリック王子は見合い話が面倒だから将来的に自分に合った伴侶を見つけるためにエリザベートとカモフラージュのために婚約してる。
あの女であればたたけばいくらでも埃が出てくる。そのうえ、身分もそれなりに高い。王子にとっては最適な相手であったことに違いない。
うかつだった。エリザベートがまともになれば王子に婚約を断られても処刑エンドは回避できると思っていたのだが、完全にエリザベートのやる気そのものをそがれてしまった。
まさかあんな横槍をさしてくるなんて予想できるわけがない。どうしようもないじゃないか。
僕は自暴自棄になり、服が汚れることも気にせず地面に仰向けになった。
どうしたもんかなぁ……。ぶっちゃけ手詰まりだ。こんな状況では月にでも吠えてやりたい気分だ。
そう思った時だった。
「貴様、こんな時間にこんなところで何をしている」
倒れこむ僕をのぞき込むように少女が僕に声をかけてきた。髪は銀髪、背格好はニーナよりも少し高いくらい。女性にしては高い方だろう。顔は特段美少女というわけではないが普通というには少し整いすぎている。中の上から、上の下一歩手前といったところだろう。
制服に家紋があることからどこかの貴族であることはわかるが、知らない家紋である。
「月を眺めているのです」
「その割にはずいぶんとズタボロみたいだが」
「これは階段から落ちまして。ですからこうして休息をとっているのです」
「作り話だな。そんな話を信用すると思っているのか?」
「別に、信じてもらう必要はありませんからね」
そう言って僕は身を起こした。どうせこの少女と会うのはこれが初めで最後だろう。こんなキャラクターは僕は知らない。よってわざわざかかわる理由もない。第一、こんな時間に出歩いている変な女と好き好んでかかわる必要もない。
「こんな時間にあなたこそ、どうかなさったのですか?」
自分への興味をそらすためにあえて僕は会話を続けた。
「私は毎晩ここで鍛錬を行っているのだ」
「へぇ……鍛錬ですか」
よく見ると、というかよく見なくても少女は直剣を装備していた。女性が武器を持つことはかなり珍しい。戦場でもほとんど見なかった。
きっとなにかワケありなのだろう。そう思い、僕は特に言及しなかった。
「頑張ってくださいね」
「理由を聞かないのか? 女が剣を持つなど、たいていの人間からは不思議がられるのだが」
「まあ、気にならないことはないですけど、人それぞれですから」
「私のほかにも武器を持つ女性を見たことがあるのか?」
「ええ。見たことありますよ。めっぽう強い女騎士をね」
「ほう……それは会ってみたいな」
少し驚いたような顔をした後、少女はそういった。おそらく自分以外のそういう人間を見たことがないのだろう。
「すこしだけ、私の鍛錬に付き合わないか?」
「構いませんけど、初対面の男に対して少しばかり気を許しすぎでは?」
おそらくは自分と、僕の出会った女騎士、まあ、この場合はリンネとを比較してほしいのだろう。
だがしかし、一応僕も武器は持っている。武器を所持した見ず知らずの男と夜に二人きりというのはあまり好ましい状況ではないはずだ。
「私を襲うのなら最初に襲ってきていただろう? それに、私はこう見えてそれなりに強いのでな」
そういうと、少女は鞘から剣を引き抜き、剣舞を僕に披露した。
感想としては、確かに並みの兵士では歯が立たないであろうと思わせるものだった。ただ、当然というか、隊長格の連中と比べるとやはり見劣りする。
それでも剣舞は美しく、基本に忠実なものだった。しいて言うのであれば少し筋力が足りていないのか、見る人間から見れば、刀身に振り回されているように感じた。
「どうだ?」
ほんの少しだけ自慢げな顔を浮かべて少女はそういった。自分の剣舞に自信を持っているあかしだ。こういう自信は実践の場でも大事だし、悪いことじゃない。
「素晴らしかったと思いますよ」
「……反応が薄いな。貴様の会った女騎士はそんなにすごいのか?」
「いえいえ。あなた様に比べればそんなことはありませんよ。本当に素晴らしい剣舞だったかと」
あまり本当のことを言って機嫌を悪くしても仕方がない。今夜限りとはいえ、関係が険悪になるのは好ましくないだろう。
「ほんとだろうな」
「本当ですよ。嘘をついても僕に得なんてありませんからね。それでは、鍛錬の邪魔になるでしょうし、僕はこの辺りで」
「あ、おい!」
そう言って僕は足早にその場を離れた。少女にとっての僕はきっと変な男だった、という程度のものだろう。
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