64話 宴
会場の門をくぐると、そこはまさに別世界だった。会場は普段は王との接見の間として使用される、城の中央に位置する最も広い部屋なのだが、ステンドグラスや大理石の大きな柱などが彩られ、華やかな雰囲気を醸し出している。
また、その場にいる貴族たちも特別な席ということもあり、豪華絢爛な衣装に身を包み、この数年、戦場の泥臭い雰囲気に慣れてしまった僕には異常なものに見えてしまった。
しかし、そのような状況でもなお、ニーナの美しさは周囲の目を引いている。
エインベルズ家の令嬢ということも影響していると思われるが、それにしても男たちの見る目が違う。十四の少女が醸し出していい雰囲気とは到底かけ離れているのだ。
こんな状況でもニーナは顔色一つ変えることなく悠々と歩みを進める。
もはやこのような視線には慣れているといった様子である。
しかし、内心ではきっと、見世物にでもなったようであまりいい気分ではないだろう。この後みっちりと愚痴を聞かされることになるのは火を見るよりも明らかだった。
「お父様。お待たせしました」
ニーナは会場に着くなり、一目散にグラハム様のもとに向かった。
「遅かったじゃないか、ニーナ。ベストール、君ももう少し早く来るべきだ。君は今日の主役の一人なのだから」
あなたの娘に長い間拘束されてたんですよ。
「申し訳ございません」
そこからまたも、グラハム様同伴でのあいさつ回りが始まった。今度はニーナがメインである。娘の顔をできるだけ有力な貴族に売り込んでおきたいのだろう。
ニーナほどの美女ならば嫁の貰い手に困ることはない。そして、この夜会には地方のみならず王都の有力貴族、具体的には公爵クラスの貴族が何人も出席している。いわゆる玉の輿狙いなのだ。
旦那様の気持ちはわからないでもないが、僕の隣を歩くニーナの表情は仮面のような笑顔を張り付けていて、はたから見ればさほど変わったものはないが、僕から見れば無理をしているのは明白だった。
たぶん本人は今以上の生活を望んではいないのだろう。
一通り挨拶を終えるとニーナは静かにしかし、速やかに壁際に移動した。ハイヒールでよくあんなふうに動けるものだと感心してしまう。
僕は適当な料理をさらにとり、ニーナの隣に立った。
「えっと、お疲れ様です。お嬢様」
「うふふ、ベストールは優しいのね」
周りの目を気にしてあまり過激なことが言えないニーナは引きつってそう答えた。なんだか怖い。僕は扇子を手渡し、ニーナの横に立った。
ニーナは顔を覆い隠すように扇子を広げ、周囲に聞こえない程度の声で話し始めた。
「あー、あり得ない。あんな成金豚共の嫁になんか行くわけないでしょ! お父様も何考えてるんだか……」
あーあ。始まっちゃったよ……。
「大体、恥ずかしくないのかしら? こんな子供相手に鼻の下を伸ばして、嘗め回すように体中を見渡して。ばれてないつもりなのかしら? こっちは顔も合わせたくないっていうのに」
「…………」
僕は傍らで黙々と料理を食べながらこちらに向かってくる人間に注視するのみである。耐えろ、僕。ニーナの愚痴は今に始まったものではない。
しばらくの間、ニーナの愚痴を聞きながら相づちを打ちつづける。「ああ、そうですね」「ええ、その通りです」「お嬢様のおっしゃる通りです」とにかく当たり障りのない返事を返す。
「あなた、ちゃんと私の話、聞いてる?」
「ええ、聞いてますとも。右耳から左耳にかけて穴が開くほどに」
「それって完全に筒抜け状態じゃない」
「まじめにお嬢様の話を聞いていてもいいことなんてありませんからねぇ……」
「もしかしなくても喧嘩をうってるのかしら?」
ニーナがそういった時だった。会場の雰囲気が一瞬にして変貌した。別に、ニーナと僕の会話が外に漏れてたとかそういうわけじゃない。原因はもっと別の僕らに全く関係のないものである。
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