6話 豚令嬢の感性
「おはようございます。お嬢様」
「お、おはよう」
朝食を終えたエリザベートが部屋から出てくると、僕は丁寧にエリザベートにあいさつした。そしてエリザベートは部屋の前でずっと待機していた僕に対し、すこしの不信感を抱きながら返事をする。
「お嬢様、本日のご予定をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「とくにはないわね」
そう言ってエリザベートは僕のことなど目にもくれずに自室に戻ろうした。
特にない、というエリザベートの返事は、つまるところ、寝て過ごすという意味である。別に眠ることが悪いことというわけではない。
しかし——
「食べてすぐに眠られると、胃酸が逆流して食道炎になりますよ? あと、太りますよ」
「……なんですって?」
僕の言葉を聞き、エリザベートは足を止める。そして怒り心頭といった風にこちらをにらみつける。
「私のすることに、なに? 文句でもあるのかしら? 言っておくけど、あんたなんて私の一言で親もろとも……」
「お嬢様、口が汚いですよ? 何をお怒りになられているのですか? 別に僕はお嬢様の行動に文句なんてありませんよ。ただそうした場合、そうなる、と言ったにすぎません」
「それが文句っていうのよ! あんた、何様のつもり⁉ お父様に言いつけてやるんだから!」
「ああ、言い忘れておりましたが、奥方様より、昨日、お嬢様の指導役になるようにと仰せつかりまして、その際、多少のことであればおおめに見るとも」
「なん、ですって……」
エリザベートは僕が指導役に奥方公認でなったことを聞くや否や、信じられないといった表情で唖然とする。
さしものエリザベートもさすがの奥方様には頭が上がらないらしい。
虎の威を借る狐のようではあるが、今はなりふり構っていられる状況ではない。この立場をフル活用させてもらおう。
「お嬢様」
「な、なによ」
エリザベートは僕の言葉を聞くなり、一歩後ろに下がって身構える。
「お嬢様、僕と一緒にダイエットしましょう!」
「……は?」
エリザベートは先ほどまでとは打って変わって間抜けな声を出す。
僕がダイエットを進める理由は二つ。
まず、ダイエットを口実に食生活の改善ができる。あんなわがまま放題の食事ばかりをとっていればそりゃ、わがままにもなる。
二つ目は、見てくれがまともになれば、もしかするとエリザベートを娶ってくれる貴族が現れるかもしれない、というものである。
作中ではエリザベートは十二歳の時に侯爵家の娘ということで第三王子と婚約する。
しかし、とうの王子さまは、縁談が面倒だという理由から、エリザベートを縁談を断る理由にするために婚約したに過ぎないのだ。
そして王子さまは物語の本編でエリザベートに婚約破棄を突きつけ、主人公と結ばれる。というものである。
つまり、エリザベートが王子と婚約しなければバットエンドへつながる重要イベントの一つをつぶすことができるのだ。
これは何としても成功させたいところである。
「お嬢様、鏡をご覧になられたことはございますか?」
そのためにもまずエリザベートをその気にさせるところから始めなければならない。
作中においてエリザベートは競争意識が強く、相手を見返してやろうという魂胆からとんでもないことしでかすキャラクターだった。なら、それを利用しない手はない。
「バカにするのも大概にしないさい! あるわよ!」
「あるんですか? じゃあ、何がみえましたか? 何を思いましたか?」
「ふん! 美しくて高貴な私以外に何が見えるっていうのよ。まさに美の結晶ね」
どこからその自信がわいてくるんだ……。目ん玉、腐ってんのか?
「いや、普通に太ってるなーとか思わないんですか?」
「なっ、」
「お嬢様の今の体重はたぶん、僕の倍かそれ以上くらいありますよね? いや、痩せないと本当にやばいですよ」
「あ、あんた、失礼すぎよ! いったい私が何したっていうのよ!」
いや、これからいろいろやらかすんだよ。
「……はっきり言いますけど、お嬢様、ちょっと太りすぎです」
「—————‼」
エリザベートは直球な僕の言葉に、雷に打たれたようなショックを受ける。
「あ、あんたねぇ……! 言っていいことと悪いことの区別もつかないの⁉」
エリザベートは顔を真っ赤にしながら半泣きで僕に詰め寄ってくる。しかし、僕は容赦しない。
「少なくともお嬢様に心配されるほど常識に乏しくはありませんね。もっと端的に言いましょうか。まるで豚のようでございますよ。お嬢様」
「——ッ‼」
僕は満面の笑みでエリザベートにそう告げる。大してエリザベートは相変わらずである。はたから見れば、まるでそれは天国と地獄のようである。
「ついでですし、この際全部言っておきますけど、お嬢様ってめちゃくちゃ性格悪いですよね。命の恩人を蹴り飛ばすって、頭おかしいんじゃないですか?」
少し大人げないような気はしたが、僕は先日の仕打ちについてここぞとばかりにエリザベートを糾弾する。
「もとはと言えば、あれもお嬢様が太ってなくて、少しでも泳げたらあんなことにはならなかったですよね。」
「あ、あれはあんたがいなかったらあたしは泉に落ちたりなんか……」
「関係ないでしょう。僕はお嬢様を見てただけですから。そうやって人のせいにするのは楽しいですか?」
ぐうの音も出ないのか、とうとうエリザベートは口をつぐむ。それを機に僕はあらん限りのうっ憤をエリザベートにぶつけることにした。
それはまるで舞台劇のように瞳を閉じ、大きく身振り手振りを加えて行われた。
「あと、お嬢様、自分の体臭とか気にしたことありますか? なんていうか、お嬢様はちょっと汗をかくと、牛の乳を拭いたボロ布みたいな臭いがするんですよ。臭いです」
「……」
エリザベートは涙ながらに自分のあらゆる汗腺に鼻を寄せる。
「ファッションセンスも皆無ですよね。なんですか? そのドレス。今日はお祭りか何かですか?」
「……」
エリザベートは改めて自分のドレスを凝視し、落胆する。
「さっきも言いましたけど、性格も何とかならないんですか? 見た目も中身もダメとかこの先どうやって生きていくんでsグェッ‼」
僕が悠々とそう言い放った瞬間、腹部に覚えのある強烈な衝撃がほとばしる。そしてしゃがみこんだ僕をエリザベートは無言で全体重をかけながら踏みつける。
倍近い体格を持つ人間に踏みつけられ、この世のものとは思えない痛みに襲われ、僕はその場にうずくまった。
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