53話 絶望
「……ル」
誰かの声。うるさいなぁ。もう少しくらい寝させてよ。
「おい! ベストール!」
「うわ!」
目が覚めたその瞬間、アーギュの髭面が目の前に飛び出してきた。
「目が覚めたか!」
アーギュは心底嬉しそうにそういうと少しだけ涙を浮かべていた。
周りを見渡すとアーギュだけではないアルベインやリンネをはじめとした北方防衛部隊の幹部たちが集まっていたしかし、中にはこの場にいない人間もいて、それが僕の不安を掻き立てた。しかし、それでもなんだか聞くのが怖くてそれを口にすることはなった。
「僕はどのくらい寝てたの?」
「丸三日だ。その間にずいぶん戦況も変わっちまったよ」
アルベインは淡々とそう答えた。
三日。あの激戦から僕はそんなに長い間寝込んでいたのか。あの後戦況はどうなったのだろうか? 敵は今、どう動いているのか? 僕らのあの日の被害はいったいどれほどのものだったのか? いろんな疑問が浮かび上がる。
改めて深々と考え込むと僕は地面が揺れていることに気づいた。また、医務室にしてはずいぶん狭いような気もした。
「ここって、どこ?」
「……」
全員が口をつぐんだ。その反応からいやでもある程度の察しがついた。耳を澄ますと車輪の回転音と馬の足音。僕らは今、馬車で移動しているのだ。
そして、そろいもそろって幹部が全員一斉に移動っていうのはつまり……
「砦、守れなかったんだ……」
「……」
覚悟はしていたが、実際に現実を突きつけられると辛いものだ。
「で、でも、こうして移動してるってことは何か作戦があるんでしょ? エドモンドさんはなんて?」
「……」
僕が尋ねるも、誰も返事を返してはくれなかった。異様な雰囲気に悪寒が走る。
「ちょっと、なんてみんな黙り込むのさ? ほら、僕はもう起きたし、次の戦いにだって、……イタっ」
無理に元気にふるまおうとして腕を上げると激痛が走った。
「む、無理すんな」
「別に、そんなつもりはないんだけどなぁ……あははは。で、作戦は……」
僕が問いかけてもやはり誰も答えてはくれなかった。さすがに僕もこれ以上口を開く事はできなかった。
しかし、しばらくの沈黙後、アルベインが大きなため息をついたのち、静かに口を開いた。
「……んだ」
「え? ごめん、聞こえなかったからもう一回……」
「エドモンドが……死んだ」
(……え)
言葉が出なかった。何も考えられなかったし、脳が理解することを拒んでいた。突拍子もない事実に僕はただ唖然とし、虚空を眺める。
そんな僕を憐れむように淡々とアルベインは事のいきさつを話し始めた。
僕がリンネを連れてきてから眠り込んだこと。
あの時戦った将軍が、かのカルネラ将軍だったということ。
その直後、帝国の援軍が到着して間髪入れずに攻め込んできたこと。
激戦の末、砦は半壊。そしてエドモンドさんはみんなを逃がすために最後まで砦で戦って死んでしまったこと。
今は策もなくエインベルズ伯爵邸へ逃げかえっているということ。
そしてエドモンドさんの遺言を信じてエインベルズ邸を目指すべきか、はたまた手前の砦で全滅するその時まで国を守り続けるかで意見が二分していること。
とにかくいろんなことが一気に雪崩のように僕の頭に入り込もうとしてくる。それが僕にはまるで、精神を犯されるかのような陰鬱としたもののように感じられた。
しかし、そんなことよりもただ一つ、エドモンドさんが死んだということ未だに信じられなかった。
「以上が現状だ……」
アルベインはそういうと黙り込み、ただ、僕を見つめた。
その瞬間、新しい情報が入ってこなくなったその瞬間、走馬灯のようにエドモンドさんとの日々がよみがえってきた。
右も左もわからない中、エインベルズ領にやってきた僕のことをこの年になるまで面倒を見てくれたあの人はいうなれば僕の第二の父親のようなものだった。
前世の記憶があるとか、実父がちゃんといるとか、そんなのは関係なくて、あの人はこの世界で僕がまともに生きていくための術を教えてくれたかけがえのない人なのだ。
あの人は僕にとって、本当に、大切な人だったんだ。
そう思うと、ふいに涙があふれだした。
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