52話 特攻
死を覚悟し、ただ敵の首を求めに行く。日本にいたころの僕では到底不可能なことではあるが、今の僕にはそれが可能だった。
「雑魚に構うな! 退路は断たれた! ただひたすら直進しろ!」
四方八方を敵に囲まれ、命を預けられるのは二十名あまりの信頼できる仲間のみ。その仲間も振り返ればまた一人、また一人と瞬きの間に数を減らしていく。
それでも僕は獣のようにツヴァイヘンダーを振りかざし、己が鎧を返り血に染め上げる。弓矢の雨も槍衾も関係なく、満身創痍の自分の体をのどを嗄らさんばかりの雄叫びを上げて奮い立たせる。
アドレナリンの大量分泌による一時的な興奮状態。馬を殺されても尚、大剣片手に戦場を駆け回るその姿は敵兵たちからは死神と揶揄された。
そしてついに、ひときわ大きな帝国の旗が飾られた場所が目に留まり、そこには漆黒の鎧に身を包み、縦横無尽に斧槍を使いこなす将軍が死闘を繰り広げていた。
相対するは長身の女剣士。見間違えるはずもない。神速の刺剣を使いこなすリンネであった。
「今宵は運がいい。ワシと互角に戦えるものと三度も出会えるとは」
「カイルとハラルドをやったのはあんたね。絶対に許さない……!」
二人の実力はほぼ互角に見えた。しかし、早さで優るはずのリンネの攻撃が鈍重な斧槍に対応されるというのは明らかに異質であり、また、分厚い鎧が邪魔で攻撃が通らない。
放っておけばリンネが負けるのは確実であった。
そう悟った瞬間、僕は目の前に立ちはだかる兵士の心臓を一突きし、そのままその兵士の死体を肉の盾のようにして前へと押し進んだ。
「どけぇぇぇぇぇ!」
「ひ、ひぃ!」
あまりにも異様なその光景はその場にいる兵士たちの恐怖を駆り立てる。
「む、何事だ」
リンネとの戦いのさなか、一瞬、将軍はこちらに気を向ける。しかし、それでもリンネの攻撃をさばいていた。
この将軍は異常だ。リンネが勝てないのなら、僕でも敵わないだろう。そう僕が思った瞬間、僕の意思とは何ら関係なしに、恐怖におののいた帝国兵は逃げるように僕の通路から身を引き、僕と将軍までの一つの線となった。
(今しかない!)
僕は盾としていた死体を全力で将軍に投げつけた。
「フン!」
将軍はくだらないといった様子で何のためらいもなくその死体を真っ二つに切り裂いた。
「!」
「べ、ベストール!」
しかし、死体が投げつけられたその瞬間、僕もまた全速力で将軍の懐近くまで駆け寄っていた。
「くたばれ!」
全力の一撃を最高のタイミングで浴びせる。
「クッ!」
将軍は間一髪で僕の攻撃を受け止めた。しかし、体制を崩し膝をついた。それでもなお、鋭く僕とリンネをにらみつけてくる。その形相に僕は戦慄した。
勝てない。
確信じみた何かがそこにはあった。
その瞬間には僕はリンネの腕をつかみ、足早に近くの馬を強奪してその場から逃げ出していた。その時、作戦の失敗が決定した。
「四人目か」
去り際将軍はそんなことをつぶやいていた。
「怪我はない?」
しばらく走って敵も少なくなってきたところでリンネは口を開いた。
見たところ大した怪我はしていないようだったが救出しに来た側としては口にせずにはいられなかった。
「え、ええ」
少し動揺しながら返事を返された。
「あたしのことよりも、あんた、大丈夫なの?」
「僕?」
「その、出血とか、弓矢とか」
「え?」
リンネに指摘されて改めて自分の現状を確認する。無数の弓矢と切り傷。改めて指摘されると自分でもよく動けるものだと感心してしまう。
自分をほめたたえてやりたいものである。
そう思った時だった。
「おーい!」
遠くにアルベインの姿が見えた。その時、一瞬気を抜いてしまった。そして一気に抗いがたい眠気が僕を襲い、馬上で僕は意識を失った。
「助……かっ……た」
「べ、ベストール!」
落馬しないように僕の体を押さえてくれるリンネの声が気を失う前の僕の最後の記憶となった。
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