51話 襲撃開始
勝っても負けてもこれが最後の戦いとなるだろう。その場にいる兵士たちは皆、それぞれの覚悟を胸に整列し、ただじっと砦の門が開かれるのを待った。
「帝国の根性なし共の寝首をかいてやれ! 進め!」
望もうが望むまいが、時が来れば重々しく砦の門は開かれ、勢いよくリンネ率いる騎兵隊が先陣を切った。
しばらくして異変に気付いた帝国軍は危険を知らせる鐘を鳴り響かせ、臨戦態勢を整え始めた。やはり遮蔽物も何もない平野では夜襲も意味をなさないのだ。
敵が大勢を整える中、こちらは次々と持ちうる可能な限りの兵力を雪崩のように突撃させていく。そしてとうとう僕の出撃のタイミングが訪れた。
この期に及んでもはや躊躇はない。
「行くぞ! この戦いを最後に戦争を終結させるぞ!」
「「おおぉぉぉー!」」
ツヴァイヘンダーを掲げ、自分につく兵士たちを鼓舞する。それに続いて兵士たちもまた、雄々しく声を上げる。
「続け!」
馬の腹を蹴り、門を飛び出す。それに続き、数千の兵が列をなす。
前線ではすでに熾烈な白兵戦が繰り広げられていた。
僕らの部隊もほどなくして敵陣にたどり着きく。そして地獄とはまさにこの光景を指すのだろうと静かに周囲を一瞥した。
三年間戦ってきていい加減このような光景に慣れてしまった自分に辟易する。
血も、手も、足も、頭も、臓器も、もはや僕の心を動かすことはない。最近に至っては刃こぼれの少ない敵の直剣なんかが転がっていると、勿体なくて死体なんかよりもそっちに目が行ってしまう。
僕は深呼吸をし、心の中で一言、(これは仕事なんだ)と自分を諭した。
そして全速力の馬のその勢いのまま瞳に映る敵を捕捉し、その首めがけて刃を突き立てた。
実際の戦いとは本当にあっけないものなのだ。大概が最初の一太刀で勝負がつく。その兵士もまた例外ではなく、抵抗の間もなく命を落とした。
そして僕は血濡れた刃を掲げ、再度、兵士たちを鼓舞する。
「敵は寄せ集めの雑兵ばかりだ! 臆することは何もない!」
僕の言葉の効果あるのかないのか、兵士たちは次々に死地へ飛び込んでいく。その姿を見て僕もまた、敵陣深くへ切り込んでいかなければならなかった。
エインベルズ兵団は完全実力制である。隊長格の騎士あるいは兵士は無類の強さを誇り、ゆえにその下につく者たちは隊長たちに絶対の信頼を寄せている。
僕もエドモンドさんやほかの隊長たちに追いつけるだけの実力を兵士たちに見せつけなければならないのだ。それが彼らを率いるものとしての最低限の条件なのだ。
「ベストール!」
戦場を駆け回っているとアーギュがこちらに近づいてきた。ずいぶんあわただしい様子である。明らかに普通じゃない。何か嫌な予感がした。
「カイルとハラルドがやられた!」
「な!?」
耳を疑うような事実に僕は動揺を隠せなかった。開戦から二時間足らずにして主戦力の隊長二人が殺されたというのだから無理もない話である。
「全体の被害状況は!?」
二人が死んだことは信じられなかったが、それを追求するのは事ここに至っては無駄なことだ。問題はあの二人が殺されるほどの逼迫した戦況のほうだ。
悲しみを押し殺すように唇をかみしめ、僕は状況を確認した。
「先に突っ込んだリンネのとこはもうヤバイな、正直、隊としての体もなせてない。俺のとこもあまり長くはもたねぇよ。アルベインのほうはなんとかやってるが、このままじゃどうなるか分かったもんじゃないな……」
「隊長殿―!」
僕らが話し合っていると後ろから伝令がやってきた。
「なんだ!」
「砦への攻撃が始まります!」
「こんなタイミングで……」
敵への攻撃はまだまだこんなものでは戦争を継続されてしまう。ここで撤退すればただやみくもに兵を減らしただけでしかない。ここで撤退はあり得ない。しかし、このままここで戦っていたら砦が落とされる。何とかしないと……。
「アーギュ! そっちの精鋭を何人かこっちに寄越してくれ」
僕は意を決してそう告げた。
「どうする気だ」
「一か八か、この軍の大将の首を取りに行く。運がよかったら指揮系統がマヒして撤退してくれるかもしれない。ダメだったらリンネだけでも救出してくる。アーギュはカイルとハラルドの部隊を連れて砦を守って。アルベインには悪いけど残った僕の部隊と殿を任せよう」
「……わかった。死ぬなよ」
「……ああ!」
短く言葉を交わし、僕はわずかな兵を連れて前へ進みだした。
了承こそしてくれたもののアーギュはずいぶんと苦しそうな悔しそうな顔をしていた。僕みたいな子供を死地へ送り込むことにたいする罪悪感が芽生えたのだろう。
当然、僕は死ぬ。リンネを救出する、なんていったってそんなことができる可能性はほぼゼロに近い。でも、ここで何もしなければすでに死んでいった仲間たちへの冒涜であり、また、アーギュもここで自分が死ねば軍が機能しなくなることがわかっていたのだ。
すでに二人の隊長が殺されたことが確定している。これ以上、指揮官がいなくなるのはすなわち敗北を意味する。
その点、僕は都合がいい。指揮官代理ではあるが指揮官ではない。それなりの立場だから仕事を任せられても最低限の体裁は保てる。
守りに徹する代わりに僕が決死の特攻に出たとなれば可能性がゼロではないのだから十分言い訳になる。
もっとも、一パーセント未満の世界なのだけれど。
「さて、最後の悪あがきといきますか」
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