47話 決意
敵は退散していき、後に残るのは死体と捨てられた武器のみである。緑豊かな森はほんの数刻のうちに地獄と化し、死体の山を処理しなければじきに疫病がはやることだろう。
そんな中、僕は自分が殺した敵兵の死体のもとでわけもわからず涙を流していた。
本当に、どうして自分が涙を流しているのか、わけがわからなかったし、気持ちとしては、一刻も早くこんな血なまぐさい場所からは離れたかった。
でも、なぜかそれができなかった。
しばらくすると、敵の撤退を聞きつけた味方がこっちらへ到着した。その中にはエドモンドさんや、ほかの隊長たちも何人かいた。
でも、僕は軽く挨拶をするだけで、死体の処理を手伝うのであった。
その時、遠くのほうでアーギュとエドモンドさんが話していたが、僕には聞こえなかったし、興味もわかなかった。
「ベストールは……何があった」
「始まる前からずいぶん悩んでたみたいだな。そんで実際に戦ってみて本人なりに思う部分があったんだろう」
「そうか……。ずいぶん酷なことをさせてしまったのかもしれんな」
「騎士になるってんならいつかは必ず通る道だろ。遅かれ早かれ何もかわりゃしないさ」
「あいつは、生き残っていけそうか?」
「たぶんな。少なくとも、今回に限って言えば、恐ろしくすらあったねぇ。囲まれても平気で生還するし、倍近い体格のやつにも躊躇なく斬りかかっていきやがる。さすがにお前が育ててるだけのことはあったな」
「そうか……そうか」
僕は、遠くで話す二人のことなど気にも留めず、自分が殺した兵士の死体を火に投げ入れた。そして、その場に座り込み、ただ、その光景を眺めていた。
こうこうと燃え盛る炎は、火の粉を散らし、いっそ激しく燃え上がる。僕はきっと、この光景を忘れることはできないのだろう。そう、思った。
僕が彼らを殺したのだ。彼らにもきっと家族や友人、恋人がいただろう。この先僕は、それらの人々からの増悪を背負っていくのだ。
でも、それを一つ一つ受け止めることなどできはしない。この先僕が長生きをするためにはもっと多くの人間を殺すことになるだろう。そうなればその数も膨大なものとなる。そんなものを抱えて生き抜くなど、正気の沙汰ではない。
だから僕はこれから、これは戦争のせいなのだ、と責任転嫁し、それ以上深く考えないようにしなければならないのだ。そうでもしなければ僕の心は持たないのだ。
むしろ、そう考えこそすれば、自分の身近な人間を守るために自ら進んで戦場に立てる。そんな気すらした。
「ベストール」
ただじっと炎を見ていると、後ろからエドモンドさんが歩み寄ってきた。
「なんですか」
僕は振り向かず、ずっと炎から目を背けはしなかった。
「これから戦争はきっと激化するだろう。今回は勝てたが、次はそうとも限らない。だからまあ、こんなことを言うのはなんだが、……辛くはないか?」
「辛いですよ」
「……」
「辛くないわけないじゃないですか。この先のことを考えると心がつぶれそうですし、できることなら今すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたいですよ」
「……」
「でも、僕が逃げたって何にもならないんですよ。死んだ仲間は帰ってこないし、僕が殺した人も帰ってこない。今日一日で僕は人殺しになったんです。むしろ、僕が逃げ出せば、エドモンドさんの経歴に傷がつくし、団長の小姓が逃げ出したってことで軍全体の士気にも影響するかもしれない。辛いとか、辛くないとか、もうそんなんじゃないんです」
「……すまんな」
「エドモンドさんが謝ることじゃないですよ。それに、たぶん踏ん切りもつきました」
そう言いながら僕は立ち上がり、ズボンや鎧についた汚れを軽く払った。
「僕は、みんなのために戦います。だから、エドモンドさんは僕を使ってください」
かねてより、この人は少し過保護なところがあった。戦場に僕を向かわせる云々は置いておいても、わざわざこちらに連れてきて簡単な雑用ばかりを押し付けるなんて言うのはよくよく考えてみればおかしな話である。
名目上はこの人の補佐なのだから、実際に戦わないにしてもエドモンドさんについて行って戦場に行くことだってあってもおかしくはなかった。でも、それすらもなかった。
きっとこの人の中で僕は保護対象の一つなのだろう。年で言えば親子ほども離れているのだ。無理もない話である。
でも———
「僕は戦えます」
僕が戦うことはもはや必然なのだ。逃げることは許されない。この期に及んでは、もはや運命なのだ。だからこそ、いつまでも甘えているわけにはいかないのだ。
これが運命だというのであれば、黙って受け入れることしかできないのだ。
たとえどれほど僕の心がむしばまれようとも、僕が逃げることはすなわち、エドモンドさんの負担となる。そしてそれは、ひいてはこの場にいる兵士全員の損害へとつながるのだ。
僕は僕ができることを成さなければならないのだ。逃げることなく、目を背けることなく、僕が命を奪った人たちのために、死んでいった仲間たちのために、僕は苦しまなければならないのだ。
僕がそういい終えると、エドモンドさんは「わかった……」といって僕をまっすぐと見つめた。
その表情はずいぶんと悲壮なもので、本当にこの人は僕を不憫に思ってくれているのであろうことは容易に想像ができた。
そのあとも僕はただ一人、じっと燃え行く死体を見つめていた。その時、ふと思った。
「少しだけ、お願いしてもいいですか?」
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