46話 人殺し
考えれば考えるほど、思考はぐるぐるにかき乱され、動悸が激しくなる。
僕はこれから人を殺すのだ。もしかしたら、僕自身が殺されるかもしれない。でも、それだけで終わりじゃない。
僕が殺す人にも家族はいるだろう。その人はきっと僕を恨む。僕の父さんだって僕が殺されたなら殺した人間を恨んでくれるはずだ。
でも、それで父さんが戦争に出るようなことになったらどうしよう。
あるいは、殺した相手の血縁者、もっと言えば、僕よりも幼い子供が僕を恨み、殺しにかかってきたとき、僕はどうすればいいのだろうか。
心を鬼にして、無情に殺戮を繰り返すのか? そんなことが僕にできるのか?
今からなら、逃げることも———
「おい」
「!」
隣からアーギュに肩を小突かれた。自分は今どんな表情をしているのだろうか。想像に難くはなかった。
「いいこと教えてやる。戦場じゃ敵を人間だと思うな」
「え……」
耳元で周囲に聞こえない程度の声でアーギュは口を開いた。普通はこんなことはすべきではない。それでもなお、しなければならないほど、アーギュの目には、僕が異常に見えたのだろう。
「連中も俺たちを殺しに来る。そんな連中をいちいち一人の人間だと思うな。連中は化け物だ。俺たちの暮らしを壊そうとしてくる悪魔だとでも思っておけ。戦場じゃ、爺さんも婆さんも女も子供も貴族も平民も関係ない。後先考える前に行動しろ。でなきゃ殺される。そんだけだ」
そう言い終えると、それ以降、アーギュは口を開かなかった。
“敵を人間だと思うな”確かに、その通りなのかもしれない。人間を殺める以上、多かれ少なかれ責任を伴うのだ。それをいちいち馬鹿正直に受け止めることはできない。心が壊れる前に自分に言い訳を作っておかなければならないのだ。
僕はアーギュの言い訳をまね、瞳を閉じ、己に言い聞かせた。
相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。相手は人間じゃない。
「来たぞ! 迎え撃てぇ!」
アーギュの号令とともに、茂みの中から一斉に兵士たちは飛び出し、進行してくる敵兵にとびかかる。
反射的に僕の体もその一つとして気づけば飛び出していた。
「な、何だ貴様らぁぁ!」
僕が最初に目に移したその人じゃない何かは馬の上からそう叫んで剣を引き抜こうとした。
「ああああああああああああああああああああ!」
でも、それよりも先に僕の刃が皮鎧の上から心臓を一突きし、あっという間に絶命した。
それは本当に一瞬のことだった。苦悶の表情のまま、瞳の色を失い、おびただしい量の血を流し、人形のように力なく馬から引きずり落される何か。本当に、一瞬のことなのだ。
でも、僕にはそれが悠久の時のように感じられてならなかった。
生きた肉を刺し貫く独特の感触。
ろっ骨を砕く感触。
刺した後も脈動する心臓。
鉄の匂いをかき消すほどの血の臭い。
命が消えゆくその様。
何もかもが僕を中心に起こった事象なのだと実感した。周りを見渡すと、どこもかしこも似たような光景が広がっていた。
所狭しと血のじゅうたんが敷かれ、人じゃない何かの死体が転がっている。しかし、転がっているのはそれだけじゃない。味方の兵士もまた、例外ではないのだ。
その瞬間、自分の中の何かが吹っ切れたような気がした。暗示など、無駄だったのだ。自分が殺したのは紛れもなく人間である。敵も、味方も、同じ人間なのだ。そこに例外などありはしない。
ならば、僕はすでに寸分たがわず人殺しなのだ。
そこから僕はこの初陣にて四人の命を奪った。名も知らぬ帝国兵士の命を僕はあっけないほどに簡単に摘み取った。
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