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44話 口は禍の元


「あ、いや、そんな、独り言なんで別に気にしないでくださ……」


「今は猫の手も借りたい状況だ。案があるのなら教えてほしいんだが」


 無意識に口から出ただけだというのに、なぜかみんな興味津々といった風で


「う、それじゃ……その、あくまで僕の妄想みたいなものなんで、話半分くらいに聞いててくださいよ」


 僕はところどころ脚色は加えたものの、ほとんど漫画と同じ内容のことを話した。すると、またも場内は沈黙に包まれ、全員が頭を抱えた。


 やはり僕の、というか、日本の漫画家のガバガバな展開は突っ込みどころが多くて言葉も出ないのだろう。


「なあ、ここの隣の領主の家って、名前はなんつったか……」


 沈黙を破り、アーギュが口を開く。


「たしか、国境と面しているのはロンドウェイン家とエウラス家だったかな?」


 そういえばどちらも国の一大事だというのに自領守るためという建前の元、領地に引きこもっていてこちらの支援なんかは一切ない。


「なあ、エドモンド。俺の記憶が正しけりゃ、ニーナお嬢様の縁談相手って」


「ああ、俺も思い出したよ。どちらもお嬢様に断られてる上に人間的にも問題がある連中だ」


 二人の会話を聞き、僕もその時、思い出した。ニーナの断った三人の男、そのうちの二人の家の名だ。


 その時、なぜか背筋がジーンと凍り付き、よくないことが起こると直感が告げていた。


「失礼します!」


 乱暴に扉があけられて、一人の兵士が血相を変えて入ってきた。


「なにごとだ」


「ハーフェスの森にて、五千人規模の敵兵を発見いたしました!」


「五千だと!」


 最悪なことに僕の感が的中してしまったようだ。一気に場がざわめく。


 しかし、妙である。ハーフェスの森はここから一日かかるか、かからないか程度の距離に位置している。そんな近くまで接近していたというのに今の今まで気づくことができなかったのはおかしな話である。


「なんで今まで気づけなかったんだ」


「……ハーフェスの森はエウラス領とつながってる。自分の領地のことは任せろと偵察も満足に受け入れてもらえなかったんだ」


「まさか、裏切りか!?」


「そうみるのが一番自然だろう。クソッ、もたもたしてたら囲まれて全滅だ! 敵の狙いは挟撃だ。挟撃に成功すればそのままの勢いで王都まで進行するつもりだろう。失敗したとしても時間を稼げれば気長に本体が勝利すまで待てばいい。まったく、鬱陶しい限りだ」


「それで、どうすんだ、団長」


「重装兵千、歩兵二千五百で潜伏兵をたたく。人選はアーギュ、ハラルド。任せたぞ」


「敵は五千だぜ? 三千五百でたたいて来いってか?」


「油断しきってる敵をたたくだけだ。何ならもっと数を減らしてもいいくらいだぞ」


「ケッ、わーったよ。ハラルド、お前からはなんかあるか」


「ない。おれは団長に従うまでだ」


「相変わらずだなぁ、お前は。んじゃま、がんばりますわ」


 そう言って足早に二人はその場を離れた。


「カイルとアルベインの部隊は奇襲に行った二人の部隊の穴埋めをしろ。残りの部隊は当初の予定通り敵の動きに備えろ。何かほかに質問があるものは?」


「では一つ」


 そう言ったのは部隊の穴埋めを任されたカイルだった。彼は普段は無口であまり話さないが、剣の腕の一点で言えば兵団内でも一、二を争う。


 そんなカイルが自ら口を開くことはまれである。


「なんだ」


「穴埋めについては問題ない。ほかの連中もおそらくお前の決定に反対はないだろう。だが、ベストールに何か役割を与えるべきだ」


「……え、僕?」


 予想の斜め上をいく発言に思わず間抜けな声が出てしまう。というか、僕にも一応エドモンドさんの補佐でいう役割があるにはあるんだけど。


「それについてはあたしも賛成よ。育てるのなら早いうちのほうがいい」


 カイルに続き、隣に座っていたリンネも口を開いた。彼女はこの面々の中では僕を除けば最年少に分類される女騎士だ。力ではほかの面々に劣るものの、無駄の省かれた刺剣による剣舞はすさまじく、彼女を侮る人間はこの兵団にはいない。


「ワシも賛成だ。なんなら、こっちで鍛えてやっても構わんぞ」


 アルベインも特に異論はないらしく、ちらりとこちらを見て笑いける。彼は兵団内では最年長で、今までも数々の戦場を生き抜いてきた実績がある。そんな彼の意見というのはかなり大きな意味を持つのだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ、いまいち話が見えない、というか、僕はエドモンドさんの補佐役だから一応やることはあるんだけど」


「ベストール、今回の戦争でたぶん、エインベルズ兵団はかなりの損害を受けることになるわ。たとえ勝利で終わったとしてもね。あたしたち隊長格の人間だって生き残れる確証はないわ。だから、今の段階から後継を育てていく必要があるの。わかるわね」


 まるで睨みつけてくるかのような眼差しとともにリンネは答えた。


 つまるところ、この人たちは僕を幹部候補として今から育てようとしているのだ。


 冗談じゃないよ! 僕はそれなりの給料がもらえるならそんなに出世したいなんて願望はない。なんなら今の状態でも十分満足している。


 ならばわざわざ危険な場所に赴く必要もない。少しくらい肩身が狭くたって適当な偉い人の雑用を媚びながらやっていればいいのだ。


「いや、いやいや、ちょっとみんな落ち着きなよ。僕なんかよりも適任なんていっぱいいるでしょう」


「まあ、そりゃあ、何人かはいるけど、候補は多いに越したことはないしね」


 リンネがそういうとほかの面々もうんうんとうなずいた。


「背中を預けるのが僕みたいなのでいいの!? 自慢じゃないけど、僕は実戦経験なんてないよ!」


「だから今から育てるのでしょう。むしろ、あんたの歳で実戦経験があるほうが異常よ」


 だれも反対意見なんてないらしく、じっとみんな得意げな顔をして口を開かない。


 ダメだ。こいつらに何を言っても聞く耳を持たない。


「エドモンドさんからも何か言ってください! 僕なんかじゃ無理なのはエドモンドさんが一番よくわかってるでしょう!」


「? 別にそんなことはないと思うぞ」


「ハァ!?」


 先ほどから黙り込んでいるため、ひとしきり意見を聞いた後、助け舟を出してくれるのかと思っていたら、予想外の返答が帰ってきた。


「お前はよく働いてくれるし、剣の腕もみんな認めてる。おまけに、さっきの様子だと感もいい。確かに実践を積まなければ確実なことは言えないが、俺は次の団長はお前だと思ってるよ。たぶん、お前ならうまくやれるだろう」


「…………」


 思っていた以上に周りからの評価が高かったことにここまで嬉しくないことも珍しいだろう。というか、次の団長って、なんだ。


「わかってるならなんで雑用係になんかしてるの?」


 エドモンドさんの言葉を受けてリンネが半笑いで得意げにそう言った。


「まだベストールは十一だ。あまり子供を戦場に立たせるのもいかがなものかと思ってな」


「過保護ね。あたしは十の時には戦場に立ってたわ」


 いや、別に過保護でもなんでもないだろ! あんたはブラック企業のモラハラ上司か!


「……わかった。そういうことならベストールはアーギュの補佐につけ。今回の戦ではあいつの部隊が一番忙しい。少しもまれて来い」


 周囲の大人からの期待のまなざしを前に反論など無意味なのだ。結果、僕は泣く泣く安全な団長補佐から戦場においてもっとも危険な部類の隊長補佐に回されることになったのであった。



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