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42話 開戦前夜

 冬場の冷気が漂う国境の砦。普段であればそれほど人も多いわけではなく、閑散としたその雰囲気は実に寒々しい。


 しかし、今は違う。帝国の進軍を前にその日、エインベルズ兵団は戦争前の最後の宴を開いていた。明日をも知れぬ身の兵士を気遣い、旦那様が企画してくださったのだ。


 まあ、僕は酒が飲めないから大して楽しいわけでもないんだけどね。


「こっちの弓矢の量はオッケー…っと。ほかに足りてない物資とかはない?」


 僕はエドモンドさんのペイジとして各所の物資や人員の最終確認をして回っていた。


「今んとこ、とくには聞いてねぇな」


 まだ宴が始まってからそれほど時間はたっていないが、目の前の大男は顔面を真っ赤に染め、息はアルコール臭かった。


 この大男はアーギュ。僕を兵団に勧誘してきた張本人だ。あの時はとくに階級ない平の兵士だったが、今では六つある隊のその一つの隊長で、エドモンドさんと同様に騎士の称号を得ている。


 今はただの酔っぱらいではあるが、腕は確かな上に人間としてもそれなりに憎めない性格をしているため、みんなからは頼りにされている。


「なんかあったらすぐ言ってよ。一応、エドモンドさんには伝えるからさ」


 僕はアーギュから確認のサインをもらうためにチェックシートを手渡した。


「しっかし、こればっかりは役得だな」


 ペンを片手にアーギュはふとそんなことを口にした。


 宴に用意された品々はどれも普段は口にすることもできないような一級品が取り揃えられていた。僕は「これから命を懸けるんだ、これくらい普通じゃないかな」と、冷たく口にしてアルコール臭いその場から一刻も早く離れようとした。


「……それもそうだな。怖くはないのか?」


「今はね。言ったって僕はエドモンドさんの小間使いだから戦場に立つ予定もないし」


「お気楽なもんだな」


 なんの気なしに放たれたアーギュのその言葉は僕の胸に深く突き刺さる。


 実際、僕は後方からエドモンドさんの小間使いをしていればいいのだから彼らに比べれば確かにお気楽な立場なのだ。反論の余地はない。


 それでも目の前に敵が迫っているのは怖いし、殺すのも殺されるのもまっぴらごめんだ。

できることならもっと安全な、そう、例えば日本みたいな平和な国でのんびりと過ごしたい。


 決して僕の心中は穏やかなものではなかった。


「お前らには言われたくねーよ」


 僕は宴の陽気な雰囲気を壊さないように感情を押し殺しアーギュに軽口をたたいた。


「フッ、ちげぇねえ。お前も飲むか?」


「僕に酒の味はわかんないよ。みんなには明日に備えて早く休むように言っといて」


「あいよ」


 返事を聞き、僕はその場を後にした。それからもう三か所ほど回った後、エドモンドさんのもとにチェックシートを提出した。


「物資のほうは問題なさそうです。でも、一番隊と三番隊からは昨日から見つからない人間が何人かいるとのことです」


「……そうか。ご苦労さん」


 やつれた声でエドモンドさんはそう答えた。別に脱走者が出たことに落胆してるわけじゃない。ここに来るまでの道中、ほかにも実際の戦争を前に逃げ出した兵士はいた。


 それ自体は別に珍しいことじゃない。


 エドモンドさんはここしばらくまともな休息が取れていないのだ。


 戦場での軍の指揮は旦那様はとることができない。あの人にはその才能がないのだ。だから旦那様の代理としてエドモンドさんが戦場におけるエインベルズ家のすべてを担わなければならないのだ。


 戦争が決まってからというもの、エドモンドさんはいつもこんな調子なのだ。


「明日からは本格的に帝国に備えなくてはならない。べストール、お前も早く休め」


「その、エドモンドさんは……」


「俺はまだやることがある。別にお前が気にする必要はない。わかってたことだ」


「……僕に手伝えることがあったら言ってくださいね」


 僕はそういうと静かに部屋から出て行った。


 エドモンドさんの手伝いを申し出たのは別にエドモンドさんを心配してるとか、そういうんじゃない。


 確かに、それは建前として美しいし、実際、これを自分に言い聞かせている。


 でも、本心ではなんでもいいから仕事が欲しかっただけだ。


 僕はこれだけみんなのために貢献している。みんなの助けになっている。仕事をしている間はそう胸を張れる。実際に戦わない僕はそうやって自分を保たなければならないのだ。


 明日からは本格的に戦争が始まる。そうなればきっと今日のような軽口ではなく、本心から僕は疎まれ始める。


 そうなったとき、僕はその空気に耐えられるのか不安でならない。


 かといって、戦場に立つ勇気もない。結局これは自分勝手で実際に戦場に立つ兵士たちからすれば贅沢な悩みでしかないのだろう。


 その夜、僕はすべてから逃げるように自分の寝床に早々と倒れこんだ。


 しかし、不安から一睡もすることなく夜は明け、開戦の笛は高らかと鳴り響くのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


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