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3話 親バカ侯爵

 僕はエリザベートの姿を見るなり、近くの柱の陰に隠れる。


 いったい何をしてるんだ? 位置は昨日おぼれた位置とほぼ一緒。まさか、昨日のことでも思い出しているのか? だとしたら僕への嫌がらせとかも考えてそうでやだなぁ……。


 そんなことを思いながらエリザベートを観察しているとエリザベートは泉をしばらくのぞき込み、ため息をついて去っていった。いったい何がしたかったのか。謎の豚女である。


 エリザベートが去った後、念のため何かないか確認のために泉をのぞき込む。水底に何かを落としたというわけでもないらしい。


 疑問に思っていると、水面にきれいに映し出された自分の顔がはっきりと見えた。


 まさか、自分の容姿を見て落胆していたのだろうか? いや、あり得ないか。あのわがまま豚は自分の外見にも絶対の自信を持っていた。少なくとも作中ではそうだった。


 となると、やはりわからんな。子供ってなぜか意味もないことをしたがるし、きっとその一つだろう。あの豚女も見た目はデカくてわかりづらいが八歳のガキだし。


 僕は特に深く考えることもなくその場から去ろうとする。その時、後ろから足音が近づいてきていた。


「ここが昨日エリザベート様がおぼれてしまった場所でございます」


 振り返ると、老いたメイド長が先導して数人が泉に向かってきていた。使用人の顔はほとんど覚えていないが、その中には唯一、一人だけ明らかに使用人ではない人間がいた。


 青を基調とした豪華絢爛な貴族服に身をやつし、サルバドール・ダリのようなピンと手入れのされた髭をはやす高身長の男性。今まで面識はないが、それでもわかる。この人が侯爵、アルバート・クラウディウスだ。


「君は誰かね」


 侯爵は僕を見るなり、懐疑気に自慢の髭をいじりながら尋ねてくる。


「ベストール・ウォレンと申します」


 僕は侯爵に名を尋ねられるや否や、ひざまずき、さっそうと名乗る。


「ウォレン? ああ、ハンスの息子か。君には感謝してるよ。娘を助けてくれたんだってね」


「い、いえ。それが僕の役目ですので」


「うむうむ、まだ幼いというのに言葉遣いもしっかりしている。ところで、体は大丈夫なのかね? 君もおぼれかけたと聞いたが」


 いや、実際に溺れたんですけどね。とはさすがに口に出すことはできない。そのため、無難に、なんともないと答えると、侯爵は満足げに微笑んだ。


 僕は侯爵の顔を見てはじめは少し怖い印象を受けたが、どうもそんなことはないらしく、子供には優しいらしい。


「ところで、君から見て、娘はどうかね」


「? 失礼ながら、どう、とは?」


 唐突な質問に文脈が読み取れず思わず聞き返してしまう。


「ふむ、いや何、エリザベートは、ちょーかわいいだろう?」


「……はい?」


 言葉の意味が理解できなかった。


「あの可愛さはまさに国の宝だ。どのような花も、風景も、名画も、星々の輝きも、太古に存在したという黄金の都も、あの子の前にはかすんでしまうだろう。まさにこの世の至宝! ああ、神よ、なぜあれほどに我が娘を完璧な存在として産み落としてしまったのか」


 この人はいきなり何を言い出すんだ? 


 いきなり恍惚とした表情で娘をほめたたえ始めるその姿に僕は引くことも忘れ、あきれ返った。


「そこでだ。私は心配なのだ。妻は娘にも同年代の友達を作るべきだというのだが、エリザベートはあまりにもかわいい」


 侯爵の話の内容に何一つ賛同できる部分がなく、僕は唖然とした。しかし、そんな僕のことはお構いなしに侯爵は話を続ける。


「あの子は私の宝だ。ゆえに、余計な虫が娘に何かするのではないかと気が気でないのだ。そこのところ、君はどうなのかね?」


 侯爵は先ほどの微笑みなど、どこへやったのやら、鬼のような形相で僕をにらみつける。


 これは、どうこたえるべきなのだろう?


 普通にそんなことはないと答えてもこの様子じゃ信じてもらえなさそうだし、逆にエリザベートをほめたたえても殺されそうだし。あれ? もしかして、ツミじゃね?


 とはいえ、何か答えないと駄目な風にとらえられるし……。


 ほめても死刑。ほめなくても死刑。ならば——


「お答えする前に、僕が何といっても父には危害を加えないと約束していただけますか?」


 僕はどうせ何もしなくても将来的にエリザベートに殺される。そうでないにしてもそれなりにひどい目に合う。なら、ここで殺されても早いか遅いかの違いでしかない。


 しかし、父さんは別だ。男手一つでここまで僕を育ててきたあの人を巻き込むわけにはいかない。まあ、あの人もゲーム通りならほとんど僕と似たような運命なんだけどね。


 それにたぶん、エリザベートがダメ人間になった原因の大半は、この人が甘やかしたことだろう。話を聞いた限りじゃ間違いない。


 ならばこれは避けては通れない道だ。どうせいつかはこうなると思ってさっきは図書館で勉強もしてたし、頑張ってみるか。


「いいだろう」


 侯爵は腕を組み、僕を見下しながら返事をした。よからぬ話をするのだろうと疑っているのだ。


「結論から言わせていただきます。僕はエリザベート様に対しては一切、侯爵様がお考えになられているようなことはございません」

「ほう、あの子を前に全くだと? そのような話を信じると思うか!」


 鬼の形相で侯爵は僕を怒鳴りつける。どこからその自信が来るのやら……。この人の目玉は腐ってるのか? まあいい。


「旦那様、お嬢様の食事についてどう思われますか? 朝昼晩、三食欠かさず味付けの濃い肉料理ばかりでございますが」

「子供はよく食べるものだ。好きなものを好きなだけ食べさせるのは当たり前だろう」


 ええ……。


「では、お嬢様の性格についてはどのように思われておりますか? 気に入らないことがあれば近くの使用人を怒鳴り散らし、好き嫌いが激しく、暴力的で、ありていに言うと、わがまま放題でございますが……」


「女の子とはわがままなものだ。わがままでない女などいない!」


 ええ……。そんな身もふたもない。


「で、では、お嬢様のお洋服に関してはどう思われますか? 毎日、派手で奇抜で、まるでお祭り状態のような……」


「エリザベートにしか着こなすことのできない最高の衣装だ。なんの問題がある」


「……」


 ああ、ダメだ。決定的に感性が合わねぇ。いったいどういう人生を歩んできたらこうなるんだ……。一番かかわりたくないタイプのモンスターペアレンツじゃねぇか。


 まともに話してたんじゃ説得なんて無理だな。仕方ない。僕はため息をつきながら立ち上がる。


「旦那様」


「なんだ」


「無礼を承知で言わせていただきます。エリザベート様は超がつくほどのドブスです!」


 包み隠すことなく僕がそう言った瞬間、その場にいた人間は全員が雷に打たれるかのような衝撃を覚え、閉口した。侯爵に至っては何を言われたのか、脳がまるで理解を拒むようにポカーンと口を開け虚空を眺めるのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


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よろしくおねがいいたします!

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