20話 将来設計
「なあ、聞いたか?」
「何をだよ」
「伯爵様の再婚相手なんだが、もともと娼婦だったらしいぞ」
休憩時間。庭の隅で食事をとる兵士たちはそんなことを話していた。
もともと、伯爵とニーナの母親は政略結婚で、二人の歳は十以上も離れており、その関係は夫婦のそれというよりもむしろ、友人のそれに近かったらしい。
そのため、伯爵が妾を数人抱えることに夫人は特に反対しなかった。
その夫人が亡くなってから、一年は跡取りとなる男子がいないにもかかわらず、夫人の実家との義理を果たす名目から、そういうことを伯爵は一切しなかったらしい。
しかし、それから時は立ち、伯爵は再婚した。そして、その相手は元娼婦なのだという。
まあ、僕には関係のない話である。主人が再婚しようと仕える人間は変わらず伯爵なのだから。
僕は休憩を終え、訓練場に足早に戻っていった。
いい加減、この訓練も僕にはほとんど作業と化している。準備体操から始まり、筋トレ、素振り、模擬戦、一回休憩をはさんでまた素振りと模擬戦。
「ベストール、お前、また腕を上げたんじゃないか?」
「ありがとうございます」
一緒に訓練をするエドモンドさんの賛辞を受け取り、僕は汗をぬぐう。その際、ほとんど塩水と変わらない汗が少し口に入りしょっぱいと思いながらも再度訓練に取り掛かる。
訓練をしている間は何かほかのことを考えている余裕はない。全神経をそのことに集中させるのだ。だからこそ、僕の上達はそれなりに早い。
ペイジという立場であるため、エドモンドさんの身の回りのことさえしていれば屋敷の警備をする必要もない。まさに、僕はこれ以上ないほどに騎士としての道を着実に歩んでいた。
その日もいつものように訓練を終え、エドモンドさんと日課の走り込みを終え、部屋に戻る。そして部屋の窓から庭のベンチをのぞき込んだ。
今日も誰かが来る気配はない。
前、夫人がなくなったあの日の夜から僕はこうして毎日来るはずのない人物を待ち続けていた。今となってはこの行為すらも作業の一環になっている。
ニーナは前、夫人がなくなってからというもの、僕に愚痴を吐きに来なくなった。
ニーナの母親の葬式にはエインベルズ家にかかわる人間すべてが出席していた。もちろん、僕もその一人だ。
その時、棺に張り付き、最後まで声が枯れんばかりにニーナは泣き叫んでいた。
今思えば、あの夜に彼女がこぼした愚痴のその大半は彼女の母を侮辱するものに対するものだったような気がする。
僕は窓の外にニーナがいないことを確認し、机のろうそくの明かりをともす。
そして給金で購入した書物を広げた。
最近はこうして眠たくなるまで本を読むようにしている。知識は力だ。集中力が切れたときはマラソンにでも出ればいい。
今は製品加工に関する書物を読んでいる。なぜこんなものを読んでいるのかというと、僕なりにこの先の未来について真剣に考えた結果この知識がもっとも役立つと考えたからだ。
理由としては、ありきたりな発想かもしれないが、地球の発明品なんかを流用させて売り出せばそれなりの儲けが期待できると思ったからだ。
幸い? 僕は中学の頃は典型的な中二病患者だったために無駄知識には自信がある。サバイバルとか、銃とか、エンジンとか、とにかく何となくカッコいいものには手当たり次第に浅く広く手を出していた気がする。
一時期、イラストにもはまってたから下手ではあるが、規格とか製図法なんかは知ったことではないが、なんちゃって設計図もかけないことはない。
三年前に考えていた行商人という選択肢が案外現実的なんじゃないかと最近になって気が付いたのだ。
そのため、まずはこの世界の製造技術がどの程度まで進んでいるのかを知る必要があった。
さすがに製品加工の本はしっかりとしていた。
以前読んだ教育論や健康法なんかは、この世界ではあいまいな部分が多くデータに乏しいため、信ぴょう性の薄いものだった。
しかし、正確な数値や物理現象からなる製品加工はあいまいなものでは許されない。馬車の設計では足回りの衝撃吸収や耐久力の確保が必要だし、建築の分野では災害時の強度確保のための正確な骨組みが求められる。
この本を読んでいる限りは、この世界でもさすがに重力くらいは発見されているらしい。そのため、最低限の力学の発達は期待できる。
ただ、僕が知る世界を変えるような歴史的な発明なんかはほとんど確認できない。ほかの本を読んでみてもそれは変わらない。
ならば、誰かが気付いてしまう前に行動に出なくてはなるまい。僕の予想では急がなくともうそろそろ発明されてしまうものがある。
早速僕は休日に町の鍛冶屋に赴くことにした。
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