2話 情報収集
その夜、僕はひたすらにとある文書の作成に励んでいた。
「できた」
その名も、「エリザベート取り扱い説明書」である。
覚えているうちにエリザベートの作中での行動をまとめるために作成したものである。
最初の項目にはこの先起こるであろう大方の出来事をまとめた。と、いっても、エリザベートの作中よりも過去の話などゲーム内で言及されることなどありはしなかった。
そのため、ここに書かれているのはほとんどが作中での主人公への嫌がらせリストのようなものである。
第二項にはエリザベートの性格や、ゲーム内での設定をまとめてある。まあ、ほとんどは泉事件の時の横暴な態度そのままである。
第三項にはエリザベートの話からはそれるが、僕自身の将来について、バットエンドを回避するための方針をいくつか綴ってある。というか、ほとんどがこれで埋められている。
まず第一にバットエンドとならないために、バットエンドになる条件をリストにしてまとめた。
その結果、もっとも大きな要因は言わずもがな、エリザベートの横暴な態度である。次点でベストールの子悪党的な態度であろう。
このほかにも様々なものがあるが、やはりこの二つが根本であろう。
ベストールの子悪党的な態度は……まあ、どうにかなるだろう。たぶん僕はそれなりに良識人だし、少なくとも他人に嬉々として嫌がらせをしようとは思わない。
問題はやはりエリザベートだ。
その一。他人の不幸をせせら笑う。
その二。超がつくほどの自信家でプライドの塊。
その三。自分が超絶的な絶世の美女だと思い込んでいる。
その四。暴力的で慈悲がない。
その五。嫉妬深く、あきらめが悪い。
……etc
……といった具合にとにかく絵にかいたような悪女である。七つの大罪の色欲以外のすべてに精通するような、ある意味完成された存在だと感心してしまうほどだ。
この悪女を改心させない限り僕のバットエンドは免れないわけか……。ああ、もうすでに頭が痛い。
とはいえ、悩んでいても仕方がない。明日はエリザベートの家庭教師が何人もきて一日中勉強に追われているはずだから、僕は自由に動くことができる。まずは、館内を見て回ってエリザベートの最悪な性格を作り上げた原因を探るとしよう。
その日はエリザベート取り扱い書を自分のベッドの下に隠してすぐに就寝した。いきなり日本人だったころの記憶を取り戻したものだから、どうもなれない枕に体をうねらせながらなんとか寝付いた。
翌日、僕は朝七時ごろに起床し、身支度を整えた。記憶を取り戻す前の僕は寝坊助で毎日父さんに起こしてもらわなければ起き上がることもなかったので、父さんにそれは大層、驚かれた。
さて、今日のプランはすでに決めてある。
まずは厨房だ。
エリザベートの食事は毎日多めに作られている。というか、普通の食事をとっていてあんなに太るわけがない。その理由が知りたかったのだ。
「あら、ハンスさんの息子さんじゃない」
厨房につくと女中の一人が僕に目を向けた。ちなみに、ハンスというのは父さんの名である。
「何を作ってるんですか?」
テーブルの上に並べられた食材に目をやると、朝からずいぶんな量の肉があった。
「お嬢様が味付けの濃いお肉以外を食べてくれないから。仕方なく、ね。旦那様も何も言わないし、甘やかされると人間ってああなっちゃうもんなのかしらねー。あなたは好き嫌いしちゃだめよ」
「は、はーい」
僕は引きつった顔で食材を見ながら返事をした。
朝からあんな量の肉を食べるとは……恐るべし、エリザベート。たとえ力士であってもそこまでの食欲はないだろう。やつはフードファイターかなにかを目指しているのか?
とにもかくにも、僕はエリザベートがとんでもない偏食家であるという情報を得て次の目的地に向かった。
次の目的地は女中のたまり場。屋敷の裏庭である。ここは女中たちが休憩場として利用しており、職場の不満などをよく話しては女中同士で盛り上がっているらしい。以前、父さんが裏庭で女中がさぼっているとぼやいていた。
僕は近くの茂みに隠れて女中が現れるのを待った。
しばらくすると、数人の女中がべらべらと何やら楽し気にこちらに歩いてきた。
「今日もあんたのチョイス、最高よ!」
「でしょう? そんでもって、お嬢様のあの顔! 何が、私に合う最高の衣装ね、よ! バカじゃないの⁉普段いびられてるんだから、これくらい仕返ししてもバチはあたらないわよね」
「プっ、それにしても、あのドレスはないでしょ……ププっ」
どうも、彼女らはエリザベートのドレス係らしく、本日もまた、盛大にミスマッチしたドレスを選んでやったという話のようだ。
なるほど、通りで神経を疑うようなセンスだったわけだ。わざわざ最悪を選んでいたとは。とはいえ、女中たちを一方的に攻め立てるのもなんだかなぁ……。
実際問題、エリザベートの態度は女中たちにたいしてもひどいもので、というか、身内や貴族以外のすべての人間に対してそのようにふるまっているわけで、実際僕も昨日はひどい目にあった。女中たちの仕返しはむしろ、かわいらしいものとすら思えるほどだ。
新たに得た情報をメモして僕は静かに女中たちが去るのを待った。
「しかし、旦那様も、何考えてるんだか」
「ほんとね。いくら何でも娘に甘すぎるわ。あれじゃ政略結婚にも使えやしない」
「こらー、そのくらいにしときなさい。誰かに聞かれたらどうすんの」
僕が聞いちゃってるんだよなぁ……。まあ、聞かなかったことにするけど。
何となくわかってはいたけど、やっぱりエリザベートの最悪な性格は、エリザベートのお父さん、旦那様が甘やかしすぎたことが原因の一つか。
ほかにも探したら原因はいろいろありそうだけど、心当たりもないし、とりあえずは一番大きな原因っぽいし、今日のところはおとなしくしとくかな。
僕は女中たちが去ると収集した情報をエリザベート取り扱い書の後ろに書き足し、屋敷の隣の書庫に向かった。
この領地の書庫は一般市民にも開放されており、持ち出しは厳禁だが閲覧は自由になっている。
ここに来た理由は旦那様にエリザベートを甘やかさないよう説得するために、栄養学や教育論の本を読むためである。文字の読み書きは父さんから小さい時から教えられてるから問題ないはずである。
とはいえ、この世界にそもそも栄養学や教育論みたいな概念が存在するのか疑問ではある。
舞台設定はおそらく、十六世紀あたりのヨーロッパの華やかな貴族社会である。
この時代に仮に栄養学や教育論があるとしても二十一世紀に比べるとどうしても稚拙なものになるのではないかと僕は不安しかなかった。
実際、その予感は的中してしまうこととなる。何冊かその類の書物を見つけることはできたが、どれも形骸的なものばかりで、内容もあちらこちらと飛びまくりで要領を得ない。おまけに書いてあることは書物ごとにほとんど別物であった。
仕方なく、僕は比較的厳しい子育てを推奨しているものと、比較的野菜中心の食事法を推奨しているもののタイトルをメモしてあらかたの内容を頭に入れてその日は書庫から出ていった。
それにしても、一日でこんなにたくさんの活字を読んだのに、ほとんどの内容を思い出すことができる。これが子供の記憶力なのかと感心してしまう。
そんなことを思いながら歩いていると昨日の件の泉が目に入った。そして意外なことにそこにはエリザベートもいた。
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