163話 平穏 その1
帝国との戦争は皇帝の死によって決着がつき、両陣営に多大な死傷が出た。
特に、帝国の薬漬け部隊はそのほとんどが精神障害を抱えており、また、半数近くが死亡、もしくは生活に支障が出るほどの大けがを負っていた。
あの戦争から半年。僕は戦後処理で各地を渡りまくっていた。
戦争に参加した王国の貴族たちへの謝辞や、新皇帝に対する帝国内の反発からくる内乱の阻止など、正直、なぜ僕がやらなければならないのか疑問符が付くことまで、とにかく大量の仕事が舞い込んできていた。
(僕が仕組んだこととはいえ、こうも移動続きだとさすがにきついわ……)
当然学園に戻っている暇などない。
その間に、学園側から二年生になったという知らせと、なぜか単位も取得したということになっているという通知が届いていた。
おそらくは王子たちや、グラハム様が何かしたのだろうが、そのあたりに気を使っている余裕はなかった。
(最後に休んだのって、いつだったけ……)
過労死してもおかしくないレベルである。僕は知らぬ間にブラック企業に勤めていたのだろうか。
とはいえ、ようやく仕事もひと段落し、本日、僕は学園に帰ることを許された。
先に学園で悠々自適に暮らしている王子たちが羨ましくて、この数か月、恨まずにはいられなかったが、ようやく僕にも平和な日々が帰ってくるのだ。
「こっちに帰ってくるのは久々だな」
久しぶりに戻る王都は以前から何一つ変わっていなかった。
戦勝祝いくらいはしていたかもしれないが、それももう半年前のことである。すっかり日常の姿である。
僕は馬に乗りながらすこしだけ、誇らしい気分になった。この日常を僕は守ったのだ。
自分から戦争を引き起こすきっかけを作ってしまったことに負い目は感じているが、ただ敵の出方を待つよりはよほどよかったはずである。
ただ、ヘンリー皇子に対しては、申し訳ないと思っていた。
(さすがにもう学園に戻ってくることはないだろうな……)
ヘンリー皇子を次期皇帝に推薦するように王子たちに助言したのは僕だ。あの人ならむやみやたらに戦争を引き起こすなんてことはしないはずだ。
でも、そのためにあの人の自由を奪うことになってしまった。きっと、いまごろ僕なんかよりよっぽど忙しい日々を送っていることだろう。
いつか、何かの形であの人には償いをしなければならないだろう。しみじみとそんなことを思っていると、いつの間にか学園の門の手前まで僕はたどり着いていた。
今の時間は授業も終わり、人は少ないはずだ。そう思いながら僕は門をくぐり、馬小屋に向かった。
馬小屋など、それこそ汚くて基本的に貴族たちは近寄りたがらない。当然誰もいないだろう、そう思いながら僕は向かった。
しかし、そこには見知った人物がいた。
「英雄の帰還だっていうのに、誰も出迎えに来ないなんて、やっぱりあなたって人望はないわよね」
「うるさいですよ。お嬢様」
そこにいたのはニーナだった。半年ぶりに見るニーナは何一つ変わりなく、もはや僕がいなくなることには慣れたとでもいうように、平然としていた。
今日、僕が帰ってくることは伝えていたが、まさか馬小屋で待っているとは思っていなかった。
「誰も来なくても、お嬢様は僕のこと、出迎えに来てくれたんですね」
僕は皮肉交じりにそんなことを言った。
「ええ。主人として出迎えてあげるくらいのことはしてもいいかと思ってね」
しかし、ニーナはさも当然といったようにそう答えた。もう少し恥ずかしがると思ったが、これは予想外である。
「馬から降りなさいな。主の前よ」
「はいはい」
ニーナの言葉に僕は適当な返事を返し、馬から降りた。実に面倒くさそうに、なし崩し的にそうなったかのように、僕は馬から降りた。その次のことだった。
「!」
馬から降りたその時、不意に後ろから抱き着かれた。何事かと視線を移すと、それはやはりニーナであった。
「お帰り。ベストール」
「ちょ、誰かに見られたら!」
「誰もいないわよ。こんなところ」
ニーナはそういって離れようとしなかった。
突然のことに、僕は柄にもなく顔を真っ赤にした。不覚である。まさかニーナに一枚食わされるとは。
そして男心をもてあそぶんじゃないと、心の底から思うのであった。
「ねえ、ベストール」
「な、なんだ」
「ベストールは、私のこと、どう思ってるの?」
「…………!」
動揺に次ぐ動揺。唐突なその質問に僕は即答できず、言葉を詰まらせた。
「私ね、何の根拠もないのに、この学園に入学していろんな人と出会えば、一人くらいは結婚してもいいって思える人と出会えるんじゃないかって、思ってたの」
「……いたのか?」
聞かずにはいられなかった。いられるわけがなかった。
「……いなかったわ。そんな人どこにもいなかった」
そういって、ニーナはより一層、強く僕を抱きしめた。そして次の瞬間、僕の理性はニーナのその言葉によって、宇宙の彼方に消え去ろうとした。
「初めからずっと隣にいたから」
その言葉を聞き、僕に全身に血が巡り、感情が爆発するかのような、今まで感じたことがない目まいと、高揚感が襲った。
そして、僕は必死に自分を保つように馬小屋の天井を見上げ、唇をかみしめ、恥ずかしさで昏倒してしまいそうな自分を支えた。
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→師匠を失った異世界召喚者は、新人冒険者の育成を始めることにしました。「僕が死ぬその前に強くなってくれ!」
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