16話 夜会
「失礼します」
「お、来たか。よし、服装は大丈夫そうだな。前にも話したが、今日は周辺領地の貴族たちが大勢来ている。平民上がりの俺たちなんか、目をつけられれば立場がない。くれぐれも無礼のないようにな」
「はい。善処します!」
「よし。じゃあ、行くぞ」
エドモンドさんについて会場に向かう。この段階からすでに貴族たちからは値踏みをされている。
平民上がりを気に食わない貴族は何かにつけていちゃもんをつけてくる。歩き方一つにおいても気が抜けないのだ。
貴族たちが見えると僕はエドモンドさんの背中を見つめ、恥ずかしくないように背筋を伸ばす。
すると、遠くからエドモンドさんのもとに歩み寄ってくる貴族がいた。館の主、グラハム・エインベルズ伯爵だ。
「わるかったな。エドモンド」
「気にしないでください。グラハム様」
「ベストール、君も今日は気を張りなさい。君はクラウディウス家の推薦があるとはいえ、平民だ。貴族たちから疎まれても不思議はない。気を付けるのだぞ」
「お気遣い、ありがとうございます」
伯爵はいたってまともな人間である。家族思いで領民思いで、平民上がりの僕のことも気にかけてくれている。
そんな伯爵には自然と多くの人間がついてくる。エドモンドさんもその一人だ。
騎士となった今も国にではなく、団長としてエインベルズ家につかえる理由はこれが一番大きいと以前話していた。
この良識人からニーナのような腹黒娘が生まれるとはとても思えないのだが、この理由は未だによくわからない。
なにせ、ここに来てからは訓練や、貴族としての教育で忙しく、館内の事情を深く追求する暇などありはしなかった。
少なくとも、二年間ここにいて特段変わったものはありはしなかった。伯爵も奥方も良識人だし、兵団の兵たちも気さくでいいやつばかりである。
ますますわからないが、今考えることではないな。
伯爵に続いてエドモンドさんは会場に進む。僕もそれに続いた。
中に入ると豪勢な装束に身を包む貴族たちが世間話に花を咲かせていた。
「今宵は当家主催の夜会に来ていただき誠に感謝の言葉ない。どうか楽しんでいっていただきたい」
伯爵がそういうとグラスを掲げる。貴族たちもそれに続きグラスを掲げる。
それからはとにかくエドモンドさんのあいさつ回りであった。適当な爵位の貴族から僕に説明しながら右往左往である。
それにしてもやはり爵位によって身なりもふるまいも別物だ。人数は多いが爵位の低い貴族は肩身が狭く、上の爵位を持つ貴族にヘコヘコと頭を下げている。
しかし、そんな下位の貴族たちも僕たちには冷たい態度である。普段貴族なのに偉くできない分、心に余裕がないのであろう。
逆に、伯爵クラスの上流貴族にもなると、金持ち喧嘩せずとでもいうべきか、僕たちにもおおらかに対応してくれる人が多い。まあ、中にはプライドの塊みたいのもいるけど。
いったんのあいさつ回りを終え、エドモンドさんは人気のない壁際にもたれかかって、ため息をついた。
「ワインでもお持ちしましょうか?」
「ああ。頼む」
エドモンドさんはテーブルのグラスに注がれた赤ワインを手渡すと一気に飲み干した。
「あはは、お疲れ様です」
「ああ、まったくだ。貴族になってそれなりに長いが、いいことなんか、数えるほどしかないよ。こんなことなら気楽な傭兵にでもなるんだった。お前も、今のうちに変な期待は捨てとけよ」
「……ですね」
僕とエドモンドさんはお互いの顔を見て乾いた笑いを交わす。
「お疲れのようですね」
その時、聞き覚えのある、透き通るように響く女性の声が聞こえてきた。
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