15話 不本意なる日常
服にしみわたる酸っぱい男の汗のにおい。
筋線維を余すことなく刺激する筋肉痛。
日々手になじんでいく己の剣。
クラウディウス領を離れて早、二年。僕は兵団の過酷な訓練にも慣れ、それなりに充実した生活を送っている。
剣の腕も上達したし、騎士爵のペイジとして騎士見習いという扱いも受けている。そう、まさに、人生は順風満帆。
「って、ちがーう‼」
「い、いきなり、どうしたベストール」
隣で訓練をする騎士、エドモンドさんが心配そうに僕を見た。
彼はもともと平民で、エインベルズ兵団で功績を上げたことで騎士となった。そのため、準貴族となった今でもエインベルズ家に忠義を尽くしているのだ。
また、平民の僕をペイジにしてくれた恩人でもある。
「あ、いや、……すみません」
不味い。不味い不味い不味い不味い不味い。これはかなり不味い!
特に何をするでもなく二年間が無駄になった!
いや、確かに剣術とかテーブルマナーとかチェスの遊び方とかいろいろ教わったけど、そんなものは破滅ルート回避のためには何の役にも立たない。
一度、このままペイジとして生活し、騎士となり、準貴族となることも考えはしたが、作中ではクラウディウス家に仕えていたことそれ自体が弊害となっていた。
ならばやはりエリザベートをどうにかしなければならない。
なんとかしてクラウディウス領に帰る算段をつけなくては……!
「ベストール、こい」
「はーい」
訓練が終わり、エドモンドさんが僕を呼んだ。
毎日、僕とエドモンドさんは基礎体力を作るためにマラソンをしていた。何事もやはり基礎が一番重要なのだ。エドモンドさんは特にそこを重要視していた。
「お前がここに来てもう二年はたつのか」
ふとそんなことを言われた。
「急になんですか?」
「いや、いまいち実感がわかなくてな……。最初、グラハム様がお前を連れてきたときはお前みたいな子供を兵士に駆り立てるなんて、正気の沙汰ではないと思ったよ」
「あはは、まあ、そうかもしれないですね」
ほんと、あの侯爵は何を考えてるんだか……。
「でも、今はそうは思わん。お前は筋がいい。もう少し体格がよくなったらきっといい剣士になるだろう。グラハム様の目は正しかった」
そう言ってエドモンドさんは盛大に笑った。
幸か不幸か、僕には剣術の才があったらしい。訓練を積んだ今であれば、体格で負けていようとも大抵の相手には何とかなるくらいにはなっている。
正直、こんな才能、欲しくもなんともない。いや、あるに越したことはないかもしれないけど、戦争に駆り出されるなんて、まっぴらである。
おまけにエリザベートの監視ができない。あの豚令嬢のことである、僕が目を離せばまた自堕落な生活を繰り返すに違いない。
なんとかしてクラウディウス家に戻りたいのだが、訓練をすればするほど僕に対する期待は高まるばかり。
逆に、訓練をしなければクラウディウス家からの推薦ということもあり、面汚しとしてあの侯爵に何をされるか分かったものではない。貴族からすれば平民の命などどうとでもなるのだ。
結局、僕は体のいい口実を見つけることができないまま、二年の歳月を無駄にしてしまった。なんとかして学園入学までにはエリザベートを改心させなければならないというのに、まったくもって迷惑な話だ。
エドモンドさんとのマラソンを終え、自室に戻ってベッドに倒れこむ。
以前はこの地点でへとへとになって泥のように眠りについていたが、最近は体力もついてきてむしろ元気が有り余るほどであった。
前世でもそういえば小学校高学年くらいの頃が一番体力が有り余ってたような気がする。ちょうどその時期なのだ。
とはいえやはり娯楽のない世界では余った時間など暇でしかない。
いつもであればこっそり部屋を抜け出して館の外で走り込みなのだが、今日はそういうわけにもいかない。
今晩は伯爵家に来客がある。その際、エドモンドさんも伯爵家につかえる騎士として顔を出さなければならないのだ。僕もそれに同伴しなければならないのだ。
そういうわけで僕はいつも以上に入念に風呂場で体を洗い、身支度を整え、エドモンドさんの部屋へ向かった。
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