147話 知らせ
「今朝、叔父より連絡がありました」
そう端的に告げるとロズウェルは一通の手紙を僕に差し出した。
「ご苦労さん。連中はいつ動くのかな」
僕は今じっくりと手紙を読むのも面倒で、口頭でロズウェルにそう尋ねた。
連中とは帝国のことをさしている。そして、ロズウェルの叔父、つまり、エルバーン家からの手紙が届いたということは、ある種の最悪の知らせである。
「三日~五日以内に、ヘンリー様のもとに手紙が届くはずです。どうやらあなたがいなくなったことで歯止めがきかなくなっているようで」
そういうロズウェルの表情は何とも悲惨なものであった。
「だろうな。侵略国家にとって攻め入る理由なんてなんでもかまわない。重要なのは攻め入る時期だ」
僕がそういうとますますロズウェルは表情を曇らせ、かたずをのんだ。
「はい……認めたくはありませんがどうやらあなたの言う通りになったようです……」
その言葉を聞き、僕は深いため息をついた。そして想定される通り、実に不本意な方向に事態が動き出していることを実感した。
二週間後に届くヘンリー皇子あての手紙の内容は本国に帰還せよという内容のものである可能性が高い。
そして、それは文面通りの意味とはならず、ヘンリー皇子は帰還の道中、護衛もろとも何者かの手によって暗殺されるのだ。それを帝国は、王国の人間の仕業と断定し、報復戦争を仕掛けるつもりなのだ。
実に馬鹿げている。
しかし、連中にとって、攻め入る理由など何でも構わないのだ。
前回の戦争から二年。帝国は十分に力を蓄えられたはずだ。あとは攻め落とす絶好のタイミングを逃さなければ十分に王国を支配できる。そう考えているのだろう。
そんな中で起こったのが、今回の僕の暗殺事件である。どうやら今回の事件は実行役にエルバーンが選ばれるよう、仕組まれていたというだけで、帝国上層連中の計画らしい。
そして計画がばれればエルバーンの独断として切り捨てるつもりでいたようである。
あの領主も、ここにいるロズウェルも所詮は帝国の捨て駒なのだ。実に哀れな話だが、同情はしない。
しかしながら、今回は僕に運が傾いているらしい、
僕が学園に復帰してからまだ一週間程度だ。帝国首都にいる皇帝の耳に僕の生存が報告されるまでに少なく見積もって二日~三日はかかる。
きっと、僕が突然生きている、なんてことを知って連中は相当驚いたことだろう。
とはいえ、王国が僕の死で一時混乱していたのも事実ではある。そのため、混乱が収まりきる前に王国を攻め落としてしまいたいのだろう。そのための急なヘンリー皇子の帰還命令である。
しかし、それこそ僕の思惑通りである。
そもそも僕が何もしなくても、最近は老年の国王の体調があまりすぐれないと聞く。持って数年。ガーラン王子も、フレデリック王子もずいぶん心配している。
言い方は悪いが、結局はその時に王国は確実に若き王を選定し、多かれ少なかれ、不安が混乱を呼ぶことなる。
その時、確実に帝国は王国に攻め入ってくるだろう。つまり、遅かれ早かれ帝国がこの国に攻め込んでくるのはほとんど確定した未来なのだ。
ならば、どうせ訪れる未来なのであれば、できる限り優位な状況で事を進められるタイミングがいい。
それが今なのだ。
とはいえ、正直なことを言うと、僕が死んだことになるのは想定外だった。
本当なら戦争が起こらないように立ち回るのが一番なのだがそれができるほど僕は有能ではない。
そのため、一番被害が少なくて済むタイミングを僕はずっと探していたのだ。しかし、探せば探すほど、もっといいタイミングがあるはず、あとひと月待てば、あと一年待てば、そんな気持ちがこみあげてしまい、決断が鈍るのだ。
加えて、自分の決断が戦争の開始を左右するというのはあまりにも荷が大きく、たとえその瞬間が来たとしても自分がその決断を下すことができるのか、心配だった。
だから、今回が必ずしも最善ではないのかもしれない。しかし、優柔不断な自分に決断せざるを得ない状況ができたのはある意味では僥倖といえた。
ただ、自分自身はただの人間であるというのに、名前ばかりが独り歩きして、いつの間にかこんな状況に立たされている。それが実に不服だと思った。
「言う通り、ね。正直、僕個人としてはそうはなってほしくなかったんだけど。でもまあ、そうなってしまったものは仕方がない。システィにはお前のほうからやんわりと伝えておいてくれ。正直、あいつも僕と合わせる顔はないだろうからな」
「ずいぶん、ラザフォード殿にはお優しいのですね」
自分の扱いとでも比較しているのか、ロズウェルはそんなことを言った。
学園に戻ってきたその日のうちに、システィは僕の部屋に押し掛けて、今まで何があったのか、何をしてきたのかを根掘り葉掘り聞きだそうとしてきた。
そしてうすうす、自分が僕の暗殺騒動に知らぬ間に関与していたのではないかと勘づいていた。
本当にただの急用なら、周囲に連絡する時間くらいはあったはずだということも、ニーナを泣かせてしまっていることを言及され、否定しきれなかった。
加えて、システィ自身は自分の生家からは疎まれている。本人からもそれは聞いていたし、実際に調べても事実だった。だから、ある程度は話しても問題なかった。
そして、それを話した後は人が変わったようにしおらしくなってしまった。
今思い返せば、少し話しすぎたかもしれないと思う。そのせいで、システィは僕に負い目を感じているのだから。
あいつは別に悪くない。もう少し、うまい嘘を考えておくんだった。
「そうでもないよ」
そう告げると、僕はその場から立ち去った。
次回の投稿はに明後日の20時なります。
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