142話 エリザベート その2
てっきり玄関で顔を見られて無反応だから僕が生きてたことはすでに知ってるものだと思ってたぞ。
「死んでません。急用でエインベルズに戻っていただけです。休学届がちゃんと通ってなかったみたいで誤報が流れてたみたいですけど」
「な、ななななな、じゃ、じゃあ、完全にあたしはとばっちりじゃない!」
「は?」
「だってそうでしょう! あんたさえちゃんと生きていることが分かってれば、あたしはあんな風にフレデリック様に嫌われることもなかった! 友達を失うこともなかった! 全部、全部、あんたのせいよ!」
完全に取り乱した様子でエリザベートは唾をまき散らすように感情的に暴論を展開した。
いや、別にお前の破滅と僕の死は関係ないだろう。遅かれ早かれこうなってるんだし……
しかしながら当のエリザベートは本気の様子だった。唇をかみしめ、今にも血の涙を流さんばかりに僕を忌々し気ににらみつけていた。
「全部あんたが悪いのよ! 責任取ってフレデリック様に弁明してきなさい! あたしは悪くない! そもそも、あんたがフレデリック様に余計なことを吹き込んだんでしょう!? でないとやさしいフレデリック様があんなに怒るはずがないわ! 全部あんたが仕込んだんでしょう! そうよ……そうに違いないわ! この卑怯者! 家畜以下の醜い元平民風情が! あんたなんて本当に死んでいればよかったのよ! いいえ、生まれてこなければよかったのよ! あんたさえいなければ私の人生は最高の物になるはずだった。そこの卑しいメス豚もあんたがフレデリック様に余計なことを言わなければ後々この学園から追い出すこともできたでしょうし、ニーナだって私にべったりだったはずだし、母様も私にやさしくしてくれたはずだし、友達だってたくさんできたはずよ! 全部、全部、あんたがいなければうまくいってたのよ!!!」
そう言い終えるとエリザベートは狼狽し、悔し涙を流すのであった。しかし、まだ言い足りないようで、大きく呼吸をしてもう一度口を開こうとした。
「それに———」
———パチンッ
その瞬間、エリザベートの贅肉の塊の頬が叩かれ、水面のように波紋が広がる。そしてその場に衝撃が走った。
あまりに予想外のその出来事にエリザベートは一瞬何が起こったのわからないといった様子で僕ら三人を見た。そして、自分の頬を叩いた人物を特定し、言葉を失った。
「本当に、何一つ本質は変わっていないのね」
「に、ニー……ナ?」
冷徹に、残酷に、まるで汚いものでも見るかのような冷たい視線でニーナがそう言い放つと、エリザベートは頭の中が真っ白になったのか、意味ある言葉のどから絞り出せずにいた。
「なんで……」
「全部他人のせいにするのはずいぶんと気持ちがいいのでしょうね。エリザベート。でも、悪いのだけれど、私は初めて会ったそのときから、あなたのことが嫌いだったわよ。話はつまらないし、見た目は変だし、臭いし、気持ち悪いし、話すたびにつばはかかるし、」
「なにをいって……」
突然のニーナの豹変。エリザベートの中のニーナ像がもろく崩れ去っていくそのさまが哀れなほどにはっきりと見て取れた。
「あなたはおよそほめるところが一つもない、ある意味完璧な人間だったわ。なのに、馬鹿よね。あなたの周りにいたお友達は全員、あなたの権力、クラウディウス家が怖くてあなたに従っていただけよ。フレデリック王子もいちいち縁談を断るのが面倒で成人するまであなたの婚約者を演じてたに過ぎない。だから、あなたの母親のエレノア様はあなたをまともにするためにきつく当たっていたのよ。そんなことにも気づけないなんて、本当に間抜けよね」
あまりにも真実を話しすぎるために僕は若干、後ろで顔を引きつっていた。
世の中には知らないほうが幸せなこともあるだろうに。というか、フレデリック王子の話は話してよかったのか? あとで王子にバレても助けてやれんぞ。
「あなたも、クラウディウスの権力が怖くて、私と話を合わせていたの……?」
「そうよ。クラウディウス家とエインベルズ家は古くからの盟友関係にある。だから仕方なく仲良くしてあげてたの。本当に肩の凝る作業だったわ。あなたのお守は」
エリザベートにとってそれはあまりにも残酷な真実であった。そして次第にエリザベートの心は、悲しみに満たされ、やがてそれは怒りに変貌する。
「……! 最初から私をだましてたのね!」
そして感情をコントロールできず、短絡的にエリザベートはニーナに襲い掛かろうとするのであった。
しかし、そうはさせまいと僕が間に入り、寸前でエリザベート食い止めるのであった。食い止める際、悪臭と、質量の暴力に一瞬、気おされそうになる。
(キ、キツイ……)
「は、はなしなさい! クソッ、卑怯者! 正々堂々戦いなさい!」
「殴り合いなんて野蛮なこと、私がするはずないでしょう。まあ、あなたのような愚か者には到底理解してもらえないのでしょうけど」
「ふざけるな! 生まれた時から何でも持ってるあんたが、あたしを知ったようなこと、いうな! あたしにはこれしか、権力以外何もなかったのよ! そうよ、あんたの言う通り、あたしはデブで、ブスで、馬鹿で、臭くて、品がなくて、わがままで、人間として褒められるようなものなんて一つも持ってないわよ! その気持ちがあんたにはわかるの!?」
エリザベートの獣のような形相と体温に僕はそのとき、恐怖を覚えた。
次回の投稿はに明日の18時なります。
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