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132話 ヘンリー皇子 その2(アリーシャ視点

「メリット、ですか」


「ああ。考えてもみろ。王国の貴族が仮にやつを殺したとして、何のメリットがある?」


「うーん……目障りな出世頭がいなくなってくれる……とか。あ、いえ、私がそう思ってるとかじゃないですよ!」


「そんなに否定しなくてもわかってる。ほかには思いつくか?」


「そうですね……すぐには思いつかないですけど、ベストール様ってこの前の戦争で新兵器を開発されたんですよね? そして、その新兵器はエインベルズ以外からは出ないように制限してるみたいですし、もしかしたらそこに関係があるのかも……なんて」


「その線も無くはないが……それはベストールというよりも、エインベルズ当主、グラハム・エインベルズの管轄らしい。それが狙いならベストールよりもそっちを狙うべきだろう」


「そうですねぇ……うーん、ちょっとこれ以上は私じゃ思いつきませんね」


「だろうな。俺も思いつかん。むしろ、デメリットのほうが多い」


「……言われてみれば確かにそうですね」


 今、この国が帝国に支配されずに残っているのは、少なからずベストール様の功績が影響している。逆に、あの人がもし先の戦争にいなかったら、今頃この国は帝国の支配下に置かれていたはずである。


 加えて、それはつい最近のことだ。またいつ帝国が攻め込んでくるともわからない現状において、王国貴族がベストール様を殺してまで手に入れるべきものはないに等しい。


(あれ? ってことは……)


 今まではあの人が抑止力となっていたから帝国は王国に手出しができなかった。その人がいなくなったということは……。


「……気づいたか」


 私の顔を覗き込み、静かにヘンリー様はそう言った。その言葉を聞いた瞬間、私の全身から冷や汗が噴き出すのがまざまざとわかった。


「始まるんですか、戦争が」


「確実なことは言えん。だが、あの父ならやりかねん」


「お父様……皇帝様はどんな方なんですか」


「帝国の始まりは東の遊牧民の集団なんだが、その時代から西の果てにはこの世の極楽が広がっているとされているんだ。せいぜい、広大な海と手つかずの土地が広がっている程度なんだろうが、父はその幻想に捕らわれている。自身の目的を果たすために手段は問わない。あの人はそういう人間なんだ」


「そんな……何とか回避することはできないんですか!」


「俺には無理だ。俺の立場はお前も知ってるだろう」


 悲痛な表情を浮かべ、ヘンリー様はそう言ってうつむいた。私はただ、黙ることしかできなかった。


 きっと、一番つらいのはこの人なのだ。確実に到来するであろう最悪の未来を誰よりもいち早く予測できていながら、何もできない自分を嘆いているのだ。


「なあ、アリーシャ。全部捨てて、俺と逃げないか」


「……え」


 唐突な提案に私の頭の中は真っ白になる。今、この人は私に何を言ったのだろうか。その問いは考える間もなく解が浮かび上がる。


「人間二人が不自由しないで暮らしていけるくらいの金なら俺にも用意できる。それだけ持って、俺と一緒に逃げて暮らさないか」


「逃げるって、どこにですか」


「さあな。どこに逃げればいんだろうな。どこか、帝国の手が届きそうにもない場所……そうだな、それこそ、二人で西の果てを目指すのも悪くはないかもな」


 そういうヘンリー様は依然として悲壮な顔をしており、その言葉に希望などは感じられなかった。


 これはきっと、というか間違いなく、この人は私を選んでくれているのだ。学園に数えきれないほどいる素敵な貴族令嬢たちに見向きもせず、私を選んでくれた。その言葉なんだ。


 なのに、全くうれしくなかった。


 本当なら一国の皇子に平民の自分が選ばれるなど、泣いて喜ぶべきことなのは言うまでもない。普段の私であればむしろ、その姿こそがそうあってしかるべきなのだろう。


 しかし、今、この人の手を取るという選択肢は私の中には微塵も浮かばなかった。


「こ、こんな時にふざけないでください!」


「ふざけてなんかない。俺は本気だ」


 まっすぐな瞳。この人は嘘なんてついてない。私でもわかった。しかし、だからこそ、つぎの瞬間、私はあってはならないことをしてしまった。


 私は一切の容赦なく、一切の躊躇いなく、ヘンリー様の頬を平手打ちした。


「き、貴様!」


 ヘンリー様の護衛の一人が声を上げ、私に剣を向けだす。しかし、それをヘンリー様は制止した。しかし、そんなことなど意に介さず、私は感情的になってしまった。


「簡単にあきらめないでください! まだこの国は負けてません! それどころか戦争だってまだ始まってもいません! 初めから全部諦めて逃げるなんてことする人、私は大っ嫌いです!」


「……平民の分際で知れたようなことを言うな!」



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