13話 職業軍人
中庭ではエインベルズの兵が荷物を守る傍ら、訓練にいそしんでいた。彼らのような職業軍人は、いついかなる時においても戦争がおこれば直ちに国を守る盾となるために、日ごろから訓練を行っている。
それゆえに、非常時に徴兵された平民よりも統制がとりやすく、個々の戦闘能力は優れている。いうなれば、彼らの大半は準騎士なのだ。
ベストールの将来の就職先。それは職業軍人である。とはいえ、エインベルズ兵のように貴族や国から直々に雇われた正規兵とは違い、金次第でどこにでもしっぽを振る傭兵である。
戦争の起こる土地を転々とするため悪いうわさが立つ心配は低い。そもそも、傭兵という職に就くような人間はたいていがまともな出自ではなく、そんなしょうもないことを追求する人間がそもそもほとんどいない。
まさに、国を追われたベストールには最適の就職先である。もっとも、ベストールは戦闘の素人で、傭兵団内ではイジメにあい、最終的には敵国に金でやとわれて戦場で王子様率いる正規軍にあっさりと殺されるというシナリオがついてくるが。
救いようがなさすぎやしませんかねぇ?
だが、まあいい。幸いにも僕にはある程度の未来が見えているのだ。ならば、対策を練ればいいのだ。
「ん? 坊主、どうした。気になんのか」
訓練中の兵士が僕に気づき、声をかけてくる。人のよさそうな三十代の男性である。
「うん!」
僕は年相応の子供らしく大きく首を縦に振る。反吐が出る。
「ほう、そうかそうか。ならちょっと来てみろ」
兵士はうれし気に僕に笑いかけて手招きした。
まんまと引っかかってくれた兵士を少し不憫に思いながらも僕は無邪気を装って兵士に歩み寄った。
僕の目的は兵団の訓練メニューの把握である。これがわかれば追放されるまでになんとか体を作って傭兵団内でいじめを受けない程度に体を鍛えておける。また、素人でなくなれば戦場で死ぬ確率も必然的に低くなる。
兵士は手取り足取り、素振りの仕方や、基本的な剣の型、人間の急所などを教えてくれた。
しかし、普段マラソンをしているとはいえ、やはり八歳のただの子供に兵団の訓練メニューについて行けというのはなかなかに無茶のある話で、物の三十分もしないうちに大きく息切れしていた。
「お、坊主、こんなもんか?」
「ま、まだまだぁ!」
「おお、威勢がいいねぇ。ガキはそうでなくっちゃな。そういや、お前、名前はなんていうんだ?」
「べ、ベストール」
「そうか。じゃあ、やりながらでいいんだが、ベストール、お前は中庭で何をやってたんだ? ここは貴族の館だ。ガキが勝手に入れるとこでもないだろう」
「ここで、働かせてもらってて、でも、きょうは、非番だから、ひま、で、」
「なるほど。それで物珍しくてここに来たってわけか。まあ、俺もお前くらいの年ごろじゃ、刃物とかは無意味にカッコいいもんに見えたもんだなぁ」
そう言いながら兵士は僕に貸し出している木剣を眺めた。
「お前は将来、やりたいこととかあるか?」
剣を振りながらふとそんなことを兵士は僕に尋ねてきた。
「やりたいこと……」
いきなりのことに僕は言葉を詰まらせる。
いままで、最悪を回避できればいいという考えの元で動いてきたために、自分がやりたいことなど考えたこともなかったからだ。
今思えば、満ち足りた日本でも漠然とした考えしか持ち合わせていなかった気がする。
「ないんならベストール、お前、俺たちについてくる気はないか?」
「……はい?」
なにか大人らしい説教じみたアドバイスを長々と言われるのかと予想していたら、斜め上の発言が飛んできた。
「えっと、なんで急に……?」
「ほんの短い間しかお前のことは見てないが、お前、けっこう筋がいいよ。教えたことはすぐに飲み込むし、根性もある。まあ、体力はあんまりないが、そんなのは後からいくらでもついてくる。鍛えりゃ、それなりに腕のいい兵になること間違いなしだ」
「……」
突然の話に頭が追い付かず黙り込んでしまう。職業軍人というのはあくまでもエリザベートの矯正に失敗した場合の選択肢である。
普通に考えればこの話をうける通りはない。第一、命を常に危機にさらしながら戦場に立つなど、正気の沙汰ではない。
「す、すこし考えとくよ……」
「おう」
僕は引きつった顔で答えを濁すと兵士は嬉しそう返事をする。うう、兵士のおっさんに悪気がない分、心が痛い……。
その日はなんとか息も絶え絶えになりながら訓練メニューに付き合い切り、へとへとになりながら部屋に帰った。
しかし、僕は筋がいいのか。できれば戦場に立ちたくはないが、ちょっと嬉しい。ほめられていやな気はしない。
いや、まて、もしかすると、これは神様直々にお前は戦場行きだと言ってるようなものなのか? だとしたら僕はいったい前世でどんな悪行を積んだんだ??? 全く身に覚えがないんだけど……。
いくら考えたとことで自分の前世の悪行には心当たりはなく、結局僕は疲れてきっていたために考える途中で椅子に座ったまま眠ってしまった。
数十分後、父さんが帰ってきて優しく僕をベッドまで運んでくれたが、それに僕が気付くことはなかった。
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