128話 強襲 (ノア視点
よく晴れた平日の昼下がり。母国の空は雲一つない晴天である。それを見て、逆に俺の気が沈んでいくのが手に取るように分かった。
これから俺は、母国を裏切るのだ。いや、正確にはベストールの話に乗った地点ですでに反逆者ではあるのだが、直接的な手を下すことはしなかった。だから、その罪悪感に多少なりとも苛まれているのだ。
あの日、ベストールから提示された作戦は実にシンプルであった。
もともと、俺はベストールの暗殺が済み次第、首を貴族に届けるように言われていたため、それに乗じて暗殺の依頼主、エルバーン家の家に侵入するというものである。
人数は俺を含めて三人。実に不安である。建物内で領主の身柄を確保次第、別動隊が侵入してくる手筈になっているとはいえ、それまでは三人の身である。
それにもう一つ、不安な部分がある。それは、
「そろそろか」
「ヨーシ、殴り込みと行きますか!」
俺以外の同行者がベストールとアーギュなのである。いや、別に二人の実力を疑っているわけではない。むしろ、俺なんかよりもよほど武芸にたけている。しかし、この二人は騎士団の要である。
万が一があってはならないのだ。リンネが乗り気ではなかった理由にも頷ける。
しかし、二人とも一度そうと決めればなかなか考えを曲げないところがある。リンネの説得もむなしくこの人員で決定してしまったのだ。
俺は一抹の不安を隠せないままエルバーン邸の門に歩みを進めるのであった。
「貴様、何者だ」
俺たちが通りかかるや否や、門番は警戒し、門の前で俺たちを呼び止めた。俺含め、全員がフードで顔を隠している。当然である。
しかし、こうなることはすでに想定済みである。そのため、俺は兵士に「依頼の品を届けに来た」と口にして抱えていた箱を手渡した。
兵士はずっしりとした重みのあるその箱に不信感を覚えつつ恐る恐る中身を確認し始めた。そして、少しずつ顔が青ざめていくのが見て取れた。
その顔を見て俺は「ベストール・ウォレン」と口にした。
その言葉ですべてを察したのか、兵士は無言で俺たちを中に通したのであった。
「どうも、ご苦労さん」
「ヘヘ、悪いねぇ~」
後ろの二人はのんきに兵士に声をかけていたが、俺は内心、バレるのではないかと気が気ではなかった。
第一関門はクリアである。
箱の中身。それは生首である。もっとも、もちろんベストールの物ではない。罪人の首を化粧でベストールに似せた物を用意したのである。
もちろん、ベストールを殺したとされる日からもうすでにひと月近くたっている。ある程度腐っていなければおかしいため、怪しまれないために薬品に浸してはいるが、それでもバレるときはバレる。今回は運が良かった。
そんなことを想いながら俺たちはあっさりと館に侵入するのであった。
中は典型的な貴族の豪邸であり、特段変わった様子の物はない。暗殺の依頼でいくらかほかの貴族の家に入ったことのある俺からすれば、ごく一般的な貴族の館と言えるだろう。
そんなことを想いつつ、俺は館の主の部屋に向かった。一歩一歩、領主の部屋に近づくたびに鼓動が早くなる。想像以上に俺は緊張しているらしい。
そんな状態であるため、歩く最中はほかのことは何も考えられなかった。すると、つぎ、気が付いた時にはすでに扉の前に立っていた。
「ここか」
ベストールが口を開く。
「あ、ああ」
動揺しながらも返事をするとお構いなしにベストールが扉にノックをする。
「誰だ」
ノックののち、扉の向こうから野太い男の声が聞こえた。間違いない。依頼される際に会ったことのあるあの領主の声である。
「遅くなったが依頼の品を届けに来た」
「依頼の品だと?」
「調達の際にしばらく動けなくなるほどのひどい手傷を負ってしまってね。奴はやはり悪魔だったよ」
緊張している俺の代わりにベストールは何のためらいもなくそのようなことを言った。初めから頭の中にセリフでも書置きしていたかのようにすらすらと出てくる言葉を聞き、俺は自分の立場を改めて再認識した。
「悪魔……ああ、なるほど、そういうことか。全く連絡がないからどこかで野垂れ死んだのかと思っていたのだが……なるほど、そういうことだったのか」
領主はそういうと少し黙った。
「……入りなさい。報酬は用意している」
その言葉を聞き、俺は静かに扉を開き、部屋に足を踏み入れようとした。
「!」
その瞬間、いきなりアーギュに首根っこをつかまれ、ちょうど、部屋の中が死角になる位置に放り出された。
次の瞬間、扉に目を向けるとベストールとアーギュはそこにはおらず、代わりに六本の矢が廊下の壁に突き刺さっていた。
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