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126話 信頼 (ノア視点

 剣を握るようになってから約二週間が経過した。


 はじめは激痛を耐えていた両腕の傷も今ではほとんど感じず、代わりに全身を毎日のようにひどい筋肉痛が襲うようになっていた。


 アーギュの訓練内容はあまりにも容赦がないのである。あの男は技量と根性は体を壊し続けることで得られると本気で考えており、訓練中に俺が休む暇などありはしない。


 しかし、恐ろしいことに別にアーギュが特別厳しいというわけではない。


 リンネも訓練中は容赦がない。休憩こそ適度に取らせてもらえるが、動いている間の容赦がなさすぎる。遠目からでも目で追うのがやっとであった、あの剣技を間近で披露され、容赦なく叩きのめされる。


 おかげで五分と持たずにとんでもない息切れと打撲に襲われる。


 しかし同時に、アーギュやリンネの超人的な動きになれ始めている自分がいることにも驚いた。まだまだ足元にも及ばないが、確実に近づいている自覚はある。


 こんな訓練を受けている兵士が弱いわけがない。エインベルズ兵団が帝国におそれられるのも納得である。


「さすがにあいつが引っ張ってきただけあって根性はあるな」


 訓練中、唐突にアーギュがそう口にした。


「なんだ。急に」


「ここの訓練はきついからな。大体のやつは一、二週間で音を上げて逃げてくんだよ。まあ、俺が面倒みる奴は俺が逃がさないんだが」


「……」


 そういってアーギュはカカとわらった。この男であればどこへ逃げようとも本当に地の果てまで追いかけてきそうである。


「あいつのことをずいぶん信頼しているんだな」


「たりめぇだ。あいつは特別だぜ。戦の神様に愛されてる。この前の一発屋で終わるようなタマじゃねぇよ」


「……あいつは、どういう人間なんだ」


「? どういうって、見たまんまだろ」


「いや、内心何を考えてるかわからないというか、得体が知れないというか……」


 ベストールとは一週間の間、寝床を共にしたが、いまいちあの男の人となりがつかめていなかった。


 戦うときは別人のようで、敵に対して躊躇がなく冷徹な一面もある。しかし、話している分には年相応の普通の男のようにも見えた。


 ただ、周囲から聞く話や、時折、得体のしれないものを感じる時がある。英雄と呼ばれる人物であれば、こういうこともあり得るのかと流せなくはないが、それは根本的にあいつの人格がどういったものなのかが分かったわけではない。


 あんな得体のしれない人間にどうしてここの連中は命を預けれるのだろうか。


「得体が知れないって……ずいぶんないいようだな。まあ、それは同感だが」


「お前でもそう思うのか」


「たまにな。そうだな……本人に直接聞いたわけじゃないが、あいつはたぶん、常に先のことを考えて、予測して、最善を尽くそうとしていて必死なんだよ。だからたまにわけわかんねーことしてんなぁ、ってなる。でも、大概はそれでうまくいってる。だから俺はあいつのことは問答無用で信用することにしてるな」


「…………」


 最善の選択か。そういえば、俺を口説く時にもそんな類の話をしていた。結局、俺のことを信用してないから、とかでいまだに概要は聞かせてもらっていないが。


 少なくとも、ここの兵団員たちを裏切るようなことは今までしてこなかったらしい。それが知れただけでも少しは収穫である。自分が乗ったのは少なくとも泥船ではなかったようだ。


「それに、あいつの判断で失敗したとしても俺は後悔はねぇな。どっちにしても、あの時あいつがいなきゃ俺は今頃生きてねぇだろうからな」


「あいつは自分以外の人間でも結果は同じだったといっていたが……」


「あいつの言うことをうのみにしてんのか? 思ったよりもいい子ちゃんだな」


 そういうアーギュは何ともあきれたような顔をしていた。その顔に若干のイラつきをおぼえた。


「いいか、あいつは十中八九、自分のことを過小評価してる。あいつが十のことをできるといえば、それは無理させりゃ百のことができるって意味だ」


「そ、そうなのか……?」


「ああ、そうとも。そうでなきゃ、あいつもとっくの昔にくたばってるだろうよ。あの戦争はそういう代物だった」


 自信満々にそう言ってアーギュは大きく鼻息を吐きだした。そのあとも訓練を続ける過程で昔のベストールのことや、例のあの大逆転の戦の話を聞かされた。


 その話は多少は誇張も加えられていたであろうが、おおむね、アーギュがベストールのことをどのようにとらえているのかがうかがえた。


 そこからつかめたベストールのイメージは、まさに浮世離れした天才であり、英雄と呼ばれるのにふさわしい人物であると思わせた。


 しかし、それは自分の持つイメージとはあまり一致するものではなかった。確かに剣を握ったその姿は英雄然としたものを感じたが、エインベルズ領に来るまでの旅で抱いた印象は普通の青年である。


 やはり、一週間そこそこでは人間の本性は見抜けないのだろう。


 そんなことを考えていた最中であった。


「おーい、アーギュと嬢ちゃん。呼び出しだとよ」


 古株の兵士が遠くから自分とアーギュを呼んだ。


「呼び出し? 俺様を呼びつけるとは、どこのどいつだ」


「今話してた例のあいつだよ。部屋まで来いってよ」


 兵士の言葉に一瞬俺は身構えた。エインベルズに来てからというものほとんど姿を現さなかったベストールの呼び出しに少なからず動揺を覚えたのだ。それはアーギュも同じだったようで少し驚いたような間の抜けた顔をし、頭をかく。


「わーった。行くぞ」


 俺にそういうとアーギュは返事も聞かずに歩き出した。


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