124話 隊長 その1 (ノア視点
エインベルズに到着してから早、一週間が経過した。
あれからというもの、俺はいまだベストールから何一つ音沙汰なく放置されていた。
いや、厳密にはリンネに俺の面倒を見るようにという指示を出してそれからはめっきり姿を見なくなった。
あの男が何を考えているのかまるで見当がつかない。まさか親切心で俺を兵団で雇い入れてる……なんてことは万に一つもあり得ない。それはわかっている。
しかし、現状だけを見ればそれと何ら変わらないのである。
俺を説得するときに言っていた、死者を減らすための作戦とはいったい何だったのだろうか。少しくらいは概要を話してもらいたいものである。
確かに壮大な計画であれば一日、二日でどうにかなるものではないだろう。しかし、それでも利用される側として概要くらいは話してほしいものである。
そんなことを思いながら今日も今日とて傷の治療に専念するのであった。
といっても、痛みには慣れている。幸い、俺は傷の治りも早いほうである。刺し傷のほうは痛みはあるが完全にふさがって十分腕も動かせるし、骨も完全には治っていないがある程度くっついてきた。激痛を伴いながらであれば物をつかむこともできる。
(そろそろリンネに頼み込んで適当に痛みを我慢して訓練にでも混ぜてもらうか。でないとヒマで仕方がないな……)
こういう時、学のある連中なら本でも読んで暇をつぶすのだろう。俺のように一週間かけてようやく、たかだか二十種ていどの基本文字を覚えた程度ではとても無理な話ではあるが。
そんなことを思い立ち、俺はいつもリンネを探して訓練場に向かった。しかしリンネの姿はなかった。おそらくは書類仕事をやっているのだろう。
そう思い、リンネの仕事部屋に足を運んだ。しかし、そこにリンネはおらず、代わりに老年の大男が机に向かって書類を整理していた。
「ん? 誰だか知らんがノックくらいはせんか」
男はそうは言うもののあまり俺に興味も示さず仕事を続けていた。
「リンネはどこにいる……んですか」
一週間ここにいてもいまだに敬語にはなれない。
「リンネは今日は非番じゃが……ああ、そうか、お前さんが新入りか」
そういうと老人は立ち上がり俺に無神経に近づいてくる。体の大きさ、そして立ち居振る舞いからわかる、武人としての威厳に気おされる。
「ああ、やっぱりそうじゃ。お前さんがノア・エルメスか。なるほど。確かにこれでは男か女かわからんな。ベストールに手厳しくやられたそうじゃが、傷のほうはもう大丈夫なのか」
「な、なんとか……その、リンネはどこに……」
「さあな。気晴らしに馬でそこらの山にでも行っとるんじゃないかのう。何か用があったならワシが代わりに聞いてやろう。立場上は問題ないじゃろうからな」
「その、あんたはいったい……」
ただものではないことは察しが付く。戦場ではおそらくもっとも敵に回してはならないタイプの人種だ。外見の年齢からしてかなりの年齢であろうが、それでいてなお、この迫力。相当な武人であることには違いない。
「ああ、ワシはアルベインと申す。銃兵隊の長を務めとる。以後、よしなにな」
アルベイン、という名はリンネから聞いていた。三人いる部隊長の一人だ。外部に用事があって帰ってきていない、という風に聞いていたが、この老人がそうなのか。
こうして少し目を合わせただけでわかる。やはりここの部隊長ってやつは異常だ。
リンネも訓練中に模擬戦をしているところを見たが、俺の目では剣の軌道を追うのがやっとでまったくかなう気がしなかった。
この目の前の老人もおそらくはリンネと同等の実力者だ。武器を握っていなくてもわかる。どんな戦い方をするのかまではわからないが、勝てるビジョンが全くわかない。
ベストールのやつはよくこんな連中を束ねて団長をやっていけるものだ。ベストールも確かに強かったが、今思えばリンネやアルベインに比べればかわいいものである。
ただ、恐ろしいのはリンネ曰く、戦争時のベストールは今のリンネよりも強く、そしてもっと容赦がなかったらしい。
そう考えると、俺は相当な幸運に恵まれているのかもしれない。そんなものを相手にするなど、考えただけでもゾッとする。
「それで、用件はなんじゃ」
「あ、ああ、そろそろ怪我も治ってきたから訓練に参加させてもらおうと思ってきた、あ、……き、きました」
「そうか、そういうことならワシについてくるといい」
そういうとアルベインは俺を訓練場に連れて歩き出した。
「ちょうどワシと一緒にめんどうくさ……あいや、失礼、体力のあまり余っとるやつが帰って来とる。そいつに面倒を見てもらうといい」
「今めんどうくさいって……」
「ゴホン、ゴホン、はて? 最近物忘れひどくてなぁ」
このジジイ。俺に一体何を押し付けるつもりだ……。そんなことを思いながら訓練中の兵士をかき分け、中年の男のもとにたどり着いた。
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