12話 エインベルズ兵団と未来について
気持ちよく眠っていると大地を踏みしだく大音量の行進の音が館に響き渡る。絶え間なく続くその轟音の中で眠り続けることができず、何事かと飛び上がる。
「な、なんだあれ」
窓の外では大量の兵士が行進を続け、その中央には豪華絢爛な馬車があった。馬車はゆっくりと館の入り口に近づいている。
館の入り口には侯爵と奥方、そしてエリザベートが立っている。
そういえば、エインベルズ家は貴族たちの中でも指折りの軍事力を有する家柄だったっけ。たしかそんな設定だったような気がする。
ここに来ている兵士だけでもクラウディウス侯爵家の雇っている警備兵の数より多い500人は連れてきてるのかな?
まあ、そんなことはどうでもいい。いや、どうでもいいことはないけど、もっと別に突っ込むべき部分がある。
なんだ、あのエリザベートの格好は⁉︎
まるでピエロのような厚化粧に派手な髪留め。相変わらず悪趣味な全く似合ってないドレス。
泉に写る自分の姿を見て落胆するくらいには美的感覚がまとものだと思っていたのだが、どうやら僕の認識は甘かったらしい。
エリザベートの姿に呆れつつ、この調子なら心配することもなくニーナとの初対面は台無しになることだろうと静かに僕は確信した。
兵たちは馬車の通る通路を開けて脇道に整然とならぶ。そしてとうとう馬車は館の門の前で止まり、執事らしき人物が馬車の扉を開ける。
すると、黒髪のスラリと背筋の伸びた中年男性が出てくる。それに続き、奥方とおぼしき少し白髪が目立つ老けた女性と、背の低い黒髪の控えめな黒のドレスを着た可憐な少女が出てきた。
「ようこそ。待ち望んだぞ、グラハムよ」
「アルバート殿。元気そうで何よりだ。出迎え感謝いたします」
二人は親しげに言葉を交わすと握手をする。
「こちらは我が娘、ニーナです。ほら、ニーナ。挨拶をしなさい」
「はい。お父様」
ニーナは伯爵に促されて一歩前に出てゆっくりと頭を下げる。
「ニーナ・エインベルズです。以後、お見知り置きを」
「うむ。私はアルバート・クラウディウス。こちらは妻のエンリ。そしてこちらが娘のエリザベートだ」
侯爵がエリザベートを紹介するとニーナはエリザベート見るなり一瞬、顔を引きつらせる。無理もない。
しかし、伯爵令嬢としていつまでもそのような顔をすることはできない。ニーナはすぐに笑顔を作り直し、エリザベートにあいさつをする。
「は、初めまして。エリザベート様」
「よく来たわね! さあ、いらっしゃい! 館を案内してあげるわ!」
エリザベートはそう言ってニーナを手を引っ張り、そのままその場から離れて行ってしまった。その際のニーナの表情はやはり、意表を突かれた際の驚きのもので、決してエリザベートに好印象を受けているようには見えなかった。
うん、あの調子なら僕が見てなくても問題ないだろう。
とはいえ、さすがにもう三度寝としゃれこむほどの時間でもないな。時計を見るとすでに正午を過ぎている。
僕は父さんの用意してくれた昼食をさっさと食べる。さて、昼からどうしたものか。休日って、思ったよりも暇なんだよなぁ……。この世界にはゲームもなければ漫画もない。娯楽と言えるものがほぼ皆無なのだ。
いや、娯楽がないわけではない。屋敷の外に出れば広場なんかで鬼ごっことか、かくれんぼとかやってる子供がいるんだけど、これでも中身は高校生なわけで、いまさら小さい子に交じってそういうことをするのもなんとも気恥ずかしいものがある。
となると、何か、少しでも将来に役立つことに挑戦すべきか。いくらエリザベートを変えようと努力してもエリザベートが変わってくれる確証はどこにもない。
最悪、追放された場合の追放先での就職を考えなければならない。
うーん、出自を気にしない職業か……。噂がすぐに広がる人の多いとことかじゃまず働けない。かといってそれ以外となると、定期的に場所を移す行商人とかになるのだろうか? しかし、それでは初期費用が掛かりすぎる。
僕のひと月の手取りが銀貨三枚。まあ、ひと月働いて三万円くらいの収入だと思えばいい。ブラックすぎんだろ!。
追放される年齢が大体十六から十七歳あたり。さすがにこのままエリザベートの子守を続けていればそれなりに給料は上がっていくだろうが、残り八年、おおくて九年。うち全額を貯金に回せるわけではない。
不可能と言い切れるほど絶望的ではないだろうが……それでもやはり、長い年月をかける割に成功する可能性は低い。もっと堅実な手段を考えるべきだ。
……となると、選択肢はほぼ一つか。
僕は唯一、追放後の職に心当たりがあった。というか、実際に作中ではベストールはこの職に就いている。そして、命を落とすことになるのだ。
僕は食事を終えると一目散に目的地に向かって歩みを進めた。
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